『桑の実の色づく頃には』

『桑の実の色づく頃には』作 すがの公

<あらすじ>
 札幌琴似のとある神社のすみっこにひっそりと桑の切り株がある。
 その切り株のすみっこにこれまたひっそりと名前が三つ刻まれている。片仮名で「ゴロウ」「マサコ」そして「アキオ」。名前が彫られたのは第二次世界大戦の頃、日本の敗戦が濃くなってきた昭和19年。札幌琴似。

 今日も神社は戦地に赴く兵隊さんをバンザイバンザイ送り出す。
「おめでたい門出に涙は禁物」と自家製どぶろくをご家族にこっそりと振る舞い明るい笑顔を作るのは、この神社を代々守ってきた宮司・豊原文彦48歳である。本当は御法度の自家製どぶろくだが、憲兵さんも今日は大目にみてくれている。
 最近文彦には悩みがある。年頃の長女・政子がどうやら恋をしている様子なのだ。噂好きの妻・カヨが相手の男を探ってきた。男の名前は天海五郎。年も政子と釣り合うくらいで、聞けばなかなかの好男子、気は優しくて力持ち、相手としては不足無し。政子が紹介したいと言うから、じゃあ顔だけでも拝んでやるかとしぶしぶ顔をあげてみると、胸元に光る銀のロザリオ。なんとその男、キリスト教に入信していると言う。当然文彦はあの手この手で猛反対、勘当話、見合い話、果ては許嫁をでっち上げてくる始末。父と娘の攻防が札幌 琴似のとある神社を舞台にところせましと繰り広げられる。
 物語をさらにこんがらがらせたのは、許嫁役に選ばれた田中昭男。平々凡々を絵に描いたような つまらない男だったが、 一目会ったその瞬間、彼は恋に落ちた。政子ではなく、政子の妹・ツルに。

 戦時中、貧しく暗かったはずのあの時代、健気に元気に恋をした札幌琴似版、ロミオ&ジュリエット、お宮と勘一。”昭和琴似恋愛譚『桑の実の色づく頃には』”

<登場人物>
豊原文彦
カヨ:妻
タエ:姉
政子:長女
ツル:次女
時子:三女
虎丸:次男
天海五郎
ユキオ
神部護:特高
黒澤明
水谷八重子/入江たか子
晴子:勤労学生
陽子:勤労学生
田中昭男:平成の紙芝居屋
房子:母
房江:妹
黒田権兵衛:憲兵改め駐在
杉浦大吉:昭和の紙芝居屋
トメ:隣組のおばさん
ユキ:隣組のおばさん
金子:ユキ長女
銀子:ユキ次女
 
<舞台>
神社のやしろがある。
縁側のセットがあり上手に続いている
手前に通路があり、上手に回ると、家の正面玄関がある設定。
下手の奥の方に、神社があり、水場がある
下手手前に桑の木の切り株がある。
近くに防空壕がある。

01■現代

 琴似神社に紙芝居が来ている。
 通りすがりの平成市民たちが噂をしている

平成市民_「あら紙芝居だって」
平成市民_「今時めずらしい」
平成市民_「ねえ」
ばば政子「はれ、はみひばい、なふかひい(あれ、紙芝居懐かしい)」
平成市民_「みかけないばーさんね」
平成市民_「こんにちわ」
ばば政子「ひょっとおふかがいひまふへど(ちょっとお伺いしますけど)」
平成市民_「聞き取りにくいな」
ばば政子「ひればー」
平成市民_「なに」
ばば政子「ひればー」
平成市民_「いれば?」
ばば政子「ふぁい」
平成市民_「いればが無いんだな」
ばば政子「ほのはたひに、ほえ、ひりはぶ、あったんしょ」
平成市民たち「うーん」

 紙芝居の呼び鈴、カランカランカランカラン
 近所の子供たちがわらわら集まってきた。

平成紙芝居「はい、はじまるよー」
子供_「やったー」
子供_「うわーい」
平成紙芝居「飴当たってない子、いない?」
子供全員「はい!はい!はい!」と全員手をあげた
平成紙芝居「うそつけ!じゃはじまりはじまりー」
子供全員「はじまりはじまりー(拍手拍手)」
平成紙芝居「ある神社のすみっこにひっそりと
 桑の切り株があったそうです」
子供全員「ほお」
平成紙芝居「その切り株のすみっこにこれまたひっそりと
 名前が三つ刻まれているんです」
子供全員「へー」
平成紙芝居「片仮名でゴロウ、マサコそしてアキオ。」
子供_「おお、あやしいーー」
子供_「あきらかに三角関係を匂わせる」
子供全員「ひゅうう」
平成紙芝居「この三つの名前が彫られたのは第二次世界大戦のさなか」
子供_「戦時中だって」
子供_「もつれ合う三角関係」
子供_「禁断の恋」
子供_「引き裂かれる二人」
平成紙芝居「聞く気あるの?」
子供全員「あるあるあるあるあるある」
平成紙芝居「時は昭和18年!日本の敗戦が色濃くなってきたあの頃
 場所は屯田兵が最初に拓いた土地、琴似町!」

 タタン!!と調子をとる紙芝居屋。音楽

紙芝居「 戦時中、貧しく暗かったはずのあの時代、
 健気に元気に恋をした
 琴似版 ロミオとジュリエット
 ”昭和琴似恋愛譚『桑の実の色づく頃には』”
 はじまりはじまりーー♪」

 登場人物たちぞくぞく登場し、テーマソングを唄う。
 平成市民たち、昭和の琴似町民に変身
 ばば政子、政子に変身
 
♪==========
唄『桑の実の色づく頃には』
作詞:すがの公


 夜空の星はどうかしら
 今夜の宿はどこかしら
 広くて優しいあなたの夢に
 私の出番あるかしら

 そっちの水はどうかしら
 おかしな食べ物あるかしら
 甘くてとろけるあなたのおやつ
 私の分もあるかしら

 桑の実の色づく頃には
 また二人ここで逢おう
 笑顔で約束くれたから
 切り株でひとり星を眺めて

 そっちにお手紙つくかしら
 そろそろお返事かくかしら
 海の向こうのあなたの胸へ
 私の思い飛ぶかしら

 桑の実の色づく頃には
 また二人ここで逢おう
 笑顔で約束はたせたら
 切り株でふたり空を眺めて
 =============♪

 桑の木の切り株が、切られる前の状態になる。
 神社の情景。暗。

02■昭和18年

 昭和18年。暗の中、声が聞こえる。

黒田「荒木善男くん、二宮金太郎くん、浦島三郎くん、
 桃・太郎くん、以上4名の門出を祝して!」

 神社の朝

文彦「ばんざああい!」
町民の声「ばんざーい!ばんざーい!ばんざーい!」

 舞台には国旗を振る町民がずらりといる。

町民_「では、琴似駅へと移動し、汽車を見送りに行きましょう!」
 
 ご家族っぽい数人が汽車を見送りにいく。

ユキオ「ワン」と礼をする。

 初代子宝犬のユキオ、しゃべりだす。骨の扇子を持っている。

ユキオ「第二次世界大戦の終わり頃。
 北海道は、琴似町にとある神社がございました。
 戦争も激しくなって参りました。
 今日もこの神社から戦地に赴く兵隊さんを
 バンザイバンザイ送り出します」

 残ったのは宮司・豊原文彦、町民数名。

文彦「さて、忙しい!おい!母さん!あれだ!あれ!」

 文彦、いったんひっこむ。
 新聞を読んでいる町民たち。

町民_「大通り公園もジャガイモ畑だってよ」
町民_「そりゃ絶景だ」
町民_「黒田清隆像も供出されただろ」
町民_「維新の志士も鉄砲のタマだ」
町民_「米の配給も減りやがった」
町民_「ヤミで買えば高いしねぇ」
町民_「新聞代も十銭あがったよ」
町民_「銭湯も八銭から十銭だ」
町民_「タバコもだ」
町民_「♪金鵄(きんし)上がって十五銭」タバコ『金鵄』を出す
町民_「♪はえある光三十銭」タバコ『光』を出す
町民_「♪今こそ来たぜ この値上げ」
町民_「♪ 紀元は二千六百年」
町民全員「♪ああ一億の民は泣くー♪」
( 『奉祝國民歌』紀元二千六百年 の替え歌が流行った)
 http://www.youtube.com/watch?v=bZGMC7CpKVI

 文彦、妻のカヨとともに「水」を振る舞う。

文彦「はいはいはいはいはい」
町民_「これは?」
文彦「水です水!」
町民_「水?」
町民_「出たね宮司さん!」
町民_「よお!待ってました」
文彦「どうぞどうぞおめでたい日ですから」
町民_「いやあ、たまらん水ですなぁ」
町民_「おめでたい門出に涙は禁物ってね」
町民_「あなたもどうです?」
黒田「むっ、なんだねこれは」
町民_「ひっひっひ、だから、あまーい水だって!」
黒田「あまい水」
町民_「家でこっそり作っている自家製の甘い水さ」
黒田「私が北海道警察琴似町駐在・黒田権兵衛と知ってのことか」
町民_「しまった」
黒田「戦時下において家庭内での酒類の製造は御法度である」
町民_「ばかやろう」
町民_「ごめん」
黒田「が、それは水なのだろう」
文彦「は、はい!」
黒田「一杯いただこう」
全員「え?」
黒田「水だ。水を一杯いただこう」
町民_「どうすんだよ」
町民_「まずいぞ」
町民_「ばれたら?
町民_「没収だ」
町民_「それだけで済むか?」
文彦「、、どうぞ」
黒田「かたじけない」
 
 固唾をのんで見守る町民。駐在、ぺろり。

黒田「うむ」

 駐在、ちびり。

黒田「ううん」

 駐在、ごくり。

黒田「う、、うまい」
全員「でしょう!!」
黒田「ウム」
全員「で?」
黒田「うまい、サ、、」
全員「サ?!(首ふるふるふるふるふる)」
黒田「ウウム」
文彦「駐在さん!これが水以外の『サ』で始まり『ケ』で終わる
 何かでありますと、どういうことになりますか、
 どうかお考えください」
黒田「どうなる?」
文彦「まぁ捨ててしまうしかありませんな」
町民_「悪夢だ」
町民_「もったいねぇ」
町民_「しんじまう」
黒田「大袈裟じゃないか」
町民_「ばちが当たるで」
黒田「脅す気か」
文彦「めっそうもございません。さあ、今日のところは、ぐぐっと」

 とまたつがれ、駐在、ごくごく

黒田「カアアアアア!なんてうまい!」
全員「(ゴクリ)」
黒田「、、ミズ」
全員「はい?」
文彦「もういちど」
黒田「水だ」
文彦「つまり」
黒田「まぁ、水だな。うまい水だ。」
全員「(にやり)」
文彦「まぁまぁぐぐっと行きましょう!かーさん!水だ水!」

 ちょうど駅に見送っていた町民たちも帰ってくる。

文彦「ああ、戻ってきた戻ってきた。ご苦労さまです。
 さあさあ、めでたい門出に涙は禁物。
 『一億玉砕』『神州不滅』『今日も決戦 明日も決戦』
 戦地で戦う兵隊さんのために、
 我らも今日だけ鋭気を蓄えましょう!
 我が長男・常男もただいまロシアのカムチャッカ、
 アリューシャン列島で戦っております!」
虎丸「がんばれ兄ちゃん!」

 政子、ツル、時子、水をふるまう

文彦「ほら政子!ツル!時子!お前達こっちの人にも!」

 姉のタエも水を飲みにきた

タエ「今日もお水あるかい?イヒヒ」
文彦「ああ、姉さん!丁度いいところに来た!手伝ってください」

 みな楽しげに水をくみかわす。
 そのへんで、ベーゴマやメンコをして遊ぶ
 子供達・虎丸・金子・銀子。

 昭和の情景。

 野良犬ユキオふたたび。

ユキオ「思えば良き時代でもありました。
 本当は御法度の自家製どぶろくを、
 駐在さんも今日だけは大目にみてくれています。
黒田「うまい水だ!」
町民_「さすが!駐在さん!」
町民_「話がわかる!黒田さん!」
ユキオ「さて、さきほどから愛する息子を徴兵されたご家族に
 自家製どぶろく、もとい、甘い水を振る舞い、
 みなに明るい笑顔を作っているのは、
 この神社を代々守ってきた宮司・豊原文彦45歳です」

 文彦、傘にマリを回している

文彦「大日本帝国の勝利を願いまして!
 いつもより多目にまわしてみせます!
 おめでとうございまーす!」

 おどけてニセ染太郎をやる文彦わりと出来ている。拍手拍手ー。

ユキオ「ところで、面倒見がよく町内で好かれるこの神主さんにも、
 実は大きな悩みがあります」
カヨ「政子ー。また手紙届いてるわ」
ユキオ「あ、こちら、妻のカヨさん」
政子「ほんと!?」
ユキオ「娘の政子はお年頃。どうやら最近、恋をしているようです」

 政子、手紙を手に入れ上機嫌、スキップでいなくなる。

文彦「ム?」

 その様子を見ている父、文彦。

文彦「ううう、ガルルルルルルル」
ユキオ「うなっております」
文彦「うううう、わん!わんわん!」
ユキオ「吠えております、犬のように」
文彦「わんわんわん!」
ユキオ「どうどうどう」
文彦「ふーふーふー!」
ユキオ「つまりこれが、豊原文彦45歳の大きな悩み。
 娘にどうやら、悪い虫がついたらしいのです」

時子虎丸「お父さん何してんのー」
文彦「吠えてんだ」
時子虎丸「ふーん」
文彦「おまえたちも吠えろ、わん!うぁん!」
時子虎丸文彦「わん!わんわん!」

ユキオ「こちら三女時子と末っ子の次男虎丸、
 一番上の兄・常男は志願して徴兵され、
 アリューシャン列島へ赴いております」

時子虎丸文彦「わん!わんわん!」
ツル「なにしてんのバカみたく」
時子虎丸文彦「わん!」

ユキオ「こちら政子のすぐ下の次女・ツル」

カヨ「ほら片付けみんな手伝ってー!」
一家「はーい」

ユキオ「古来より神社という場所は、
 町民の集いの場所でもあります。
 みんなの神社をまもる豊原一家に
 どうやらひと騒動が起ころうとしております」

時子「紙芝居がきたー!!」

 昭和の国策紙芝居がやってくる。
 カランカランカランカランカラン
 音楽が、家のラジオから聞こえてくる

 曲/ラバウル航空隊 軍歌
 http://www.youtube.com/watch?v=J8wL4IfmRtw

ユキオ「申し遅れました。
 私はこの物語の狂言回し、初代子宝犬・ユキオございます。
 私に触ると子宝に恵まれます。琴似神社に子孫が居ます。
 (タタン!)ではここで、当時の様子をご説明!
 時は1943年、昭和18年の6月!」

