くちさき男

 酒を飲みながら、「お前はダメだ。お前はどうしようもない奴だ」。そういう話を黙って聞いているのがいつものことだった。
 太宰治が飲みにつれていかれては、そんな風に「あんたの小説はダメだ」と言われている話を読んだばかりで、飲みに行くってこういうことなのかなあと、まだ酒も飲めないような新成人のころだった。
 何がダメなんだか分かりやしない。ずいぶん渡辺には高校の管弦楽部でバカ扱いされた。
「管楽器は間に合うけれど、弦楽器は本番までに弾けるようになる?」
「なに? それ弦楽器をバカにしてるってこと?」
 突然渡辺は食って掛かってきた。
「違うだろ、吉川は管楽器に比べて、弦楽器ははるかに練習量が多いっていてるんだよ」と周りに収められる渡辺である。
 高二で部長になった渡辺は「練習中にどうこうしているバカ」とはっきりと、合宿のしおりに俺のことを書いている。どうも俺のことが気に入らないのか。

 そうでいて、高校卒業後はいつも「吉川、吉川」とまとわりついてきてうざい。山形大学へ進学した渡辺は、特別音楽科という所でチェロを勉強し始めた。そこへも俺は400キロの道のりを一般道路を車で走って連れていかれる。
「吉川はな、習志野一中管弦楽部でトロンボーンを吹いてな、コンクールで全国最優秀を取ったんだ」
「うわー、そういう人には来られたらまずいなあ」
 なんか色々と渡辺は言って回って、俺の人格もどんな人間なのか、優秀な人間なのか、バカな人間なのか。分からない。

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