ありがとうの5文字

⚠こちらは映画「神は見返りを求める」のネタバレ込みの感想となっております⚠


あらすじ
イベント会社で働く田母神は、まだ売れてないYouTuberのゆりちゃんを善意で支え、ゆりちゃんからは"神"だと称えられていた
だが人気が出るにつれゆりちゃんの自分への態度が変わっていく。そこから壊れ始めた田母神の行動とは…


感想
途中まで観て、苦しくて一度断念したけどあ、これ最後まで観て良かったな〜と思いました!

田母神視点だと 自分は善意で貴方にどれだけ尽くしてきたか、恩を仇で返すとはこの事だと憤怒し、
良くも悪くも人に強く出れず、苦しくて本当に辛くて助けて欲しい時に、相手に助けを求めたら突っぱねられ、自分の善行が、この行いが自分の全てだとしたら自分の全てを否定された様に思えたんじゃないかな
田母神にとっては助けを求めるって凄くハードルが高い行動だったと思うし

ゆりちゃん視点だと 自分は身体を差し出そうとしたり、お金も分配した方が良いですか?とちゃんと提案をして、それでもなお見返りはいらない。俺はそんなものが欲しくてやっているのではないと言ったのは田母神だから。 人気になってから今更俺の善意を返せと言われても困る
まぁ当たり前だよね 虫が良すぎるだろと思うのは

でも売れてない頃に自分を馬鹿にした人間が沢山居て、それでも手を差し伸べた田母神に同じ態度で返すのはどうなんだろうとは思っちゃったな
どんなに環境が変わっても、手を差し伸べたという事実は変わらないし でもこれって恩着せがましい?もしかして?
でもこれって田母神視点で描かれているから援護してしまうだけでこれってストーカーの思考だから援護しちゃいけない気がしてきたな



自分の思った通りの行動が相手から返ってこないからってストーカーや執着するのはダメだぞ❗



田母神はどこかで売れずに自分の側に居てくれるだろうという安心があったから無償の善意で尽くしてきて、それをゆりちゃんはどこか下に見られてるという意識もあったのかもしれないね
「YouTuberを下に見てるんでしょ」って発言もあったし

でもこれだけは田母神を援護したい!
田母神を神の様な人だと称えて動画でも神様だと、いつか動画でも出したいと言っていたのに
当て付けのように自分の神様を上書きされたらそれは辛い!
神様と伝えてた事実を捻じ曲げるのは良くない❗


でも最終的にお互いに「嫌い」と言い合えたり、お互い自分の気持ちを素直に発してぶつかった事で(良い行動だったとは言えないけど)和解への道に進んで、私は胸糞だとは思わなかったな
創作だからこそだろうけど


ゆりちゃんが大火傷を負っても、一緒に動画撮ってたYouTuberが報告動画として出そうとしていたり、ゆりちゃんが火傷で入院したら別のYouTuberと絡んで何事もなく過ごしたり、
「ゆりちゃんの代わりなんていくらでもいる」
「自分の力で有名になったんじゃないんだから」


ゆりちゃんからしてみたら代わりの利く田母神、周りからしてみたら代わりの利くゆりちゃん、
だからこそゆりちゃんが歩み寄れたのかもね



タイトルにも書いた通り「ありがとう」の5文字って本当に難しいよね
この映画の最後で田母神は本当の「ありがとう」を貰えた(と感じて)終わったけど

私達が欲しい(人によるかも)「ありがとう」って相手が心から思うからこその「ありがとう」で、
自分から催促した「ありがとう」は違う!
でも他人の気持ちなんて動かせないんですよ
それを求めてしまったら相手はどうすりゃええねんとなるし自分は満足出来ないし

言葉って大体そうかも
「ごめんなさい」も「好き」も、相手が思って言ってなきゃ虚しいだけだもんね
あまり人間に全て体重を預けてると何かあったらすぐ壊れちゃうから程々にしたいね
でも人と言う字は人と人が支え合って出来てるって金八先生が言ってた
どうしても人を頼らなきゃ、体重をかけなきゃ生きていけないものなんだよな 難しいぜ❗

#映画感想文 #映画 #神は見返りを求める


この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?