紙芝居「またまた日本軍の快進撃!
 鬼畜米英!せまりくる敵をバッタバッタと打ち倒し
 東南アジア解放戦線、日の丸の旗をはためかせ悠々の行軍!」

 子供達拍手喝采

ユキオ「日本はアメリカオランダイギリスの植民地解放を名目に、
 『聖戦』としてアジア戦線に軍隊を送り込んでいました。」

紙芝居「今日もまた!大勢の捕虜をを解放せり!
 フィリピン、マニラ、シンガポール!
 我が日本軍は連戦連勝!
 正義の道をつきすすむのでありました!」

 子供達拍手喝采

ユキオ「大戦の始めの頃、本当に日本は勝っていました。
 連合軍はヨーロッパ戦線に戦力の大半を割いていたため、
 日本軍は抵抗らしき抵抗を受けることもなく進行できたからです」

紙芝居「『今日も決戦、明日も決戦』『米英鬼を叩きつぶせ』
 『さあ2年目も勝ち抜くぞ』ラバウル航空隊の大活躍!」

 子供達拍手喝采

ユキオ「新聞やニュース映画、そして国策の紙芝居では
 連戦連勝を報道しつづけましたが、実際は違いました」

 紙芝居には、当時の戦闘の様子がランダムに描かれている。

紙芝居「『撃ちてし止まぬ』『尽忠報国』
 『たつた今!笑って散った友もある』
 天皇陛下ばんざいとそのまま敵機につっこみます!」

 大人たち、金物をリヤカーに集めて、押していく。

ユキオ「日本に奪取された島々を奪還すべく、
 アメリカ軍はマリアナ諸島攻略を開始、
 その頃には日本に十分な物資は無くなっていたので
 日本軍には退路しか残されていませんでした」

 二宮金治郎の像も、リヤカーにのせられる。

ユキオ「遠く戦地の激戦もさることながら、
 国民の生活もじょじょに逼迫して参ります」

紙芝居「『軍人さんよありがとう』『偲ぶ戦線、感謝で作業』
 われわれ国民は兵隊さんのために節約をしましょう」

ユキオ「鉄の類はすべて軍備のために徴収され、
 生活必需品の配給量はどんどん減って行きます。 

紙芝居「『贅沢は敵だ!』『汗で耕し、工夫で増産』
 『節電で、産めよ、戦地で待つ兵器』」

 子供達、拍手喝采
 
ユキオ「日本は明らかに敗戦への道を歩み始めていました」

 皆、家に帰る。仕事に出る。飯の支度をする。
 ちりぢりに、神社から出ていく。

03■豊原家・昼

カヨ「五月ももう終わりねー」

 母カヨ、一升瓶に「七分づき米」を入れ、棒で精米している。
 となりで政子、手紙を読んでいる。

政子「♪」
カヨ「(シャックシャックシャック)
政子「お手紙ありがとうございます。だって!」
カヨ「ふーん」
政子「お元気ですか。僕は元気です。だって!」
カヨ「うん」
政子「お手紙待ってます。だって!」
カヨ「だいたいそうじゃない?手紙って」
政子「うふふふうふふふ」
カヨ「病気だねこりゃ」
政子「うふふふふ」
カヨ「政子」
政子「なに」
カヨ「気持ち悪い」
政子「うふふうふふうふふ」
カヨ「あんた外では、やめなさいよ」
政子「ほしがりません勝つまでは」
カヨ「そー」
政子「その手ゆるめば戦力にぶる」
カヨ「ねー」
政子「生めよ殖やせよ國のため」
カヨ「これっ」とたしなめる。

 文彦、入ってくる。

文彦「政子」
政子「はい!」手紙隠す。
文彦「それはなんだ」
政子「え?あ!えーーとえーと!」

 政子、あきらかに動揺したあげくに手紙を食べる

カヨ「え?食べた!」
文彦「何たべた?」
政子「おはひ(もぐもぐもぐ)」
文彦「なんていった?」
カヨ「おかし」
政子「うんうんうん(もぐもぐもぐ)」
文彦「隠し事をしてやしないか」
政子「(首をぶんぶんふる)」
文彦「本当かい」
政子「(ぶんぶんぶんぶん)」

 首をぶんぶんふりながら政子退場

文彦「なあ、母さん」
カヨ「なんです?」
文彦「男だろ」
カヨ「(・_・)」

 カヨ、何も応えずシャクシャクと精米

文彦「政子には神社を任せられる立派な男を見繕って、
 常男が戦争から戻るまでの間
 俺の後を継いでもらわきゃならんというのに」
カヨ「いつまで続きますかね、この戦争は」
文彦「そりゃあ、勝つまでだ」
カヨ「常男は勝つまで戻って来ないんですか」
文彦「そりゃあ、まぁそういうことになる」

 遊びに来た文彦の姉・タエ。

タエ「おばんです」
カヨ「あらお姉さんいらっしゃい」
文彦「姉さん、ちょうど良かった。どうですか例の件は」
タエ「ああ、だいぶ集まってはいるけどね」
文彦「多きゃ多いほどいい」
タエ「でも徴兵されてない男しか残ってないからねぇ」
文彦「いい」
カヨ「なんの相談?」
タエ「お見合い」
カヨ「政子?」
文彦「そう」
カヨ「勝手に進めていいのそんなの」
文彦「写真見るくらいいいだろう」
カヨ「そうかしらねぇ」お茶を入れにいく
文彦「おい水でいいぞ。贅沢は敵だ」
タエ「お茶お茶お茶お茶ー」

 次女常子、三女時子、長男虎丸、ユキオ

ツル「♪ねーちゃんがー」
虎丸時子「♪はぁ」
ツル「♪おかし食ってー♪」
虎丸時子「♪サァ」
時子「♪てがみ吐いたー♪」
虎丸時子「よいしょ♪」
ユキオ「大丈夫か、姉ちゃん」
タエ「こんにちわ」
文彦「ほら挨拶しなさい」
3人「こんにちわー」
タエ「こんにちわ。素敵な唄ね、歌詞を教えて」
ツル「ねーちゃんがー」
虎丸時子「♪はぁ」
ツル「おかし食ってー」
虎丸時子「さあ」
時子「てがみ吐いたー」
文彦「だまされた!」
タエ「文彦!」

 文彦走って退場

ツル「なんかあったの?」
タエ「あったみたいね、なんか知ってる?」
虎丸「しらなーい」
時子「知ってるー」
タエ「え?知ってんのあんた」
時子「(こしょこしょ)」
虎丸「あー(こしょこしょ)」
ツル「はいはい(こしょこしょ)」
時子「そうそうそう!」
3人「ねーーー」
タエ「なになに!おばちゃんに教えて!」

 文彦戻ってくる

タエ「どしたの」
文彦「窓から逃げやがった。政子め」
タエ「まーちゃん?」
文彦「コソコソと。きにくわん。悪い虫がついた」

 虎丸の同級生、金子と銀子、唄いながら登場。
(忘れちゃいやョ/渡辺はま子<昭和11年>)
 http://www.youtube.com/watch?v=fHydK4Bku84

金子銀子「♪月が鏡であったならー
 恋しあなたの面影をー
 夜毎映してみようものー
 こんな気持ちでいるわたし、ねぇ
 忘れちゃいやーぁよー、
 忘れないでねー♪」
文彦「忘れちまえそんな虫!!」
タエ「なにいってんの!?」
文彦「とっつかまえてくる!」

 文彦、再び走って退場ー

金子「どしたの」
銀子「おじちゃん」
虎丸「しらねー」

 金子は赤ん坊(弟・功一)を背負っている。
 銀子はでんでん太鼓でたまにあやしている。

ユキオ「父親ってのはいつの時代も大変なんだよ」
金子銀子「時ちゃん虎ちゃんあそびましょ」
時子虎丸「遊んできていい?」
ツル「いいよ」

 時子虎丸金子銀子唄いながら退場する。

4人「♪とんとん とんからりと 隣組
格子(こうし)を開ければ 顔なじみ
まわして頂戴(ちょうだい) 回覧板 
知らせられたり 知らせたりー」

 そこにお茶をもってきたカヨ。

カヨ「暗くなるまえに帰ってよー」
ツル「どしたの父さん」
タエ「あんたもそろそろ虫ついてないかい」
カヨ「お姉さん」
タエ「つーちゃんだって、もうお年頃だもんねぇ」
ツル「なに?」
カヨ「あんたはまだいいの」
タエ「どんな男?」
カヨ「見たことないんです」
タエ「イイ男かね」
カヨ「さぁ」
タエ「政子ちゃん賢いからねぇ、イイ男でしょ」
カヨ「見たことないんですってば」
タエ「イイ男ならいいねぇ」
カヨ「ええ、まぁ」

 二人、精米シャクシャク、お茶ズズズズズ

ツル「あたしみちゃったんだ」
二人「何?」
ツル「おねえちゃんが」
二人「うん」
ツル「つまみぐいしてんの」
二人「男?!」
ツル「おイモ」

 二人、少しコケ、精米シャクシャク、お茶ズズズズズ

タエ「なんだ」
カヨ「そんなことか」
ツル「そんなこと?ずるいのに!」
タエ「あんたはまだまだ食い気みたいね」
ツル「ずるくない?」
カヨ「ハイずるいずるい」
ツル「おまけにあんな男の人とこっそり会って」
二人「ハイずるいずるい」

 二人、精米シャクシャク、お茶ズズズズズ

二人「え?どんな男!?」

04■昭男

 田中昭男が手紙を持っている。

昭男「あ、あのう。すいませーん」
カヨ「はいー!」
昭男「えー、えっと、ううーん。ああーっっと。うーん。
 えーっと。うん。えーっと。あ、ちょっとすいません」
三人「はぁ」

 いったん離れ、もってきた手紙を見直す。
 なんだか挙動不審な男である。

タエ「まさか」
カヨ「あんなんじゃないでしょうね」
ツル「(首をふる)」
昭男「あのー」
カヨ「何か御用ですか」
昭男「神社の方ですか」
カヨ「はい」
昭男「あのー、豊原さんって」
カヨ「うちですうち」
昭男「あ、そうですか。やっぱ、はぁ、」
カヨ「この神社を奉っております宮司(ぐうじ)の妻でございます」
タエ「姉でございます」
昭男「はぁはぁはぁ、えーっと?あのー」とツルをちらりと見る。
カヨ「娘です」
昭男「あ!え?!ああ!!」
カヨ「なんですか」
昭男「ややややや、ややややや」
タエ「気味の悪い男だねぇ」
昭男「ムスメ!?むすめさん!」
ツル「はい」
昭男「あへーー!そぉおお?」

 ツルのとなりに座り、まじまじとツルの顔を眺める。

ツル「お母さん」
カヨ「なに」
ツル「なんか」
タエ「はっきり言ってごらん」
ツル「恐ろしい」
カヨ「なんですかあなた!」
昭男「こわくない!こわくないよ!あそっか!」と立ち上がり。

 昭男、決めポーズをし。

昭男「申し遅れました、僕、いや、俺、いや、私」
タエ「なんでもいいって」
昭男「田んぼの『田』に真ん中の『中』、
 昭和の『昭』に普通の『男』、田中昭男と申します」
タエ「パッとしない名前だね」
カヨ「ほんとに」

 昭男突然ツルの手をとる。

ツル「!?」

 ツル凍り付く

昭男「また来ます!」
ツル「(恐ろしくて死にそう)」
昭男「ああすみません!」と離し、飛び上がり距離を取る。
タエ「うるさい男だ」
昭男「今日は失礼します!お母様!」
カヨ「お母様?」
昭男「さようなら!また会う日まで!ごきげんよう!さようなら!」

 昭男去る。

カヨ「なんだったんでしょうね」
ツル「あーこわかった」
タエ「駐在さん、呼ぼうか」
二人「うんうんうん」
カヨ「大丈夫?」
ツル「うん」

 二人、精米シャクシャク、お茶ズズズズズ

タエ「で」
ツル「で?」
カヨ「どんな男?」
ツル「え?」
二人「政子の相手」

 三人、片付けながら、家の中へ入る。

05■隣組

 辛口ばーちゃん、おトメさんと、
 ウワサ好きの隣組おばさん・ユキさん(金子、銀子の母)通りかかる。

ユキ「ちょっと、トメさん、聞いた?」
トメ「んあ?」
ユキ「神社の娘がさ」
トメ「どれ?」
ユキ「一番上」
トメ「まーちゃん」
ユキ「その政子がさ」
トメ「子供でも産んだかい」
ユキ「いきすぎ!まだ、その前」
トメ「男かい」
ユキ「こそこそ男と会ってんのよ」
トメ「ほう、逢引きかい?」
ユキ「この非常時にねぇ!隣組としてはさ。ほっとけないじゃない?」
トメ「恋かあ、いいねえぇ」とうっとりしてる
ユキ「ちょっと!何うっとりしてんのよ」
トメ「自由恋愛はいいよ。あたしゃお見合いだったから」
ユキ「うちもそうよ」
トメ「あんたは仕方無いよ、鏡ごらんよ」
ユキ「どういう意味よそれ」
トメ「あたしの若い頃はみんなお見合い。自由恋愛なんて打ち首獄門さらし首」
ユキ「いつの時代?江戸時代?」
トメ「恋かあ、したいねぇ」
ユキ「うっとりしないでよ気持ち悪い!」
トメ「あんたんとこのお見合いは失敗かい?」
ユキ「ちょっと!やめてよ簡単に失敗扱いすんの」
トメ「ほら、失敗作が通るよ」

