ある日の、やわらかな #ランダムおひねり 5回目
「え、回し蹴りとドロップキックって違うの!?」
心底驚いた!を絵に描いたような鮮やかな表情を浮かべてハルが叫んだ
「いや違うよ全然。ドロップキックって、跳んで、両足を揃えて思いっきり蹴るやつで……」
「えっなにそれ凶悪」
「回し蹴りは片足を軸にして回すように蹴る、いわゆる普通の蹴り……」
「えっ、特殊な技じゃないの!?」
「いやお前……もうちょっと調べるなり何なりさぁ……」
夕方のことだ。ハルがものすごく興奮して、興奮と喜びでパンパンになったほっぺたを膨らませながらかけてきたと思ったら「これ! できた! 天下取ったる! 下剋上じゃー〜ー!」と叫びながら俺の顔に携帯をぐりぐり押し付けてきたのは。
あんまりに興奮してなにを言っているか最初は全然わからなかったのだが、何とか聞き取ったところによると、何でも自宅待機の間に暇で暇でたまらなかったから「なろう」にでも載せてみようと小説を書いてみたら世紀の大名作ができてしまったので読んで!! という話であった。
またか。
ハルが何か突然突拍子もないことをして俺の評価を求めようとしてくるのは今回に始まった話ではない。その証拠に、あいつの部屋には一回しか使ってるところを見たことのないギターやらトルソーやら健康器具なんかがゴロゴロしている。コスプレしてみたり、バンドを組んでみたり、ダイエットしてみたりするのだけれど、8割くらいできたところでなぜか投げ出してしまうのだ。
そんなハルが、「できた」と言って持ってきたのだ。
もしかしたら、もしかするのか? と、思ってしまった。
やっと、このやたらに器用で多才すぎるが故に全てがつまみ食いみたいになってしまっている人間に何か天職のようなものが降ってきたのか? と期待してしまった。
そんな瞬間に立ち会えるなら、と
「それはよかったな! じゃ、ちゃんと読みたいから転送してくれよ。そんなに長くないならすぐ読むからカラオケかマックかなんか行こうぜ」と、言ってしまった。
うん。
1行目からぶっ飛んだよね。
「セイヤー! セイクリッドドロップキックだ!」
「ギャー」
バタバタと倒れる魔物。その威力に僕は自分が勇者であることを確信した。この回し蹴りの攻撃力は25800000000で、惑星を一撃で破壊してしまえるほどのものなのだからな。笑いが止まらなかった。俺は強い。
終盤に至ってもこんな感じである。
魔王の城に着いたとき魔王は魔王らしくワハハと笑っていて怖かったけど頑張った。可愛い彼女のためにも頑張らないと思った。頑張ったら何とか勝てた。スーパースペシャルバリアーと愛の力のおかげだ。やった。王様のところに戻らないとお金がもらえない。
そして冒頭の会話だ。
うん。
……うん。
お前、ここのお代払っとけな。じゃ。
そう言って立ち去る以外にできることはなかった。
あれはひどい。
まあ、なぜだか妙に安心してホッとしてしまったのだが
こんな時間がまだ続くことに対してだったのかもしれない
そう呟きがながら家に帰ったら鬼のようにLINEが来ていた。
その画面にもまた、ホッとしてしまったのは、きっともう手遅れな証拠なんだろう。
明日もまた、怒ってむくれる顔が見れるといいなと
通知を見つめながら、絶対に既読になんてしてやらんとニヤニヤしながら寝てしまった
幸せな夢が、見れそうだった。
サポートいただけたらムスメズに美味しいもの食べさせるか、わたしがドトります。 小躍りしながら。