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ピアニスト安並貴史 スペシャルインタビュー

1995年に地域の芸術文化を担う中心的な劇場として、アクトシティ浜松とアクロス福岡は開館しました。開館30周年を記念して、アクトシティ浜松とアクロス福岡のコラボレーションによるスペシャルステージをお届けします!静岡県出身で、第10回浜松国際ピアノコンクール(以下、浜コン)第6位受賞の安並貴史さんとアクロス弦楽合奏団選りすぐりの4名でお贈りする、浜松と福岡のみの特別プログラムです。
 
留学先のロンドンから一時帰国していた安並貴史さんにお話をお伺いしました。


ロンドンでの生活はいかがですか。
ロンドンは本当に国際色豊かな街で、想像以上に刺激的な毎日を送っています。ただ、留学中であっても日本で演奏する機会を大事にしたいので、日本とイギリスを行ったり来たりの日々を過ごしています。3ヶ月に1回位は日本に帰ってきていて、これからもそうした生活が続きそうです。ロンドンに来て7ヶ月ほど経ちましたが、最近ようやく、移動の多い生活ということも含めて慣れてきましたね。ロンドンは住む場所を探すのも大変でしたし、最初の3、4ヶ月は文化に慣れるのも少し手間取りましたが、今はすっかり慣れて、毎日音楽に集中できています。2年間のアーティストディプロマのプログラム期間中はロンドンに滞在する予定です。

ロンドンへ留学されたきっかけを教えてください。
浜コンが終わった後、ドイツのシューベルト国際音楽コンクールで優勝してから、日本でもいろいろな仕事をいただけるようになってきたので、その頃は2、3年単位の留学は頭になかったですね。でも、行けるところまでは自分の技術を高めたいという強い思いはありましたし、尊敬しているピアニストの先生方の背中を見ていると、世界中のいろいろな場所でセミナーを開催したり、演奏会をしたりしていて、自分も世界で通用するピアニストになりたいという思いもありました。世界で通用するピアニストになるには、海外との接点がまだまだ足りないと思い、国際都市ロンドンに突っ込んでいったという感じですね(笑) ヨーロッパはいろいろな所に行きましたが、イギリスは1度も足を踏み入れたことがありませんでした。

浜コンに出場された際には、浜コンがモデルになっている恩田陸先生の小説「蜜蜂と遠雷」の登場人物の一人を彷彿とさせる境遇、かつ静岡県出身のピアニストということで、『話題の人』でしたが、当時の思い出や印象深いエピソードを聞かせていただけますか?
ホテルの匂いから舞台裏の照明の感じまで、全部覚えています。他のコンテスタントに比べて取材が多かったので、割と特殊な環境で参加していたのかなと思います。注目を受けている、応援してもらっていると感じていたので、たくさんの取材が負担になっていた感覚は全くなく、全てプラスに働きました。むしろ、結構、調子に乗っていたと思います。3次予選ぐらいまでは割と浮かれ気味に自分のノリでテンポよくいけました。でも、3次予選は室内楽とソロリサイタル形式で、自分のコアの部分を表現するようなプログラムだったので、そこに集中するあまり、その先のファイナルを見通せていなかったですね。室内楽の演奏はすごく緊張するかと思ったんですが、室内楽奏者の方々にサポートいただき、モーツァルト(のピアノ四重奏曲)を弾く喜びが味わえて、めちゃくちゃ楽しかったです。そして3次予選が終わって、はっと現実に戻りました(笑) 3次予選に向けて、1次、2次と登ってきて、登り切ったらもっと高い山があった、そんな感じでしたね。

浜コンの3次予選でもドホナーニを演奏されていますが、本公演でもドホナーニのピアノ五重奏曲を演奏予定ですね。
浜コンに挑戦した時は博士課程でドホナーニを研究して1年目でした。博士課程が修了して思うことは、やはりブラームスの影響を色濃く受け継いでいて、特に初期の作品では顕著だということですね。ハーモニーの充実感がドホナーニ作品の大きな魅力だと思いますが、今回取り上げるピアノ五重奏曲第1番からも感じられます。ドホナーニ自身がリストの孫弟子ということもあり、彼自身がとてつもなく弾ける人だったんですよ。無理がなく、でも無駄もない、パフォーマンスもピアノの鳴りもすごく良い、とても弾きやすいですね。バルトークにピアノをレッスンしていたことやドホナーニ自身のレコードも多数残っていることからも、彼自身の演奏力は凄まじいものがあります。様々な技巧が散りばめられているし、シリアスな場面とユーモアに溢れた場面が随所に出てくるのも魅力です。ブラームスの小品のように内向的で心に訴えかけてくるような場面もあれば、リストのようにコンサートショーピースとして映えるようなところもあって、幅がすごくある作曲家だと思います。