 金子、銀子が走ってくる

銀子「虎丸が虎丸が」
金子「肥だめに落ちたー!」
銀子金子「うええええ!!」

 そのまま通り抜ける。

ユキ「金子銀子ーー!!功一落とさんでよー!」
金子銀子の声「へーい!」
ユキ「え?失敗作って!うちの娘のこと!?」
トメ「じょーだんじょーだん」
ユキ「しつれーな!」
トメ「で、なにがほっとけないって?」
ユキ「あ、それがさ!相手の男!」
トメ「うんうん」
ユキ「これなのよ」と、十字をきり、祈る。
トメ「お焼香?」
ユキ「ちがうでしょ!」と、十字をきり、祈る。
トメ「まさか」
ユキ「よりによって、神社の娘と」と、十字をきり、祈る。
トメ「鼻がかゆいの?」
ユキ「ちがうでしょ!」

 ユキオ、時子が逃げてくる。

ユキオ「肥だめ人間だ!」
ユキオ時子「うああああああ!」

 肥だめに落ちた虎丸が追ってくる

虎丸「いひひひひひひ」

 3人逃げる

ユキ「あっちの方が出来がわるいでしょーに」
トメ「ああ!」と、十字をきるようなことをやり、手を握る。
ユキ「やっとわかった?」
トメ「アーメンかい」
ユキ「そーなの」
トメ「おやじは知ってんの?文彦」
ユキ「いやいや、逢い引きしてるくらいだもん」
トメ「こりゃ、ひと悶着あるね」
ユキ「うんうん」

 虎丸、再び登場

虎丸「じーーー」じっと見てる
トメ「あ。」
ユキ「肥だめ人間」
虎丸「じーーーーー」にやりとわらう
トメユキ「逃げろ」
虎丸「わーーー!」追う。
トメユキ「わーーーーー!」逃げる

 3人退場

06■五郎
 
 エゾアカゲラの鳴き声、ドラミング音がする。
 ドラミングと鳴き声。
 キョッ、キョッ、ココココココ、ピャー、ココココココ

 政子と、天海五郎が現れる。

政子「なんの音?」
五郎「アカゲラだ」
政子「ふーん」
五郎「エゾアカゲラ」
政子「なにしてるの」
五郎「いろいろだよ。
 くちばしで木をつついてエサをとってたり
 枯れ木に穴をあけて巣を作ってる。
 縄張り宣言や異性の呼び寄せのためとも言われる」

 キョッ、キョッ、ココココココ、ピャー、ココココココ

政子「すごい音」
五郎「戦地で機関銃と間違えた兵隊が居たそうだよ」
政子「ほんとそれ?」

 キョッ、キョッ、ココココココ、ピャー、ココココココ

五郎「こそこそするのは好きじゃないんだけど」
政子「しょうがないでしょ」
五郎「やっぱりちゃんと許してもらおうよ」
政子「絶対に無理」
五郎「わからないじゃないか」
政子「わかるの。私はこの世に生を受けてからずーーーっと、
 あの頑固親父と戦ってきているの」
五郎「でもこのままだと、駆け落ちだよ?」

 風が吹く。

政子「こんな戦争さえなければ」
五郎「めったなことを言うもんじゃない」
政子「だって」
五郎「ぼくはただでさえ特高に目をつけられているんだ」
政子「わたし特高なんて怖くない」
五郎「政子さん」
政子「、、、」

 風が、吹く

五郎「正々堂々、お父さんに話してみよう。
 敵と話すわけじゃないんだ。
 同じ日本人なんだ。
 よく話せばきっと、
 お父さんだって、わかってくれるはずだよ。
 だって神道はそもそも、多神教じゃないか」
政子「そういう問題じゃないと思う」
五郎「いつまでもこうして
 人目を盗んで逢うわけにはいかないだろう」
政子「、、、」
五郎「政子さん」
政子「じゃあ約束してください」
五郎「約束?」
政子「もし、反対されたら、駆け落ちして」
五郎「、、、」
政子「いい?」

 五郎、笑う

五郎「君は、どうも過激だね」
政子「わたし、本気なんですけど」
五郎「アダムのろっ骨から神が創造した女性はイヴって言うんだ」
政子「知ってる」
五郎「言ったっけ」
政子「イヴって、禁じられた知恵の樹の実を自分で食べて、
 また同じようにするよう夫を誘った女性でしょ」
五郎「過激だろ」
政子「イヴほどのことじゃないわ」
五郎「僕はたぶん、君のそういう所が好きだ」
政子「反対されたら、約束してくれますか」
五郎「女があばら骨から産まれたなんて嘘だな」
政子「五郎さん」

 五郎、政子に膝をつき、

五郎「駆け落ちの約束をします」

 胸の前で手を組む。

五郎「神に誓って」

 キョッ、キョッ、ココココココ、

 二人、アカゲラの間の手に笑い、

政子「でもあなたの神様とわたしの神様は違うからな」
五郎「じゃあこうしよう」

 ポケットから飛び出しナイフを出して

政子「?」
五郎「この桑の木に名前を刻む」
政子「誓いの印?」
五郎「そう」
政子「よし」

 二人、ゴロウ、マサコと刻む

 特別高等警察の神部護(かんべまもる)が、二人を見ていた。
 明かりが移る。

神部「まぁまぁお盛んなこって。
 みてるこっちが溶けちまうってか。
 神社の娘とキリスト野郎の宗派を越えた禁断の愛ねぇ。
 いんじゃないですか自由で平和で。
 ただ、ひとつわかってないことがある」

 政子、五郎、刻み終わって退場する。

 ピャー、ココココココ

 神部、小さな石を拾い、素早く投げる。
 すると、エゾアカゲラが黙る。

神部「今戦争してんだよ。自由も平和もねえ。
 特別高等警察の神部護を甘くみるな」

 神部退場する。その様子を影から見ていた犬のユキオ

ユキオ「なんだかおっそろしい人でしたねー。それもそのはず。
 今の男は戦時中恐れられた特別高等警察、通称『特高』です。
 最初は共産主義運動の制限のため、
 つまり、アカという蔑称で呼ばれる人々の
 取り締まりのために発足しましたが、
 戦争の激化とともに宗教団体、自由主義、政府批判も
 すべて弾圧や摘発の対象となりました。
 70年前、戦時下の日本は国家管理体制の中にあり、
 言論の自由はありませんでした」

07■訓練

 同じ日の夕方。

 当時の流行歌がかかる
 曲:『月月火水木金金』 作詞/高橋俊策 作曲/江口夜詩
 https://www.youtube.com/watch?v=fFJYSHnMM6Q

黒田「敵機による焼夷弾で火災が発生したのを想定しての消火訓練である!
 北海道への空襲はまだ行われてはいないが、戦局はかなり窮している!
 兵隊さんが留守にしているこの日本国土を守るのは、我々庶民である!
 いちについて、よおい!どん!」

 バケツリレーが行われる。非常に遅い。

黒田「遅い!こんな遅さでは琴似町内はあっと言う間に火の海である!もういちど!!」
町民_「はい!」
町民_「すみません!」
黒田「なんだ」
町民_「これ、なんか入れましょうか!」
黒田「なんだ入ってなかったのか」
町民_「入れますか?」
黒田「どおりで気合いが足りんわけだ!」
町民_「はい!」と走っていく。
黒田「まったく、たるんどる!はよ位置につかんかー!返事!」

 監督・黒沢明拍手しながら登場。
 サングラス。メガホン、一升瓶。

黒澤「すばらしい!!これぞ!これぞ大日本帝国民の鏡です!
 一旦、音楽止めようか!(音楽止まる)あとそこの民家の二階部分、
 絵的に必要ないから一旦取り去って撮影後に戻そうか!
 何?できねえ?なんだとこのでこすけ!」
黒田「なんだチミは!!」
黒澤「は!この町民をまとめる駐在どのでありますか!」
黒田「いかにも」
黒澤「お噂はかねがね!光栄です」
黒田「うわさ?」
黒澤「琴似の駐在どのは義理に固く人情に厚い
 まるで映画の『姿三四郎』だとか。なるほど一目でわかりました」
黒田「え?あ、そう」
町民_「どこの噂だ」
町民_「さあ」
黒澤「私、本州からはるばる参りました。
 株式会社東宝映画のクロサワともうします。」
黒田「督監明澤黒」
町民_「逆さ逆さ逆さ逆さ」
黒田「監督、黒澤明!」
黒澤「私、新進気鋭の映画監督、育ちは山の手ルーツは秋田、
 今は日本の『黒澤明』ともうします!」
町民たち「ほおおおおおおおおお!!」
黒田「知ってるか?」
町民たち「(首をふるふるふるふるふるふる)」知らない。
黒澤「今は醉いどれ天使でね、このどん底から夢をみてます」
黒田「貴様、酒か?」
黒澤「水です水。どうです一杯?」
黒田「北海道に何のようだね?」
黒澤「なんてことはないんです。ただ、
 たいそうなバケツリレーの様子をフィルムに納めたいんで」
黒田「フィルム?」
黒澤「色んな仕事があるもんですねぇ。
 大手新聞社でニュース映画をやる輩が軒並み
 兵隊に取られてちまってね。
 あたしにおユキオが回ってきたっつうわけですよ。
黒田「ニュース映画?」
町民_「ニュース映画ってあれでしょ」
町民_「映画の前に流れる!」
黒澤「最果ての戦時総動員体制、
 つまり皆さんのバケツリレーを納めて国民を鼓舞せよと、
 上からのお達しでして」

町民_「全国ニュースでしょう?」
黒澤「ええ完全なる国策の」
町民_「あたしら映るの!?」
黒澤「皆様の訓練の様子をあそこのキャメラで撮影し、
 全国の映画館で映画の前に放映するわけですよ」
町民_「映画だって!映画!」
町民_「おい!映画だ映画だ!」
黒澤「皆様、全国の映画館へのご出演よろしいでしょうか」
町民全員「あ、はい!!」
黒澤「じゃ、交渉成立ということで、ヨォオオオ」

 全員、一本締め。パン!

黒澤「それではさっそく」
町民_「お化粧!」
町民たち「わああ」

 町民、いっぺんに家に帰りかける

黒澤「いや、そのままで!!!そのままでえ!」
町民_「でもねえ」
黒澤「おまえらドン百姓なんぞ何を塗っても代わり映えしません」
町民全員「あ(怒)?!」
黒澤「間違い!!普段のお姿を納めたい!!わけですから!」
町民全員「じゃあー、まぁ」
黒澤「まゆにツバ、塗る程度で」
町民全員「ああ(ツバを)そう(まゆに)」
黒澤「さ!準備万端整いました!
 しかしまぁ、皆さんだけでは華が無いですなぁ」
町民_「いちいち言うね」
黒澤「と、言うわけで本日はなんと!
 銀幕のスターさんもゲストでお呼びしております」
町民全員「ええ!だれだれだれ?」
黒澤「本日のゲストは大物女優」
町民全員「ほお」
黒澤「日本男児で知らないヤツはモグリだ」
町民全員「はあ」
黒澤「覆面令嬢」
町民全員「は!!!」
黒澤「大女優、水谷八重子!」
黒田「水谷八重子!!」
町民_「水谷八重子って!」
町民_「あの、水谷八重子さん?!」
町民_「大正10年、国活映画『寒椿』に出演するも」
町民_「女学生ゆえに名前を出せず」
町民_「匿名『覆面令嬢』としての異例の衝撃デビュー!」
町民_「新劇、大衆劇の両方からひっぱりだこ」
町民_「演劇界の大女優
町民全員「水谷八重子さんかい?!」
黒澤「シーン88カットいちぃ!!!

 町民、バケツリレーの配置につく

黒澤「『水谷八重子、琴似の庶民とバケツリレー』!!
 ハイよおおおおおおい!!!!アクショーーーン!」

 音楽『満州娘 (昭和13年)
 作詞: 石松秋二 作曲: 鈴木哲夫唄: 大月みやこ』
 http://www.youtube.com/watch?v=idgqho9N5k8

 前奏中に、水谷八重子、派手目の和服姿で登場。小柳ルミ子なみ。
 町民、拍手拍手拍手拍手拍手!!!!
 監督、メガホン(中にマイク仕込んであった)をもって、曲紹介。
 
黒澤「歌は世につれ世は歌につれ、
 この素晴らしき日曜日、わが青春に悔無しと
 明日を作る人々の、北の大地で静かな決闘。
 屯田兵の拓いた大地、今日から琴似の風物詩、
 水谷八重子とバケツリレー。
 いちのさんで、どですかでん」

 唄と同時に水谷八重子とバケツリレーが音楽に乗せて始まる。
 水谷八重子、口パクで唄う。
 バケツには紙テープが入っていて最後に皆で盛り上げる。

 町民たち、興奮、キャアアアア、拍手拍手ー。
 みんなサインをもとめる。

黒澤「ありがとうございました。ありがとうございました。
 はい、さわんないでさわんないで踊り子さんに触んないで」
町民_「水谷八重子さん、ファンです!」
水谷「どうも」
町民たち「おおおおおお!!」「目があった!」
町民_「映画館と、雰囲気ちがいますね!」
水谷「そう?」
町民たち「おおおおおお!!」「光り輝いている!」
町民_「あの!好きな食べ物はなんですか?」
水谷「(好きな食べ物を言う。例えば)しらす」
町民たち「おおおおおお!!」「庶民派!」

 と、水谷さんとの変な掛け合いが続く。

黒澤「はい。そろそろ水谷さん次の予定ありますから」
町民たち「ええええええええ」
水谷「どうもありがと」
黒澤「また、来てくれるかな」
水谷「いいとも」
町民たち「ありがとうございましたああ!」
町民_「いいともってなんだ」
町民_「ごきげんようー」
町民_「また来てねー!」

 水谷さん、きらびやかに退場する。町民拍手で見送る。

黒澤「ハイてっしゅう!てっしゅうーー!みなさん解散!
 駐在さんありがとうございました」
黒田「あ、うむ。今日の訓練はここまで!」

 町民、水谷のサインを胸に、ちりぢりに帰る。

黒澤「おしぼやぼやすんな!
 フィルム抱えて本州戻って一級品の
 ポンコツニュース映画にでっちあげろ!
 お上は待っちゃくれねぇぞ!撤収!」
黒田「いつ流れますか映画館で」
黒澤「ま、戦争さえ続けばそのうち。」
黒田「お役目、ご苦労様!」敬礼。

