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自分のやりたいことは何か、なんて些細なこと。相手のやりたいことを探そう。会話しよう。

僕は、最近まで、自分のやりたいこと、やれること、やるべきことは何か。そんなことを、ずーっと考えているようで、考えすぎて、大して動かなくって、何かのせいにして、言い訳ばかりして、なのに偉そうなことを言ってる僕だった。

で、最近の気づきは、やりたいことは、人との会話、行動からしか、生まれてこないんだろうな、ということ。何かテンションが上がって、何かしたい、と思えるのは、決まって人との会話のあと。それでも、やはりその時は自分軸で考えてたんだけど。

ふと、僕の周りの人は、何をしたいんだろう?僕に何を期待しているんだろう?ということを、改めてヒアリングしてみることにした。

まずは、家族から。妻、母、姉、妹。
※弟とは改めて。

で、ビデオ通話をしてみたところ、会話の中で、日々の生活が楽しくなることが望みだよね、と言われた。しかし、実家を離れて久しい僕には、彼女達の歓びが、同じ感覚としては得られていない。そんなことに気づいた。

ということで、しばしば電話をする、できる限り実家に通う、ということを、これからまずはやっていこう、ということになった。

相手のやりたいことを知る、それには、やはりコミュニケーションの質と、量を増やすことだ。そう思った。そして、それは今の僕にとって、単純に過程が楽しい。このやり方、古き良き営業マンのイメージもある。

最近、電話が楽しくなっている。ビデオ通話はなお良い。直接会うのが一番良い。以前は面倒、という言葉が出てきたけど、全然受け取り方が違うというのに、僕自身驚いている。

だれか、相手と会話をしながらやりたいことを探すのであれば、飽き性の僕でも楽しんでできそうだし、わりと納得感をもって、行動していけそうな気がしている。まずは電話してみたこと。これも一つの行動だった。

会話は楽しいから続けられる。会話が好きなんだなあ、と最近ひしひしと感じている。

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