浜コンから6年経って、ドホナーニの作品に対する考え方や解釈が変わることはありましたか?
浜コン以降、多くのコンサートで演奏し、改めて、ドホナーニという作曲家の作品をライフワークとして演奏していくことに自信がつきました。いろいろな国で弾きましたが、感動を呼べる作品ですし、これらの作品は広まるなという確信がこの5,6年で確固たるものとなりました。ドホナーニはピアノ作品が1番多く、浜コン当時は彼の初期の作品、特にピアノソロを研究していたのですが、博士課程修了後、室内楽や協奏曲も研究し、演奏してみると、ピアノだけではなく弦楽器の扱い方もすごく上手な作曲家だと感じています。オーケストレーションも素晴らしいし、管楽器の扱い方ももちろん上手で、本当にバランスの良い作曲家だったんだと気づかされました。

映画『蜜蜂と遠雷』で演奏される「春と修羅」がプログラムに入っていますが、「JIN Version」を選ばれた理由はありますか?
今回はドホナーニのピアノ五重奏曲がメインですが、様々な色を観ていただきたいという想いがあります。「春と修羅」は4バージョンあって、「JIN Version」は他のバージョンにはない、特殊な、音の塊の響きみたいなものを感じました。僕は、ショパンの可憐な動きより、分厚い和音、和声的なものが得意で、自分が弾くことを想像した時に1番絵になると思って選びました。『蜜蜂と遠雷』で、僕とイメージが重なるキャラクターは働きながらコンクールに挑戦した「高島明石」だと思うので、「AKASHI Version」にしようかとも思いましたが、新しい自分も観ていただきたいということで「JIN Version」にしました。プログラムの中で、シューベルト、ドホナーニと並べて、「春と修羅」が1番浮き立つようなバージョンだと思っています。そしてソロの曲目はシューベルトとドホナーニの世界観を一層感じやすいように、彼らとは異なるピアニズムを取り入れたいと思ってショパンを選びました。

アクロス弦楽四重奏団との共演で楽しみにしていることはありますか?
第一線で活躍されているプロフェッショナルの方々とドホナーニを演奏できることはとても貴重な機会ですし、ドホナーニは弦楽器の響かせ方がすごく上手なんですよ。今回演奏するピアノ五重奏曲第1番は全部の楽器が主役になるので、それぞれの音色とその絡み合いが楽しみです。室内楽が大好きなので、今回のお話をいただいた時にはとても嬉しくて、『本当に僕でいいんですか!?』ってなりました。

ピアニストとしての理想像はありますか?
第一線で演奏活動をするのはもちろんですが、いろいろな国で演奏以外でも伝えられるピアニストでありたいですね。日本ではトークコンサートが多く、言葉と演奏で伝えていくことが自分の特徴の1つだと思っています。ドホナーニは演奏者であり、優れた音楽家を何人も輩出した教育者であり、研究者であり、そのうえ、指揮者と作曲家でもあるので、マルチに活動することやその指導力は目指すものがあります。憧れは、今ロンドンで教えていただいているロナン先生や小川典子先生は勿論ですが、僕が長年師事している石井克典先生ですね。国際的に演奏活動で活躍されていますが、後進への教育に対しても熱心なんですよ、尋常じゃないぐらいの熱というか、愛情というか。浜コンのファイナル出場が決まった時、石井先生は東京から静岡の僕の家まで来て指導してくださいました。後進を愛情深く指導する姿勢は憧れですし、目標ですね。先生方にしていただいたことや受けた愛情を次の世代にも繋いでいきたいですし、それ以上の何かを伝えられるピアニストでありたいです。先生方は指導だけでなく、本物のピアニズムを持った素晴らしいピアニストなので、そういったところも大事にしていきたいですね。

最後に、本公演へお越しのお客様にメッセージをお願いします。
ドホナーニの作品を生で聴く機会は少ないかもしれませんが、血が騒ぐ場面やじんわりと心の奥まで届くような場面、瞬間を持ち合わせている素敵な作品を多く書いた作曲家なので、今回の演奏会は今までにない感動があると思います。僕のソロも様々な色を1人で出せるように組んでいますので、どうぞ最後までお楽しみください。ドホナーニのいろいろな面も観られますし、他の作曲家の良さも存分に感じていただけるコンサートになると思うので、期待100%で来ていただけたらと、自分のハードルをあげておきます!


アクトシティ浜松&アクロス福岡 開館30周年記念 アニバーサリーコンサート
安並貴史&アクロス弦楽四重奏団
2024年8月21日(水)14:00
アクトシティ浜松 中ホール
出演 安並 貴史(ピアノ/第10回浜松国際ピアノコンクール入賞)
  【アクロス弦楽四重奏団】
   川田 知子(ヴァイオリン)
   小野山 莉々香(ヴァイオリン)
   須田 祥子(ヴィオラ/東京フィルハーモニー交響楽団首席
        日本センチュリー交響楽団首席客演)
   田中 雅弘(チェロ/元東京都交響楽団首席)
全席指定 一般¥3,500 学生¥1,000
公演の詳細は、こちらをご覧ください。