 駐在もサインを胸に抱き、家路につく。

黒澤「、、、」

 監督、すこしぼやっとする。
 五郎が残ってそれを見ている。
 五郎、目の上にキズ。ガーゼを当てている。

五郎「、、あの」
黒澤「おいキャメラ!とっとと片付けろ!このでこすけ!」
五郎「お疲れさまです」
黒澤「こりゃどうも。バケツでもぶつけたかい?」
五郎「ちょっと飼い犬に噛まれまして」
黒澤「変なとこ噛まれるねぇ」
五郎「中央では、戦況はどう伝わっているんですか」
黒澤「新聞読んでないの?」
五郎「読んでます」
黒澤「じゃあご存知でしょ」
五郎「連戦連勝ですか」
黒澤「書いてありますから」
五郎「僕にはそうは思えないんです」
黒澤「、、、へえ」
五郎「戦争に勝っている国が、
 鉄だけでなくアルミのナベやカマまでを集めるでしょうか」
黒澤「近頃じゃ、学校の二宮金治郎の像も出征するから心強いだろうね。薪しょってさ。」
五郎「僕は本当のことが知りたい」
黒澤「なんで俺にそんなこと聞くの」
五郎「あなたはどこか、普通の人と違うものを見ている気がして」
黒澤「、、、、アカか?」
五郎「ちがいます」
黒澤「、、、、、、、、、、、」

 遠くのカラスが鳴く
 カァ、カー、カァカァカァ

08■工場

 勤労女学生の晴子と陽子が、ツルと政子と一緒に出てくる。

政子「今日はどうもありがとう」
ツル「わからないことばかりでねぇ」
晴子「なんもなんも神主さんにはいろいろとお世話になってるし」
陽子「なんでも聞いてください」
政子「大変そうねぇ」
晴子「最初だけです」
陽子「すぐに慣れます」
ツル「がんばらなくちゃ」
晴子「でも偉いと思います。自分から工場に働きに出るなんて」
政子「一番上の兄が今、戦争に出ててね」
ツル「あたしたちも国の役に立ちたいから」
陽子「とても助かります」
政子「お役に立てるかどうか」
晴子「立ちます」
ツル「そんな当てにされると困るなぁ」
晴子「今月から戦時非常態勢につき生産倍増計画が発令されたんです」
政子「倍増計画?」
陽子「男子工員は通常の2倍、女子工員は1.5倍という目標なんです」
晴子「でもあたしたち、男子工員と同じ2倍を目標にしてて」
陽子「だから、女子工員の増員は大歓迎なんです」
政子「そっかー」
晴子「女だからって負けてられない」
政子「そうね」
陽子「じゃ、あたしらここで」
ツル「またね」
政子「どうもありがとう」

 陽子、晴子、帰路につく。

ツル「常男にーちゃん、元気かなー」
政子「最近は手紙もなかなか届かないね」
ツル「元気だといいなぁ」
政子「便りの無いのは元気な証拠ってね」
ツル「お姉ちゃん」
政子「ん?」
ツル「お参りしてこっか」
政子「うん」

 二人、社の方へいなくなる

09■見合話

 社務所・夕方
 タエ、カヨ、時子、虎丸、くつろいでいる。

タエ「あ、あんた、黒紙、貼り直した方いいよ」
カヨ「どこですか?」
タエ「ほら、裏手の、台所のところ。」
カヨ「あら、時子お願い」
時子「はーい」
カヨ「虎丸も」
虎丸「はいはいー」
カヨ「届かなかったらつーちゃんに言って」
時子「はーい。」
虎丸「なんで窓に黒い紙はるの?」
時子「空襲になったら標的になるから」
虎丸「僕やっつけてやる」
時子「はいはい」

 時子、虎丸家の中へ。タエ、新聞を読んでいる

タエ「アッツ島の我が守備部隊玉砕。玉砕ってなに?」
カヨ「なんですか?」
タエ「玉砕。『玉(たま)』を『砕く(くだく)』だって」
カヨ「さあ、見たこと無い文字ですね」
タエ「非常時になってから、新しい言葉が増えるね」
カヨ「ほんとに」
タエ「あら。黒星ってことかしら」
カヨ「え?ほんとですか?」
タエ「初黒星ね」
カヨ「アッツ島」
タエ「玉砕将兵は2638人、うち、北海道出身者は864人。
 米川舞台第七師団2650名が進出し、アッツ島を守備するも」
カヨ「アッツ島ってどこにある島ですか?」
タエ「えーと、ちょっと待ってよ」

 そこに文彦走ってくる。

文彦「姉さん、帰って来ました。」
タエ「え?あそう!」
文彦「お願いしますよ!自然に!自然に」
タエ「時子!虎丸!準備準備!」
カヨ「なにか始まるんですか?」

 文彦、家の影に隠れ、様子を見る。
 そこに帰ってくる政子とツル

政子「ただいま」
ツル「ただいまー」
カヨ「おかえり、早かったねえ」
政子「うん、初日だし。説明と見学で帰っていいって」
カヨ「どう?仕事」
政子「大変そうだけど、大丈夫。ね」
ツル「うん」
カヨ「なんの工場?」
ツル「官営亜麻(あま)工場っって言うんだって」
カヨ「あま?」
政子「そう、アジアの亜に麻でアマ」
カヨ「ああ、そっちか。草ね」
ツル「亜麻っていう草の茎の繊維が飛行機の翼に使われたり、
 ロープになったり、兵隊さんの夏服になったりするんだって」
カヨ「なるほどねぇ」
ツル「北海道くらいの寒い所でしか育たない植物みたいよ」
カヨ「あんたたちが働くなんてねぇ」
政子「なんのなんの」
ツル「『米本土、乗っ取る意気で増産だ!』」
カヨ「なにそれ」
ツル「官営工場に貼ってあったスローガン」
カヨ「そう、身体こわさんでね」
政子「去年の暮れの札幌で見た出陣学徒壮行会じゃ、
 とうとう高等学校の生徒さんまで兵隊さんになったんだから」
ツル「常男兄さんもどこだかで頑張ってるでしょう」
カヨ「カムチャッカの西のアリューシャン諸島だってよ」
政子「それ、どこ?」
カヨ「北海道あってー、カムチャッカあってー。その西だと」
ツル「うーん、ピンとこんね」

文雄の声「(小声)行って、ねえさん」
タエの事「(小声)わかったわかった」
3人「?」

 タエ、芝居がかった様子で出てくる

タエ「まさかそこにいるのはまーちゃん?!」
3人「?」
政子「はい」
タエ「あらやだ!ちょうど良かった!いたのー?!まーちゃん!
 まさかまさかこんなところでマーちゃんに逢えるなんて奇遇!」
政子「そう?(ツル)」
ツル「お姉ちゃんも住んでるから、それほどのことじゃないと思う。」
タエ「ま、そうなんだけど!でもでも!
 今日この瞬間に逢えるなんて、
 おばちゃん想像だにしなかったわけ!マーちゃん!」
政子「はい」
タエ「まさに、運命のいたずらね」
政子「大袈裟じゃない?」
タエ「これ!時子ちゃん、虎丸、金ちゃん銀ちゃん!
 例の物を!ここに!ここにー!(パンパン)

 タエ、手を打ち鳴らし、仕込んでおいた子供たちを呼ぶ

子供達「へーーーい」

 時子、虎丸、金子、銀子
 手にお見合い写真を一枚づつもって登場する。

タエ「ひらけーームコ!」
子供達「へーーーい」

 子供たち、見合い写真を広げてかかげる。

時子「顔良し、50歳!」
虎丸「貯金あり、顔悪し!」
金子「公務員、子持ち!」
銀子「若ハゲ!」
政子「、、、、、、」

 大きく写真が貼られており、客席からも見える。

タエ「さ、まーちゃん」
ツル「なにあれ」
カヨ「お見合い写真ね」
タエ「さ、まーちゃん、今日のあなたの決断が、人生を動かすかも」
政子「、、、、、」
タエ「さ、まーちゃん」

 文彦、芝居がかって通りすがる。

文彦「♪行くぞー行こうぞ、がんとーやーるぞー♪
 ♪大和ー魂伊達ーじゃーないー見たか知ったか底力ー♪
(『進め一億火の玉だ 』より)」
 http://www.youtube.com/watch?v=WUyUqDLvxZ8

タエ「あら弟よ。良いところに来たね」
文彦「おやお姉さん?どうしたんだいこのような所で。
 あれあれ?あれれれれ?お見合い写真だね?」
タエ「ハイ!開け婿!」
時子「顔良し、50歳!」
虎丸「貯金あり、顔悪し。」
金子「公務員、子持ち!」
銀子「若ハゲ!チョビひげ!」
文彦「おやおやどの殿方も
 愛国心に満ち満ち溢れる素晴らしいお方ばかりと
 お見受けいたしまするがお姉さん、いかがでせう」
タエ「さうだらうさうだらう我が弟よ。
 そなたの麗しき娘子に、かくふさわしき婿どのが、
 おいでかもしれませぬぞなもし」
文彦「さうだなあ、我が娘もまずはお見合いをして、
 品定めをしてから選ぶのが筋ってもんじゃあないかい、え?」
タエ「さんんっはい!」
文彦タエ子供達「そーさなーー。テテンテケテンテケテンテンテン」

政子「お父さん」
文彦「おや政子、いたのかえ?」
政子「ヘタなお芝居やめて!」
文彦「あ!ヘタっていった!」
タエ「抑えて文彦!」
子供たち「やれやれー!」
カヨ「はい、あんたたち、どうもありがとう。
 ツル、こっからは大人の話。ね」
ツル「ほら、向こうで、メンコでもやろうか」
時子「あたし駒がいい!」
虎丸「おれトンボ釣り!」
金子「コマ回し!」
銀子「行軍将棋ー!」

 ツルと子供達退場する。

政子「おばさんどうもありがとう、でも間に合ってますから私」
タエ「ほら言わんこっちゃない。」
政子「お父さん」
文彦「なななんだ」
政子「私、覚悟を決めました」
文彦「、、」
政子「今度の日曜日、紹介したい人がいるんです」

 鈴虫が鳴く。リーーン、リーーン、リィィィィ、リィィ、、

10■夜

 夜。監督と五郎

黒澤「13歳の時、関東大震災にあった。全滅だよ。10万人死んだ。
 兄貴が俺を隅田川の岸に連れてったんだよ。
 真っ赤な川の水、打ち寄せる屍の群れ。
 恐ろしかったよ。まるで地獄絵図だ。
 こんなもん見たら、夜、夢に出て眠れないんじゃないかって。
 でも兄貴がさ『よく見るんだ』って目を背ける俺を叱りつけた。
 俺は、仕方なく、歯を食いしばって、見た。
 その夜、不思議と怖い夢を見なかった」
五郎「、、、」
黒澤「『怖いものに眼をつぶるから怖いんだ。
 よく見れば、怖いものなんかあるものか』」
五郎「素晴らしいお兄さんですね」
黒澤「戦争行ったよ」
五郎「そうですか」
黒澤「、、俺が撮りたいのは嘘っぱちのニュースじゃない」

 鈴虫が鳴く。リーーン、リーーン、リィィィィ、リィィ、、

黒澤「本当にアカじゃねんだろうな?」
五郎「違いますよ」
黒澤「どっちでもいいけどな。俺はただ活動が撮りたい人間だ」
五郎「僕はただ信じたいものが違うだけです」
黒澤「ま、がんばれ青年」立ち上がる。
五郎「日本はこれから、どうなるとお考えですか」
黒澤「横浜じゃここ3年間で編集者、新聞記者60人が
 治安維持法違反で上げられたよ。アカでもねえのに
 国民の口封じに税金使ってる国なんて、ろくなもんじゃねえ」
五郎「行くんですか」
黒澤「宮仕えも楽じゃねえってな」

 鈴虫が鳴く。リーーン、リーーン、リィィィィ、リィィ、、

神部「そこでなにしてる」

 特高が突然現れる。

神部「誰かと思えば天海五郎。そして、」
五郎「、、、、、」
神部「新進気鋭の映画監督さんじゃないか。東京の」
黒澤「あれ?おれ有名?」
神部「こんな夜にうろちょろしとると」
黒澤「どちらさん?」
五郎「特高です」
黒澤「ああ、飼い犬に噛まれたってのは、そういうことね」
五郎「はあ(笑)」
黒澤「じゃ、俺はこれで。」

 特高、監督の去り際。

神部「いい気になるなよ黒澤
 頼んでもねえもん作りやがって
 俺はお前らの道楽みてえな商売が嫌いでね」
黒澤「、、、」
神部「監督さん。こんな世の中、何を撮るんだ。え?」
黒澤「、、、」
五郎「、、、」
黒澤「泥沼にだって星は映るんだよ」
神部「?」
黒澤「青年!」
五郎「はい!」
黒澤「次の映画『一番美しく』って題名でな。
 矢口陽子って女が主演するんだ」
五郎「ええ」
黒澤「プロポーズすんだよ俺。封切りしたら」
五郎「、、、、」
黒澤「いいだろ、ロマンだろ」
神部「敵国の言葉を使うな!」
五郎「封切りはいつですか」
黒澤「来年の春」
五郎「春か。みれるかな」
黒澤「見ろよ」

 黒澤、東京へ帰る。
 
神部「いけすかねえ野郎だ。お前もさっさとお家に帰れ」

 神部も去ろうとする。

五郎「今日は無いんですか、取り調べ」
神部「俺も暇じゃないんでな。」
五郎「僕は、共産主義じゃありません」
神部「俺は自由をふりかざす輩が嫌いでね」
五郎「、、、」
神部「非常時に、愛だ恋だはれたほれただと?
 そういう勝手な連中が、結局秩序を崩壊させ、混乱を産むんだ。」
 
 神部、暗闇に消える。
 鈴虫が鳴く。リーーン、リーーン、リィィィィ、リィィ、、

五郎「、、、政子さん」

 五郎、国民服のポケットに手をやる、
 そこには赤紙が入っている。

五郎「、、、、」

 溶暗
 鈴虫が鳴く。リーーン、リーーン、リィィィィ、リィィ、、

<後半戦>

11■次の日曜日

ユキオ「そして次の日曜日の昼」

 トメとユキが神社を覗いてる。

トメ「見えるかい?」
ユキ「よく見えない」
トメ「いい男かい?」
ユキ「いい男のような気もする」
トメ「気のせいじゃだめだよ」

 駐在黒田が通りかかる。ホイッスル。

黒田「(ピピ!)」
二人「ひゃ!」
黒田「こらそこで何しとるか」
ユキ「あっちゃー」
黒田「感心せんなー。昼間っからのぞきかね」
ユキ「いや、のぞきってほどでもなくてですねえ」
黒田「アッツ島も玉砕され、南方戦線は」
トメ「ゴンちゃん」
黒田「や、おトメ先生」
ユキ「おトメ先生?」
黒田「わたしの小学生の頃の恩師でして」
ユキ「トメさん、いくつなの」
トメ「ないしょ」
黒田「いやはや、先生もお変わりありませんなー」
トメ「見逃しなさい」
黒田「いや、先生にかかってはかないませんな」
ユキ「トメさん、先生だったの」
トメ「結婚前ね」
黒田「一体何を覗いておったのですか」
トメ「どうやら一悶着起こる気配なんよ」
黒田「ほう、ひともんちゃく」
ユキ「あんたも好きねぇ」

 紙芝居屋がとおる。カランカラーン

杉浦「かみしばいー始まるよー始まるよー」
ユキ「あ、紙芝居」
トメ「あらまぁ、ダイちゃんっ」
杉浦「あ、おトメ先生!」
ユキ「また教え子?」
黒田「なんと!大吉か?」
杉浦「ん?」
黒田「わかるか?」
杉浦「権兵衛か!?」
黒田杉浦「奇遇だなあ!」
トメ「まさかガキ大将が紙芝居とはねえ」
黒田「悪名高き杉浦大吉が?驚いたな」
杉浦「それを言わんでくれ」
黒田「俺たちをいじめた罪滅ぼしに子供らに夢を与えてんだな」
トメ「立派立派」
杉浦「ヒョロの権兵衛が駐在とはな」
ユキ「いじめられた腹いせに、駐在やってんの?」
杉浦「そうなのか」
黒田「ちがう!俺は国家を支えるイシズエとなりだな」
杉浦「わかったわかった」
トメ「ダイちゃん。今日はどんな紙芝居?」
杉浦「ああ、今日はまぁ、いつもの国策紙芝居で」
ユキ「国策紙芝居?」
黒田「この戦争の正しさ、国民の心構えを啓発し、
 戦意高揚を目的とする紙芝居のことだ」
杉浦「戦局、国際情勢、勤倹貯蓄、防空知識、スパイ防止」
トメ「黄金バットとか少年タイガーとか墓場奇太郎とかやんなさいよ」
杉浦「今は戦争中ですから」
トメ「だって子供らもつまんないだろう」
黒田「先生、これは戦時教育でありますから」
トメ「はいはい、教え子に説教されるようじゃ世も末だ」
杉浦「先生。辛抱してください」
トメ「最近じゃ思ったことも言えやしない」
黒田「あまりに自由奔放な発言は、危険ですぞ」
トメ「すーぐ非国民呼ばわりだ」
ユキ「最近ほら、特高刑事もウロチョロしてるから」
黒田「特に神部さんは、ロシアと繋がるアカの監視に、
 中央から回された腕利きですから」
ユキ「し!噂をすれば!」

 特高の神部、やってくる。

神部「黒田くん」
黒田「ごくろうさまです!」敬礼。
神部「最近じゃ警察も主婦と井戸端会議かね」
黒田「いえ!そのようなことは!」
神部「では、何か問題でも?」
黒田「えーとえーと」とちらりとユキとタエをみる
ユキ「(のぞきのことは言わないで)」
神部「どうした?」
黒田「あ、この老婆が道を訪ねてきたものですから、教えておりました」
トメ「老婆!?」
ユキ「(小声)押さえて押さえて」
神部「この女は」
黒田「あ、このおばさんはババアの付き添いで」
ユキ「おばさん!?」
トメ「ババア?」
杉浦「(小声)押さえてっ」
神部「その男は?」
黒田「これは通りすがりのチンケな男で」
杉浦「チンケ!?」
ユキトメ「(小声)押さえて!」
神部「道はわかったかばーさん」
トメ「おかげさんでへえ、おおきに」
神部「さっさと帰って、畑仕事でもするんだな」
黒田「ご苦労様でございます!」

 神部退場する

杉浦「嫌な野郎だ」
黒田「そう言わんでくれ。俺の上役なんだ」
ユキ「おばさん」
杉浦「チンケ」
トメ「ばばあ?」
黒田「言葉のあやです!今も乙女のようなおトメ先生!
 ご両人!男前!若いよ!」
トメ「よっしゃよっしゃ」
ユキ「なんか不思議」
トメ「なにが」
ユキ「駐在さん、怖い人だと思ってたのに」
杉浦「ヒョロの権兵衛が?」
黒田「だいぶ、貫禄はついたと思っとるのだが」
トメ「裸んなったら人間一緒よぉ」
黒田「出た、おトメ先生の十八番」
トメ「生きてるうちにこびりついた垢さえ落とせば、
 悪いヤツなんておらんのよ。その証拠に、
 赤ちゃんは教えてもないのに笑うでしょう」
杉浦「やー、ひさしぶりに聞いた」
ユキ「いいこと言うわ、おトメ先生」
トメ「あんたもためになる紙芝居つくんなさい」
杉浦「そうですねぇ」

 神社の中から歌が聞こえる。

ユキ「あ、なんか聞こえる」
トメ「裏からの方が覗けないかね」
黒田「こっちです」
杉浦「え?のぞき?」
ユキ「案外のりきだねぇ」

 4人裏に回る。

12■むこどの

 家の中から歌声が聞こえる。
 文彦と五郎、肩を組んで唄っている。
 『うちの女房にゃ髭がある』
 http://www.youtube.com/watch?v=-D5A-my5hPY

♪何か言おうと 思っても 女房にゃ何だか 言えません
 そこでついつい 嘘を言う
 「なんです あなた」「いや別に 僕は その あの」
 パピプペ パピプペ パピプペポ うちの女房にゃ 髭がある
♪朝の出がけの 挨拶も 格子を開けての 只今も
 なんだかビクビク 気がひける
 「なんです あなた」「いや別に 僕は その あの」
 パピプペ パピプペ パピプペポ うちの女房にゃ 髭がある

 二人、酒を飲んでいる。

文彦「いやあ!いいぞ!婿殿!」
五郎「ありがとうございます!」
文彦「最初からこうして、紹介をすればいいものを!
 いや、気にいった!なかなかの好男児じゃないか!」と飲む。
政子「二人とも昼間っから」
文彦「母さん我が家のどぶろく!配給の酒は薄くてな!金魚酒はいかん!」
虎丸「金魚?」
時子「金魚も泳げるお酒だって」
文彦「あ、そうだ!」立ち上がる。

 カヨがどぶろくをもって出てくる。

カヨ「はい、どぶろく。あなたどちらへ?」
文彦「ちょっと電報頼んでくる」
カヨ「どなたにご用?」
文彦「姉さんに」
カヨ「どうしたんですか」
文彦「先方との話を断ってもらわんと」
政子「先方?」
文彦「来週の日曜に約束してたんだ」
政子「なんの約束?」
文彦「いささか、策をめぐらしすぎたというか、わっはっは」
政子「また余計な手まわしたの?」
文彦「思えばバカなことを考えたもんだ」
五郎「なんです?」
文彦「わははは、お恥ずかしい!この話はやめ!」
 自慢のどぶろく!いや、自慢の水だ!のんでくれ!」
五郎「いただきます」
文彦「婿どのは酒豪でござるか、わはっはっはは」
ユキオ「相当気に入ったみたいだな」

 文彦、電報を頼みに外に出ていく。

ツル「わりとお父さんスンナリだったね」
政子「ここまではね」
ツル「どういう意味?」

 政子、五郎をすみに連れて行く

政子「五郎さんのみすぎないでね」
五郎「大丈夫。お父さん飲むじゃないかまだ」
政子「くれぐれも注意してよ」
五郎「わかってるよ。段階を踏むんだろ」
政子「約束して、今日は、あの事を言わない」
五郎「約束する」
政子「ほんとね」
五郎「ほんとほんと」
政子「ああ、ひとまず、ホッとした」

 政子、どぶろくの入った一升瓶をラッパ呑みで飲む。

ユキオ「お、行った」
五郎「、、政子さん」
政子「ぷはあ」
カヨ「政子!!」
政子「あ」
カヨ「またあんたラッパ飲み」
五郎「いつもこう?」と妹たちに聞く
虎丸時子ツルユキオ「(うなづく。うんうんうん)」
政子「たまたまよたまたま、ホホ、ホホホ」
虎丸時子ツルユキオ「ホホ、ホホホ」
政子「はい、どーぞー」

 と五郎にお酌をする

13■農家

 神社の外。房子、房江、手紙を持ってやってくる。

房子「ああ、ここね。この神社」
房江「へー、結構立派な神社じゃない」
房子「そうねぇ」
房江「神社の娘が農家にお嫁にくるかしら」
房子「そりゃ来てもらわないと困ります」
房江「あれ?お兄ちゃんは」
房子「ほら昭男さん早く!」
昭男の声「はい、はい今!どうも歩きにくくて」
房子「身だしなみ、しっかりね」

 昭男、髪の毛をぴっちり撫で付け、目張りを入れ、袴姿で登場

昭男「お母さん、ちょっとやりすぎじゃないかなぁ」
房子「素敵よ昭男さん」
房江「ま、農家のせがれには見えないわ」
昭男「房江、それいい事か?」
房江「目張り、歌舞伎の隈取りみたい」
房子「元がよくないから、少しはごまかした方がいいの」
昭男「まぁ、母さんがそういうなら」
房子「人生の勝負の日に国民服にゲートルというわけには行かないでしょ」
昭男「まぁ」
房子「お相手の、えーと」
昭男「政子さん」
房子「素敵なんでしょ?」
昭男「もう一目会ったその瞬間、雷に打たれたようだった。
 恋は落雷だ。ラブイズサンダー」
房江「敵性語ー」
房子「昭男ちゃんまだ詩やら小説やら書いてるんじゃないでしょうね」
昭男「え。か、書いてないよ、諦めたんだから」
房子「芸術だの文学だの役に立たないことはやめて、米作りなさい米」
昭男「わかってますよ」
房子「最近じゃ米も足りなくなって、
 米の配給枠に麦や豆が組まれるようになってきてるんですから」
房江「うちら農家が頑張らなくちゃあ、でしょ?」
房子「そう、日本が勝つまでの辛抱よ」

 タエ、走ってくる。

房子「タエちゃん!」
タエ「房ちゃん!」
二人「ひさしぶりー♪」
タエ「農家は?」
房子「石狩のさ、当別村でほそぼそとさ」
房江「だれ?」
房子「女学校で一緒だったタエさん」
房江「こんにちわー」
タエ「え?娘?」
房江「こんにちわー」
タエ「似てない!良かったねえ」
房江「はい」
房子「息子」
昭男「こんにちわ!」
タエ「歌舞伎でもやってんの?」
昭男「いえ、身だしなみです!」
タエ「あれ?どっかで会った気すんね」
昭男「ええ、お会いしてます」
タエ「どこだっけ?」
昭男「田んぼの『田』に真ん中の『中』、
 昭和の『昭』に普通の『男』、田中昭男と申します」
タエ「パッとしない名前だね。あ!この間の不審者!」
昭男「え?不審者?」
房江「え?お兄ちゃんなんかしたの?」
房子「え?タエちゃん、なんかされた?」
タエ「なんかした?」と前を隠す。
昭男「してないでしょう!!」
タエ「残念」
昭男「僕はただ人生の伴侶を一目見ておきたかったまでです」
タエ「あれは偵察に来てたのかい」
昭男「まぁ、そうです」
タエ「あんた抜け目ないねえ」
昭男「僕としても、親同士が勝手に結婚相手を選ぶなんて
 納得いきませんから(房子をにらみ)ねえ、かあさん」
房子「それは悪かったって言ってるでしょう」
昭男「僕になんの相談もせずに、まったく」
房子「相談なんてしないから、許嫁って言うんじゃない」
タエ「まぁ、そりゃそうだ」
昭男「大人になってからの許嫁話なんて聞いたこともない」
タエ「あたしも文彦に言ったんだけどね」
房江「でも、お兄ちゃん一目惚れしたんだって」
タエ「あ、ほんと?」
昭男「ホント、運命ってあるのですね」
タエ「あ、そう?良かったじゃない」
房子「そーなの。この子、この歳まで全然女っ気なくてさ」
昭男「ふさわしい女性に出逢っていなかっただけです」
タエ「じゃ、乗り気なんだね?」
房子「そーなの!」
タエ「それじゃ気が変わらないうちに、行きますか!」
昭男「は、はい」
タエ「ほら、しっかり胸張って!いいなずけ!」
房江「いざ!」
房子「出撃!」
タエ「敵も必死だ油断はならぬ。」
3人「一億一丸。押して、押して、押し倒そうー!」
昭男「なんて事言うんだ」

 四人、表の玄関へ向かう

14■アーメン判明

 それを見ていた、杉浦、黒田、ユキ、トメ

黒田「先生、一悶着なんて起きないじゃないですか?」
杉浦「そうですよ」
トメ「おかしいねぇ」
ユキ「案外ススんでるのかしら?神社って」
トメ「まぁ八百万の神だからねぇ」
ユキ「一人くらい増えたっていいのかもね、神様」
トメ「この神社にも5人くらいいるみたいだしね」
ユキ「そういうもん?」
黒田「天照大御神(あまてらすおおみかみ)、
 豊受大神(とようけおおかみ)、
 武早智雄神(たけはやちおのかみ)」
杉浦「土津霊神(はにつれいしん)、
 大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)」
ユキ「それじゃ、アーメン一人加わったって、まあいいか」
トメ「そうだねぇ」
杉浦「今の人たちはなんですか?」
ユキ「さぁ」
黒田「許嫁とか言ってましたけど」
トメ「そっちに期待するか、一悶着」
3人「はい」

 文彦戻ってくる

文彦「皆さんお揃いで」
4人「はっ」

 4人、はっとして飛びあがる。

杉浦「えー、紙芝居いかがすかー」
黒田「えー空き巣に痴漢、銀行強盗」
ユキ「琴似ー琴似ー」
トメ「次はー、桑園ー、やっぱ発寒ー」
黒田「ございましたら合図願います」
文彦「何してるんですか」
ユキ「えーと」
トメ「何してたっけ」
杉浦「のぞき」
文彦「え?」
黒田「お参り!」
3人「そうそうそう!お参り」
文彦「ああ、お参り。なら、あっちですけど」
トメ「ごめん」
3人「のぞきです」
文彦「何をしとるんですか!」
黒田「すまん」
文彦「あんた駐在でしょう!」
杉浦「なりゆきで」
文彦「あんたも!」
ユキ「まぁ固いこと言わないで!ねぇ!」
トメ「そーそーめでたい日なんだから!」
文彦「あ、ほんとに全部覗いてたんですね?」
トメ「ちょっとー、良かったじゃないの!いい男でさ」
ユキ「これでまーちゃんも安心ねぇ」
黒田「おめでとう!」
杉浦「よお!」
4人「(拍手)よ!おめでとう!よお!」
文彦「あ、どうもどうも!ありがとうございます!」
トメ「ま、座ってほら」
文彦「え、でもあの」
杉浦「先生がああいってるんだ」
文彦「いや、でも」
黒田「座りなさい」
文彦「はい」座るハメになる。
トメ「でもあんた、よくまぁ許したもんだね」
ユキ「ほんとに!寛大というか」
トメ「心が大海原のように広いよ」
黒田「さすが我が琴似の神社の神主さんだ」
杉浦「わたし、戦争が終わったら紙芝居にしようかな」
ユキ「いいねぇ」
トメ「琴似版ロミオとジュリエット!」
黒田「先生、シェイクスピアはイギリス人です」
トメ「いちいちうるさいね。じゃ何?」
ユキ「貫一お宮?」
杉浦「金色夜叉かー」
トメ「あれはダメだ。女を蹴りとばすなんて最低な男だ。」
杉浦「身分や宗教の違いを乗り越えた大恋愛物語なんて他にありますか?」
文彦「身分や宗教?さあ、どうでしょう」
ユキ「やっぱ、神社ってのは、神道だから、アーメンも受け入れるんだね」
文彦「は?」
トメ「ほら八百万の神を奉っているわけだから」
黒田「神様ひとつ増えるくらいどーってこたあないと」
杉浦「さすが神主!」
文彦「あのー」
4人「ん?」
文彦「言ってる意味がよくわからんのですが?」
ユキ「なんで?」
文彦「なんでって言われても」
ユキ「人がせっかくベタボメしてるのに」
文彦「身分?宗教?神様?アーメン?」
トメ「ほら、マーちゃんのいい人さ」
文彦「はい」
トメ「アーメンでしょ?」ヘタな十字を切る。
文彦「は?」
ユキ「へたくそだねトメさん」
トメ「あんたやってよ」
ユキ「これでしょ」上手な十字を切り「アーメン」
文彦「え?」
黒田「キリスト教徒だそうで」
文彦「、、、は?」
杉浦「実に劇的です!神社の娘と、アーメン男の恋!」

 文彦、杉浦の襟首をつかみ

4人「?!」
文彦「本当ですかそれは!!」

 走ってくる時子虎丸ユキオ

ツル「居た!父さん!」
3人「大変大変大変大変!」
文彦「?なんだ」
ツル「お父さん大変!」
文彦「こっちだって結構大変なんだ」
時子「なんとか漬けが来た!」
ユキ「なんとか漬け?」
ユキオ「ちゃんと言えちゃんと!」
時子「なんとか漬け!歌舞伎みたいな!」
トメ「あ!」
黒田杉浦「いいなずけ!?」
時子ユキオ「そう!」
虎丸「漬け物?」
文彦「あ!じゃあつまり、姉さんもか?!」
時子ユキオ「うん!」
文彦「でも、『来週の日曜』って、この前」
虎丸「お茶漬け?」
文彦「虎丸」
虎丸「おしんこ?」
文彦「虎丸、ちょっと向こうで遊んでこい」
虎丸「わいわーい」

 虎丸、遊びにいく

文彦「ユキオも」
ユキオ「えー、いいとこなのにー!ワんワォーん!」

 ユキオ虎丸を追う。みんな見送る。

文彦「ああ、そっか!!」

 文彦、驚愕している。

文彦「そうかー!!『来週の日曜』って、今日だ!」頭を抱える。
ユキ「どゆこと?」
文彦「俺、小学生のときからずっとだあ」くずれおちる。
タエ「何をそんなに自分を責めるの」
文彦「一週間は日曜日から始まるって私、何度覚えても間違うんです!」
ユキ「ああーーー」
全員(文彦時子以外)「わかる」
杉浦「月曜から始まる気するよね」
黒田「週末ってのは土日をさすしね」
ユキ「金曜あたりに『来週の日曜日』って言われた日にはね」
タエ「そんなもん再来週の日曜日だと思うよね」
文彦「ああーーー(絶望)」頭をかかえる
全員(時子以外)「わかる」
時子「え?なに?わかんない」
文彦「時子」
時子「ん?」
文彦「こんな大人になっちゃダメだ」
時子「わかった」
文彦「遊んできなさい」
時子「わいわーい」

 時子あそびにいく。みんな見送る。

文彦「は!こうしちゃおれん!アーメン野郎!だましやがって!」
ユキ「あ、やっぱダメなんだ」
文彦「よりによって異国の宗教なんて!」
トメ「わりかし懐がせまいねぇ」
黒田杉浦「はい」
文彦「うるさい!」

 と、玄関へ走って行こうとするが、戻ってきてたちどまる。

文彦「は!」
ユキ「あ、立ち止まった」
文彦「、、許嫁の話、政子にバレただろうか、、、、」
トメ「なんか下手な謀り事があったらしいね」
文彦「なんとか漬けって時子が知ってたしな」
黒田「何だか複雑な悩みらしいな」
文彦「うううううむ」
杉浦「葛藤しております」
文彦「いや!それより嘘つき男だ!けしからん!!」

 と、また走るが、戻ってきてたちどまり。

文彦「そりゃバレてるよな。あいつ絶対怒っているよな。
 『私には決めた人がいますから!』とか言って。あの野郎!!
 いやちょっとまてよ。今行ってもうーん。中、どうなってんだろう
 うううううううむ」

ユキ「おとーさん、お困りでっか?」
文彦「はい」
トメ「ほんなら覗いといたらどないでっか」
文彦「え?」
黒田「向こうに覗きには絶好の場所ありまっせ」
文彦「あ」
杉浦「案内しまひょ」
文彦「お、おおきに」

 文彦、四人に案内され、覗き場に行く
 家の中から声がする。

五郎の声「本当ですかそれは!!」

15■いいなずけ

 家の中に明かりが移ると、両家が対峙している。

 真ん中にタエ。

タエ「ええ、本当です」
五郎「、、そんな、許嫁だなんて、、政子さん」

 下側に豊原家。カヨと五郎が座っている。そして寝ている政子

政子「ぐう、ぐう、むにゃむにゃ、だいじょぶ、酔ってまへん、ぐぅ」
全員「、、、、、、、、、、、、、、」

 上側に田中家。田中昭男、房子、房江が座っている。

田中家「(にこにこにこ)」
豊原家「(にこにこにこ)」
昭男「えーと、こちらは」
カヨ「長女です」
房江「酒くさ」
房子「しっ」
カヨ「ちょっとあの、少し、えーと、よろこびまして」
3人「は?」
カヨ「ええと、よろこぶとつい、あのー」
タエ「お酒飲んでんの?昼間っから?」
カヨ「ちょっとだけ」
タエ「ちょっとじゃこうならんでしょう」

 ツル、お客さん分のお茶をまずもってくる。

ツル「うわあお姉ちゃん!?寝たの?」
タエ「どうにかならない?」
ツル「無理無理無理」
タエ「そう」
カヨ「こうなると起きるまで起きないんです」
房子「そうですかー」
タエ「当たり前の事言わないで」
ツル「お父さんは?」
カヨ「まだ」
タエ「今日は文彦に会いにきたのに。
 あいつまた日曜日間違ったなさては」
カヨ「あー」
ツル「いち、にい、あと、二個か」お茶の数。
昭男「あの!!!」
ツル「うわ」
昭男「おかまいなく(熱視線)」
ツル「あ、はぁ、どーぞ」
昭男「いただきます」
ツル「あ、熱いので」
昭男「(一気にいく)ンン!(熱い)」
ツル「あああ」
昭男「(我慢)ゴクン、アガアアアイイ(ヤセ我慢)」飲み切った。
ツル「大丈夫ですか?!」
昭男「(顔真っ赤)ごちそうさまでした!!(作り笑顔)おいしい!」
ツル「は、はい、、」

 ツル、カヨの間に行き、小声で

ツル「(小声)あの歌舞伎の人、こわい」
カヨ「(うんうんうん)」
ツル「失礼します」
昭男「どうもありがとう!!(笑顔)」
ツル「あ、いえ(怯え)」
昭男「(いい顔)」

 お盆で視線をかわし怯えつつ、残りのお茶をくみに退場。

カヨ「もう少しで主人、戻ってくると思いますので」
田中家「(笑顔で会釈)(ニコニコニコ)」
豊原家「(ニコニコニコニコ)」
カヨ「あ、どうぞ」
田中家「(笑顔で会釈)ズズズズズズ」
政子「(寝言)おーやってみろやってみろ鼻から入るもんならな、むにゃ」

 沈黙

タエ「、、、寝言?」
カヨ「はい」
田中家「(笑顔で会釈)(ニコニコニコ)」
豊原家「(笑顔で会釈)(ニコニコニコニコ)」
五郎「あの!」
タエ「はい?」
五郎「先程の話なんですが」
タエ「何を鼻から入れるのか」
五郎「許嫁の話です!!」
タエ「だれ?」
五郎「天海五郎です!」
タエ「この人も飲んでる?」
五郎「ほんの二合の金魚酒です!」
タエ「だから、この歌舞伎みたいな人が」
昭男「昭男です」
タエ「まーちゃんの許嫁」
五郎「お母さん、知ってました?」
カヨ「全然」
五郎「どうして母親が許嫁の存在を知らないんですか?」
タエ「だからね、今日教えに来たのよ。ね、田中家の皆さん」
田中家「(笑顔で会釈)(ニコニコニコ)」
五郎「この歌舞伎みたいな男が」
昭男「昭男です」
五郎「この落書きみたいな男が政子さんの許嫁ですか?」
昭男「らくがき」
五郎「政子さんは知ってるんですか?」
タエ「あ、えーと、どーかな」
房子「そりゃもちろん、知ってらっしゃるでしょ?」
タエ「え?ああ、そう、そうでしょうねぇ」
房子「ご存知ないわけは無いわ」
タエ「ええと、はい。ねえ?」
カヨ「さあ」
房子「え?ご存知じゃない?」
カヨ「たぶん」
房子「ええ?」
房江「なんか雲行き怪しいなぁ」
昭男「そう?」
五郎「読めた!!」
昭男「うわ」

 五郎、立ち上がり、どぶろくの瓶を取りにいく。態度が変わる。

五郎「僕には見当がつきましたから、祝杯の続きをやらせて貰います」
昭男「しゅくはい?」
五郎「親父さんの言いつけでね、飲んどかなくちゃあ」

 五郎、どぶろくをつぎ、飲む。

昭男「あのー、お兄様でらっしゃいますか?」
五郎「え?」
昭男「政子さんのお兄様」
五郎「僕が?」
昭男「ええ、違いました?」
五郎「違いますねぇ」
昭男「では、どういったご関係ですか」
五郎「恋人ですよ」
昭男「は?」
五郎「僕は、恋人です」
昭男「政子さんの?!」
五郎「おや、お聞きじゃない?」
昭男「初耳です!!」
房子「恋人?恋人ですか?この人?聞いてた?タエちゃん」
タエ「うーん。聞いたような、聞かなかったような」
房江「うわー嵐の予感」
昭男「いつから!」
五郎「お宅はいつから?」
昭男「いつから?」と母に。
房子「えーと?」とタエに。
タエ「えーと、かなり前から」
房子「かなり前から」
昭男「かなり前から!」
五郎「じゃ、僕はそれよりもずっとかなり前からだ」
昭男「何!」
五郎「ま、激せんことです。言うなれば君は被害者だ」
昭男「被害者?」
五郎「僕は政子さんから、
 親父さんのやり口をちょくちょく聞いてたもんでね」
昭男「やり口?」
五郎「これは策略ですよ。親父さんが次の日曜に予定していた」
昭男「さくりゃく?」
五郎「なるほど、許嫁か。幼いときに決めねばならぬ法も無いものな。
 いささか無理矢理だが、悪い虫をひとまず退治するにはもってこいだ。
昭男「わるいむし?」
五郎「だが、僕は育ちのせいか、見かけよりもしぶとい方でね」
昭男「おい、なに言ってるんだ」
五郎「ま、時期にわかりますよ」

 一人、飲み続ける五郎
 昭男、作戦タイム。

昭男「あの、どういういう事になってますかこれ」
タエ「うーん。聞いた通りだねえ」
昭男「というと?」
タエ「こっちの船が」
房江「転覆寸前」
昭男「ええ?!」

五郎「つまりこういう事です。
 親父さんは政子さんがどこかの男と逢い引きしてると知った。
 悪い虫がつくまえにお見合いをさせ、
 手堅い男を結婚させようとしたが気の強い彼女は見向きもしない。
 ではどうすれば聞き分けるだろうかと考えあぐね、
 『実はお前には許嫁がいるのだよ』
 という強硬手段に出ようとした!どうですか?」
タエ「おおおおお!ご名算!(拍手拍手)」
房江「すごい!かっこいい!(拍手拍手)」
昭男「おまえどっちの味方だ?」
五郎「しかし、一足遅かったですね。
 僕はすでにお父さんに気に入られました。
 そして、さっきお父さんは、許嫁話を断る電報を入れに行きましたよ」
昭男「え?!ほんとに?」
五郎「どうします?」
昭男「どうって」
五郎「揉める前に帰りますか?」
昭男「ううん」
房子「昭男さん、負けてはダメよ」
昭男「僕は、納得いかない!」
五郎「まぁそうでしょうなぁ」
タエ「わざわざ当別くんだりから来てくれたんだもんねぇ」
房江「頑張れおにいちゃん!」
昭男「房江おまえ面白がってないか」
五郎「どうします?」
昭男「じゃ、本人に聞きましょうよ!」
全員(昭男以外)「お」
昭男「たとえ、結婚はやはり本人たちの同意のもとでちぎられるものです!
 政子さんが、僕を知って、心変わりをする可能性だってある!!」
五郎「、、、言うじゃないか」
昭男「僕だって、政子さんに逢ったあの瞬間、運命を感じたんだ」
五郎「まぁ、座りたまえ」

 一同、落ち着く。
 沈黙。気まずい空気の中、ツル登場。

ツル「お待たせしました」

 ツル、残りのお茶を持って戻って来てくばる。

昭男「あ、ああ!ご苦労様です」
ツル「新しいお茶どうぞ。まだ熱いので」茶碗うばわれる。
昭男「ハッ(気合い音)!!(一気にまた飲む)」
ツル「いやああ!(衝撃)」
昭男「ンンガア(真っ赤)どうお考えですか!」
ツル「はい?!(恐怖)」
昭男「許嫁の件!」
ツル「ええ?えーといいと思います!」恐ろしさのあまりどうでもいい。
昭男「ほんと!?」腕をつかむ
ツル「ぎゃあ!!ほんとほんと!」
昭男「ありですか!?」
ツル「え?ありあり!わかんないけど!」
昭男「ありがとう!」
ツル「ひぃ!」ふりほどく。

 ツル、残りのお茶を大急ぎで配り逃げる。満足そうに見送る昭男

昭男「、、、、、、ふっっふっふっふっふ」自信を取り戻した。

 大股でゆっくりと戻ってくる。

全員(昭男以外)「??」
五郎「なんだその不敵な笑いは」
タエ「お兄さんなんで自信取り戻したの?」
房江「わかんないです」

 昭男、茶碗をかっこよく突き出し、

昭男「僕もいただきましょう。祝杯を」
五郎「祝杯だと?」
昭男「運命の勝ちだ」
五郎「ふん。あとでほえ面かくな」
昭男「親父さんが戻ったところで、はっきりさせようじゃないか」
五郎「のぞむところだ」

 五郎、昭男の茶碗にどぶろくをつぐ。

昭男「乾杯」
五郎「乾杯」

 二人、にらみ合ったまま、杯を飲み干す。

政子「(寝言)おお入るもんだなーそしたら出せ出せ。鼻ぷんって」
カヨ「、、、、」
房子「、、、、」
房江「、、、、」
タエ「、、、、」

 四人、所在なくお茶を手にとり。

4人「(ズズズズズズズ)」

 どこかで、アカゲラが鳴く。ドラミングと鳴き声。
 キョッ、キョッ、ココココココ、ピャー、コココココココ

16■本性

 縁側の陰から、文彦ユキトメ黒田杉浦

黒田「すごい、思いもよらぬ展開になってきた」
ユキ「紙芝居にしたら?」
杉浦「あ、いただきます」
文彦「やめてくださいよ!」
トメ「やっぱ問題かね?宗教が違うってのは」
文彦「、、私がひっかかってるのはそれだけじゃないです」
四人「ほう」
文彦「真っ先に言わなかったってのが気にくわない。
 うちが神道であることは明白なのに。」
ユキ「なるほど」
文彦「裏表のある男なら、ごめんです」
トメ「じゃあ、ここはもう少し様子をみることにしよっか」
黒田 「アーメン男の化けの皮がはがれるやも」
杉浦「あの歌舞伎男の正体も知れるし」
トメ「酒の中に真(まこと)ありとも言うしね」
ユキ「なるほどなるほど。それでいい?おとーさん」
文彦「、、はい」
トメ「では、全隊そのまま待機」
四人「はっ」敬礼。

 再び家の中

昭男「そうだ」

 全員が見守る中、昭男、たちあがり、玄関へいき、
 30キロばかりの米袋をもってくる。

昭男「これ、おみやげです」
カヨ「すみません」
昭男「白米です」
カヨ「まぁこんなに?」
昭男「農家なもので」
カヨ「そうなんですか」
房子「あら、それもご存知なかったの?」
タエ「今日ご存知するはずだったもので」
昭男「もうヤミ米を高い金で買う必要はありませんよお母さま」
カヨ「助かります」
五郎「あの野郎」
昭男「余ったらどぶろくにでも使ってください」
カヨ「ありがとうございます」
五郎「ふん」ともう一杯手酌する。
昭男「僕もいただこう」またかっこよく茶碗をつきだす
五郎「、、、、」つぐ
昭男「お仕事は何を?」
五郎「今はまぁ、いろいろと」
昭男「なに?」
五郎「日によって違う」
昭男「まさかと思うが日雇いか?」
五郎「いまはな」
昭男「こりゃ驚いた!」
五郎「うるさいな」
昭男「政子さんは知ってるのかい?君が無職だということを」
五郎「いや」
昭男「知らないのか?」
五郎「言ってない」
昭男「どうして?」
五郎「聞かれてないからだ」
昭男「おいおいおいおいおいおい!」
五郎「聞かれりゃ答えてるさ」
昭男「君、結婚をなんだと思っているんだ?
 男ならまともな仕事について、
 女房子供を養っていくというのが当たりまえじゃないか?」
五郎「わかってるよ」
昭男「君のような根無し草に政子さんを幸せにできるとは思わないね」
五郎「ああ、そうだろうよ」
昭男「認めた!」
五郎「なんだよ」
昭男「お母さまお母様!聞きましたか?!この男は、
 政子さんを幸せにすることはできない!そう認めましたよ!」
タエ「おおー」
房江「形成逆転」
五郎「そうはいってない!」
昭男「じゃあ、どういう意味だ!」
五郎「俺だって職につきたいんだ!」
昭男「じゃあつけよ」
五郎「つきたいが、、、」
昭男「どうした?」
五郎「、、、、ふん貴様に言っても仕方が無い」
昭男「さだめし、その切れる頭で女を騙して生きてきたんじゃないのか?」
五郎「何だと?もう一度言ってみろ!」
昭男「おや、怒ったか!」
五郎「貴様、やるか!?」
昭男「クワとスキで鍛えた腕をなめるなよ」
五郎「土嚢担ぎで鍛えた腰をなめるなよ」

 ふたり、にらみあい

二人「ぐぬぬうぬうぬぬぬうぬぬ」
房子「ちょっと!」
カヨ「おちついて!」
五郎「さあ!」
昭男「こい!」

 二人、つかみかかる。昭男、胸ぐらを掴む

房江「やめて!」
房子「二人とも!」
政子「はい!」

 政子、飛び起きる。

政子「(ねぼけ)ん!火事?!火事ね?!どこ!」
房江「え?そこ」
政子「かして!はやく!」

 茶碗のどぶろくを口に含みぶっかける

政子「ぷー!」
カヨタエ房子房江「わあ!」
二人「、、、」
政子「(ねぼけ)消えた?」
タエ「消えたわ」
カヨ「あんた」
政子「(ねぼけ)よし」

 政子、寝る。

五郎昭男「、、、、」

 酒びたしの二人

タエ「カヨさんてぬぐい」
カヨ「あ、はいはい」手ぬぐいをだす。
政子「(寝言)ふふふふ。ふふふふ。まさかの、
 まさかの新記録、鼻ぷん。てっひっひ。」
房江「なんの夢見てんだろう」
カヨ「こうなると起きるまで起きないんです」
房子「お聞きしました」
タエ「文彦、どこまで電報打ちに行ったかね」
カヨ「私、見てこようかしら」
タエ「あ、あたし行くあたし行く」
カヨ「すみません」
タエ「連れてくるから、喧嘩しないで。ね?」
二人「、、、、」

 二人、背中を向け合い、座る。
 タエ、文彦を探しにでかける。

カヨ「もうお昼過ぎてしまいましたねぇ」
房子「おかまいなく」
房江「お腹へったー」
房子「これ」
カヨ「何か作りますけど、お時間大丈夫ですか?」
房子「じゃあ、お手伝いしょう」
カヨ「でも」
房江「待ってるだけじゃつらいしね」
房子「そうね」
カヨ「じゃあ、お言葉に甘えて」
房子房江「はい」
カヨ「ちょっと、すみませんけど」礼
房江「お兄ちゃん、暴力反対」
昭男「わかったよ」

 カヨ、房江、房子、台所へ

 残される五郎、昭男、そして政子

 縁側の陰から覗く5人

ユキ「喧嘩とまでは行かなかったか」
トメ「残念」
文彦「なにを期待しとるんですか」
黒田「しかし、思ったとおりですな」
杉浦「じょじょに本性を現してきましたね」
トメ「こりゃもう、勝負ついたかね」
黒田「どっちですか先生」
トメ「そりゃー農家でしょう」
杉浦「たしかに職無しじゃあなぁ」
ユキ「でも捨てがたいねえ」
黒田「あいつの肩を持つんですか」
ユキ「顔が好みなのよ」
杉浦「またそうやって騙される」
トメ「そういう意味ではあたしもゴロちゃん派♪」
黒田「先生まで!」
ユキ「でも何か、過去を背負ってる気がすんのよねー」
トメ「そう、人生の十字架を」
黒田杉浦「あ、うまい」
文彦「ますます信用ならん」
杉浦「顔が良い男なんてね、そんなもんです」
黒田「そうです!神主さんはこっち派ですな」
文彦「いいや」
杉浦「は?」
文彦「農家のこせがれめ、
 大事な娘を米でつるようなちょこざいな真似を」
杉浦「ああ、たしかに」
文彦「それになんだかツルにまで色目を使っている」
黒田「そうだそうだあの歌舞伎野郎」
文彦「そもそも挙動が常に不審だ」
トメ「なるほどなるほど」
ユキ「じゃ、こっち派?」
文彦「どっちでもない!」
四人「え?」
文彦「どっちも気にいらない!」
四人「ええええ」
文彦「気に入らん!よくよく見るとどっちもたいした男じゃない!」
ユキトメ「あららららら」
杉浦「困りましたね」
黒田「気持ちはわからんでもない」
杉浦「たしかにたしかに」
黒田「うちにも娘がいましてな」
杉浦「うちもです」
文彦「本当ですか?」
黒田「男親は、つらいとこですな」
杉浦「ヘタな男にはやりたくありません」
文彦「わかります!」
ユキ「わ、なんだこの結束」
男3人「うんうんうんうん」としみじみうなづき合っている。
トメ「で、どうすんのさ?」
男3人「う?、、、ううううう」頭を抱える。

 再び家の中
 ツルが姉を起こしている。

ツル「おねーちゃーん。あーだめだ。すみません。
 弱いくせに調子にのるんです、すぐ」
昭男「(政子を見ながら)お名前は」
ツル「え?あ、ツルです」
昭男「(政子に向かって)ツルさん!!(と声をかける)」
ツル「はい?」
政子「うううん」寝返り。
昭男「(ツルに)政子さん。こりゃ手強いですね。」
ツル「?」
昭男「(政子に)起きてください!ツルさん!」
ツル「はい?」
昭男「こりゃダメだ。お任せします。(ツルに)政子さん」
ツル「???」

 昭男、五郎のとなりへ行く

ツル「(この人は頭がおかしいかもしれない)、、おかーさーーん!」

 ツル、逃げる。

昭男「元気ハツラツだなあ、政子さん(ツルを逃げた方を見て)」
五郎「(寝ている政子を見て)え?そう?」
昭男「ああ。(ツルの去った方を見て)気分が明るくなる」
五郎「(寝てる政子を見て)うーん、どうかなぁ」
昭男「それに引き換え、ツルさんは(政子を見て)だらしない!」
五郎「え?(ツルの去った方を見て)だらしない?」
昭男「だらしない!(寝てる政子を見て)姉妹とは思えない」
五郎「うーん、僕は気にならないけど(ツルの去った方を見て)」
昭男「(寝てる政子を見て)気にならない?君は相当にぶいんじゃないか」
五郎「??(ツルの去った方を見て)だらしないかな?」
昭男「だらしないよ!これじゃあ農家の嫁はつとまらない」
五郎「これって、これ?」
昭男「そう、これだよ」
五郎「これ(政子)」
昭男「そう、これ」
五郎「これ、名前知ってる?」
昭男「さっき政子さんに聞いたばかりじゃないか」
五郎「誰に?」
昭男「政子さん」
五郎「(台所を指差しながら)政子さん?」
昭男「そう」
五郎「これは?」
昭男「ツル(憎々しく)」
五郎「、、ふーーん(にんまり笑顔)」
昭男「なんだその意味深な笑顔は」
五郎「質問があるんだが」
昭男「なんだ?」
五郎「君が運命のヒトと思った女性は?」
昭男「政子さんだ」
五郎「(台所を指差し)政子さん?」
昭男「(台所を指差し)政子さんだ。なんでそんなこと聞く?」
五郎「いや、ちょっとね」
昭男「変なやつだ」
五郎「ま、一杯やろう」
昭男「うむ」

 二人酒をつぎあう。
 どこかで、アカゲラが鳴く。キョッ、キョッ。

五郎「ずっと北海道かい?」
昭男「なんでだよ」
五郎「そう警戒するな。どうせ君と会うのも今日が最初で最後だ。
 酒の肴に正体を明かし合うってのは?」
昭男「いいだろう」

 どこかで、アカゲラが鳴く。ドラミングと鳴き声。
 キョッ、キョッ、ココココココ、ピャー、ココココココ

五郎「お」
昭男「エゾアカゲラか」
五郎「ほー。知ってるね」
昭男「うちは屯田兵の時代から農家だ」
五郎「ああ、北海道開拓のころ」
昭男「俺の祖先はふんどしでエスエル止めたこともあるんだぞ」
五郎「なんだその話」
昭男「全部話すと休憩入れて1時間50分のひと芝居になるが聞くか?」
五郎「遠慮する」
昭男「うむ」

 ココココココ、ピャー、ココココココ

五郎「こうして昼間から酒なぞ喰らってると、
 戦争中だなんて、忘れてしまうな」
昭男「不謹慎だぞ、、、、でもそうだな」
五郎「北海道に空襲なんぞくるのだろうか」
昭男「さあ」
五郎「空襲はごめんだ」
昭男「どこであった?」
五郎「東京の日暮里。大本営発表じゃあ、『敵機9機を撃墜。損害軽微』ってことになってるがね。しっかりやられたよ。あっと言う間に火の海だ。バケツリレーも竹槍も焼け石に水だ」
昭男「そうか」
五郎「残念だが、意味ないね。あんなもん」
昭男「生まれは?」
五郎「横浜。親父は職業軍人。兄貴は4人で、二人は陸軍士官学校卒、二人は予科練入隊。
昭男「軍人の家系か」
五郎「僕は嫌でね。早々その道から外れたんだ」
昭男「そりゃ親父さん怒ったろう」
五郎「逆だ。4人も軍人になればもう十分。
 僕が何してようが誰も気にかけないから、
 中学卒業してすぐ印刷工になったんだ」
昭男「なんだ、金持ちのボンボンかと思っていた」
五郎「実家は金持ちだが。僕は関係ない。そっちは?」
昭男「北海道の片田舎の農家の長男だ。趣味は読書。」
五郎「好きな作家は?」
昭男「谷崎潤一郎」
五郎「大谷崎(だいたにざき)さんかい」
昭男「文豪と呼ぶにふさわしい」
五郎「僕は芥川竜之介だな」
昭男「そりゃ、ますます気が合わないね」
五郎「今年、中央口論で始めた谷崎さんの『細雪』、
 軍部から連載中止を喰らったらしいぞ」
昭男「ほんとかいそれ」
五郎「内容が戦時にそぐわないとよ」
昭男「まったく、何もわかっちゃいない。
 こういう時にこそ、本当の芸術が必要なのに」
五郎「結構すすんだことをいうじゃないか」
昭男「田舎のインテリ百姓だってバカにしたもんじゃないよ」
五郎「当てようか。ずばり作家志望だろう」
昭男「農家の長男にそんな暇はない。」
五郎「僕はね、そういう勘がするどいんだよ」
昭男「、、まぁ、そうだ」
五郎「やっぱりか」
昭男「しかし戦時下の農家だ。増産増産、自給率上げろだ。
 田んぼがでかくなるわけでもないのに」
五郎「まさか芸術家とはね」
昭男「僕の正体ったってそのくらいのもんだ」
五郎「いや、ちょっとあんたが気に入ったよ」 
昭男「あんたはまだまだ秘密がありそうだな」
五郎「秘密ねぇ」
昭男「吐けよ」
五郎「僕はクリスチャンだ」
昭男「、、、」
五郎「驚いたか?」
昭男「いや」
五郎「驚かないのか?」
昭男「実はもうさっき気が付いた」
五郎「え?」
昭男「胸ぐらを掴んだときにチラッとね」
五郎「ああ、これか」

 胸から出す、ロザリオ。

昭男「うむ」

 キョッ、キョッ、ココココココ、ピャー、ココココココ

五郎「それにしても、あまり驚かんようだね」
昭男「うちの母方の祖父母がクリスチャンでね」
五郎「ほう」
昭男「明治時代、月形に樺戸集治監て監獄があって、
 そこに本州から赴任した監長が信者でね」
五郎「へえ」
昭男「それがひいじーちゃん」
五郎「驚いたな」
昭男「意外に国際化が進んでるんだよ、蝦夷地も」
五郎「じゃあ、おたくも?」
昭男「いや、僕はじーさんの代から浄土真宗だ。」

 キョッ、キョッ、ココココココ、ピャー、ココココココ

17■アカ疑惑

 5人、覗いている。タエも混ざっている

杉浦「仏教ならまあ」
黒田「問題ないでしょう」
タエ「どう?」
文彦「まぁ、そうですねぇ」
タエ「良かった良かった」
トメ「でもよく考えたら仏教ってインド人だね」
ユキ「あ、ほんとだ」
タエ「そういえばそうだ」
トメ「なんでキリスト教だと問題?」
タエ「なんで?」
杉浦「イエスキリストって何人?」
文彦「ユダヤ人」
タエ「へー」
黒田「あ、白人だから?」
トメ「白人はだめで、インド人は良いのかい」
ユキ「わかった、敵国の宗教だからか」
杉浦「ドイツとイタリアは白人ですが同盟国ですよ」
タエ「はい!日独伊三国同盟!」
5人「正解」
ユキ「ドイツとイタリアって何教?」
トメ「キリスト教だったと思うよ」
タエ「あ、そうなの?」
黒田「なんかこんぐらがってきたな」
タエ「そうだねぇ」
杉浦「あ、タエさん」
ユキ「あらどうも」
黒田「これは気付きませんで」
トメ「あら、タエちゃん」
タエ「おトメ先生ひさしぶり」
文彦「姉さん」
タエ「あんたらなにやってんの?」
5人「え?わああ!」
タエ「気付くの遅いね」
文彦「いや、姉さん、これは、そのう」
タエ「なんで自分ち覗いてんのあんた」
文彦「話せば長くなります」
タエ「次の日曜日って今日だよ?!」
文彦「らしいですね」
タエ「もう来ちゃったよ許嫁!」
文彦「らしいですね」
タエ「恋人と鉢合わせしたよ!」
文彦「らしいですね」
タエ「政子寝ごとひどいよ?!」
文彦「らしいですね」
タエ「わかってて覗いてんの?」
文彦「らしいですね」
タエ「文彦!」
文彦「わあ!すいません!でも姉さん!聞いてください!」
タエ「うるさい!おいで!」
文彦「しかし!しかし姉さん!」
タエ「あんたがいないと話がこんがらがる一方なんだから!」
文彦「いててて!はなして!はなして!」
タエ「あんたがおそまきながら許嫁見繕ってくれって
 無茶苦茶言ったんだからね!」
文彦「すみません!だけど」
タエ「ほらあんたから謝って!ほれ!」
文彦「とあることを気付いてしまって!」

 文彦、タエに耳をひっぱられつつ退場

トメ「で、うちらはどうする?」
3人「うーーん」
トメ「あたしたちも、暇だねぇ」
3人「ですねぇ」

 キョッ、キョッ、

ユキ「『裸んなったら人間一緒よぉ』ってさ」
黒田「お、おトメ先生の十八番?」
トメ「なに?」
ユキ「さっきのインド人と白人の話」
杉浦「ああ」
ユキ「外人でも、そう?」
トメ「まぁ、色は違えど」
黒田「同じ人間ですからな」
杉浦「しかし、そうなると」
トメ「戦争は出来ないねぇ」
ユキ「それは困るわ」
トメ「どして」
ユキ「甥っ子がさ。1年前、マニラで名誉の戦死を遂げたからさ。
 カタキ、取ってもらわんと。」
3人「、、、、」
ユキ「アメリカ人は、鬼だ。あんないい子を奪って」
トメ「、、ユキさん」

 ココココココ、ピャー、ココココココ

 その様子を陰で見ていた神部が登場する

神部「ずいぶん長いこと道を教えてるじゃないか」
4人「!」

 再び家の中

五郎「日本は負けるよ。そう思わないか」
昭男「おい、めったなことを言うもんじゃない」
五郎「ふん、誰がきいてるってんだ」
昭男「誰が聞いてるかわからんものだ」
五郎「僕は知りたいことが知りたい。
 僕は言いたいことが言いたい。
 そんな、普通のことが出来ない国が外国に勝てるものか」
昭男「つつしめよ少し」
五郎「もともと僕は特高に睨まれてんだ」
昭男「だったらなおさら、気をつけたまえ」
五郎「おかげで生傷が絶えん。ばかばかしい。
 とうとうキリスト教徒は全部アカ扱いだとよ」
昭男「おい、そのへんにしとけよ」
五郎「なんだ?怖いのか特高が?僕にはもう怖いもんなんて何もない」
昭男「え?」

 政子、突然立ち上がる

政子「、、、、、」
二人「?!」
昭男「、、起きた」
五郎「どした?」
政子「きもちわるい」
昭男「なに?!」
政子「ううう、おおええ」
昭男「政子さん!(台所のツルをよんでいる)」
政子「はいー」
昭男「わーくんなくんな」
五郎「政子さんが!」
 
 ツル、ふっとんでくる

ツル「おねえちゃん!」
政子「きもちわるうー」
ツル「こっちこっち!こっち!」
政子「ううええおおおえええ」

 政子、退場する。

五郎「政子さんはいいなぁ」
昭男「ああ清楚で働きもので」
五郎「自由で天真爛漫で」
昭男「もの静かで、慎ましく」
五郎「過激で、たくましい」
昭男「ずいぶん印象が違わないか」
五郎「まあ、そういう事もあるんじゃないか(にんまり笑顔)」
昭男「だからなんだその意味深な笑顔」

 五郎、酒をつぎ。

五郎「ま、いずれわかるさ」
昭男「変なやつだ」
五郎「なんの話だった?」
昭男「怖いもんは無いとかなんとか」
五郎「ああ、その話はいい。そうだ。僕の正体を知りたいんだろう」
昭男「よし。中卒で、印刷工になって、どうした」
五郎「印刷会社の社長が豪快な人でな、
 満州で新聞やるからついてこいって言うんだ」
昭男「満州か、いい所だと聞くな」
五郎「日本人にとってはな。
 日本の帝国主義支配も甚だしい。他の民族にとっちゃいい迷惑だ」
昭男「そうなのか」
五郎「満洲国は5つの民族の協和アジアの理想国家として建国されたんだ」
 なのに日本人の権益が最優先、他の民族への差別はひどいもんだ」
昭男「それは、知らなかったな」
五郎「満州にはナチスに追われたユダヤ人や、
 社会主義に反対したロシア人も新天地をもとめてたどり着いていた。
 同じ人間なのに宗教や民族の違いで虐げられ殺される。
 そんな話はゴロゴロしてたよ。
 身内を誰かに奪われたり、引き裂かれたり。
 たかが、宗教の違いで。民族の違いでだ。
 僕にはもうわからなくなった。何を信じたらいいのか」
昭男「おい、ちょっと飲み過ぎじゃないか」
五郎「僕が日本で教わってたことはでたらめだ。
 今きみが信じていることもでたらめだ!」
昭男「わかったわかった」
五郎「わかってない!日本人は真実を知らない!
 知らないうちは良かった。でも僕は知ってしまった!」
昭男「五郎くん、その話はまた今度聞こう。
 ほら、どうやらごちそうが用意できるころらしい」

 タエ、文彦を連れてくる。

文彦「イテテ!」
タエ「ほら早く」
文彦「自分で歩きます!」
五郎「あ、お父さん」
文彦「や、やー、五郎くん」
昭男「え?政子さんのお父さんですか!」
文彦「あ、うん、えーと?」
昭男「昭男です!初めまして!」
文彦「あ、どうもどうも」
五郎「随分と長い電報でしたね」
文彦「なんだかね」
タエ「ほらっ」
文彦「しかし」
タエ「男でしょう!」
昭男「どうかしたんですか?」

 文彦、土下座の体制。

文彦「、、、昭男くん」
昭男「はい」

 そこにカヨ、房子、房江、ツル、料理をもってくる

カヨ「あなた、おかえりなさい」
文彦「あ、ただいま」
房子「はい、ごめんなさいよ」
房江「ごちそうごちそう」
五郎「や、すいません」
ツル「すみません野菜まで」
昭男「あ、いえいえ」
文彦「どした?」
カヨ「お米とお野菜いただいたの」
昭男「農家なんです」
文彦「あ、どうもありがとう(土下座)」
房江「山菜は裏の山で」
文彦「助かります(土下座)」
房子「お父さん、そんなにありがたがられても」
昭男「そうですよ」
房江「表をあげい」
文彦「はっ」立ち上がる。
タエ「!ちがうでしょ!」
文彦「あ、そうか」
タエ「はい、ちょっと!そのまま、注目!」

 全員の注目
 文彦、土下座。

カヨ「なんですかあなた」
文彦「この許嫁話、無かったことにしていただきたい!」
昭男房子房江「はあ?!!」
房子「一体、何をおっしゃっているんですか」
文彦「申し訳ない!」
房子「タエちゃん!」
タエ「ふーちゃん、ごめん」
昭男「な、なっとくいかないな!」
房子「そうです!そちらから出たお話なんですよ!?」
文彦「申し訳ない!申し!わけない!!(頭を地面にゴリゴリ)」
房江「ああああ、頭はげる頭はげる」
房子昭男「、、、、、、、」
カヨ「、、、こう申し上げてはなんですけど。
 この人、こうなったらもう、許されるまで謝るんです」
五郎「似たような人いたねぇ」
ツル「はい」
文彦「申し訳ない!申し!わけない!!(頭を地面にゴリゴリ)」
五郎「ま、あきらめろ(昭男の肩にポンと手)」
昭男「、、」
五郎「政子さんには僕という恋人がそもそもいるわけだし」
文彦「あ、五郎くん」
五郎「はい」
文彦「さっきの話も無しだ。おい、どぶろく」
五郎ツルカヨタエ「、、、、、はああ?」

 再び外。

 神部、タバコに火をつける。

神部「黒田くん」
黒田「は!」

 ユキ、トメ、杉浦の3人は、黒田と神部を遠巻きに見ている。

神部「増員かけてこの神社を囲め」
黒田「え?」
神部「天海五郎がロシアと関わっとる」
黒田「!!本当ですかそれは?」
神部「特別高等警察の神部にぬかりでもあると?」
黒田「あ、いや、いいえ、そういうわけでは」
神部「急げ」
黒田「つまり、あの、天海五郎は」
神部「そうだ」
黒田「、、、、、」
神部「捕り物になるぜ。気合い入れろ」
黒田「はっ」
神部「駆け足!」

 黒田、駆け足で退場。

 キョッ、キョッ、ココココココ、ピャー、ココココココ

 神部、石をなげつけ、アカゲラをだまらせる。

ユキトメ杉浦「!ひっ(恐怖)」

 硬直している3人。

神部「(空を見て)おや、どんより曇ってきやがった」

 遠雷。ゴロゴロゴロゴロロロ
 神部、タバコに火をつける。

神部「本州から飛ばされた甲斐があったってもんよ。
 あんたらも協力して貰いますよ。『非国民狩り』に」
3人「え」

ここから先は

9,959字

¥ 100

たくさん台本を書いてきましたが、そろそろ色々と人生のあれこれに、それこれされていくのを感じています。サポートいただけると作家としての延命措置となる可能性もございます。 ご奇特な方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いいたします。