見出し画像

「俺、継ぐよ」、祖父に伝えた次男の心の内。濵田農園の5代目が生まれるまで

愛媛県八幡浜市で約80年続くみかん農家「濵田農園」。みかんの段々畑が広がる農園で、太陽をいっぱいに浴びた「究極のみかん」をみなさんにお届けしています。

これまでのブログでは、農園の紹介やみかんの美味しい食べ方を紹介してきました。今回紹介するのは5代目の跡継ぎとして、日々みかんづくりに励む濵田直人(なおと)の物語です。

直人は4人兄弟の次男でありながら農園を継ぐことを決意。20歳にして跡を継ぐ覚悟を決めた背景には、幼い頃から見てきた家族の姿がありました。

2019年11月現在、29歳。農園を継ぐと決めてからの10年を振り返りながら、濵田農園のこと、みかん農園の子どもとしての生活など、普段はあまり聞けない5代目の心の内をお伝えします。

山が好きだった次男が、跡を継ぐと決めたとき

画像1

――子どもの頃、家業がみかん農家ってどういう感じでしたか。

みかんの旬である冬場は忙しいので、家族が誰も家にいないイメージがありましたね。1歳年下の弟と、兄弟で料理や洗濯などの家事をしていた記憶が残っています。大変そうだし、動物もおるし、「あんまり良い仕事ではないな」と小さいときは思っていました(笑)。

――仕事場に行くことも?

そうですね。親父に「山あがるか」って言われたら、結構すんなりとついて行きました。

兄弟は家に残って、自分だけが山にあがることもありましたね。農業という仕事はあまり好きじゃなくても、山に行ったら楽しかったので。兄弟でかくれんぼしたり、コンテナに乗って滑り台みたいにして遊んだり。今思えば、作業の邪魔になるようなことばかり(笑)。

でも、山行くのが嫌いやったら、今は農家やってなかったでしょうね。

――跡を継ごう、と思ったのはいつごろでした?

20歳になる前、じいちゃんが亡くなったのが大きなきっかけでした。じいちゃんってすごい人なんですよね。あまり遊んでもらったイメージはないけど、仕事をまじめにしていたのを見とるんで。農家やろうと思ったのも、じいちゃんの姿を見ていたからだと思います。

――おじいさんの存在が大きかった。

それで、葬式のとき「俺、継ぐよ」って、じいちゃんに向かって言ったのを覚えています。

農業って長男が継ぐイメージが強いと思うんですけど、当時、兄貴は銀行に勤めていましたし、弟も農業ではなく会社員を選択していたんですよね。これだけ規模を広げてやっとるのに、ここで途切らすのはもったいないな、という思いもあって。

画像2

――自分がやらないと、と思ったんですね。

代が変わって、親父(4代目)がしんどそうなのを見とったというのもあります。小さい頃から近くで見ていたので「作業的なしんどさ」は知っていましたが、それに加えて、家庭を守っていかなければいけないというプレッシャーがあるのは感じました。

それまでは正直、あまり農業に興味はなかったのですが、そのときに「農業やろうかな」と思いました。親父を助けないけんなって。

枝の切り方が味を左右する、経験がものを言う世界

――実際に現場に入るようになって、仕事のイメージは変わりましたか。

「大変」というイメージは変わらなかったけど、やりがいのある仕事だと思いましたね。花の段階からずっと大事に見てきとるんで、自分の子どもを育てている気持ちなんです。そういうところに、やりがいを感じます。

これまで作業するときに親父の横で技術を習ってきましたが、去年から1つの山を任されて、習ったことを実践してみるようになりました。自分で枝の剪定して、それがどうなるかによって失敗や成功が見えてくる。経験がものを言うので、僕は切りすぎることもあるんですけど、そうやって自分の行動で結果が変わって成果が見えるのが楽しいなと思いますね。

――最初はなかなか結果が出なかったと思うのですが、嫌になったりはしませんでした?

そうですね、最初は何もわからない状態で、判断できることも少なかったのがしんどかったです。でも2年、3年と年を重ねるごとに余裕が生まれて、他のこともできるようになってくる。相変わらず作業はしんどいことも多いですが、だいぶなくなってきました。

画像3

――直人さんから見て、濵田農園のみかんがおいしい理由はなんだと思いますか。

1つは地形ですね。農園の場所によっては、時間帯によって日が当たらんところもありますが、うちは1日中ずっと日が当たっている園地が8割を占めています。日当たり向上のために「タイベックシート」と呼ばれる白いシートを敷くなど、多くの農家さんがしていないところにも違いが出ると思います。あとは一番こだわっているのが、土づくりですね。

――たとえば、どんなことをやってるんでしょう。

『ヤシガラ』というココナッツの繊維を地面に置くんです。それが作用すると、「ひげ根」と呼ばれる小さい根っこが生えやすくなります。根が増えることで表面積が広くなり、みかんが土の中の栄養を吸いやすくなるんです。お金はかかるんですが、おいしくなりますよ。

あとは水の管理。いかに美味しく作るかは、水分のコントロールと光合成にかかっています。水分が多すぎる土だと、みかんっておいしく育たないんです。水はけが良い園地のほうがいい。農家は、それぞれ日照時間や土の特性、園地の高さなどを加味しながら土作りをしているんですよね。それも試行錯誤で結果が変わる、大変だけどおもしろいです。

みかんの新芽で「抹茶塩」を作ってみたい

――これからの濵田農園に必要なことは何だと思いますか?

やっぱり若い人に入社してもらうことかなと思います。農業は休みが柔軟なので、そこはアピールできるポイントだと思うのですが、どうしても若い人たちの持つイメージが悪いですよね。社員に限らず、冬場に収穫のアルバイトで来てくれるおじいちゃん、おばあちゃんたちも高齢化が進んでいるので、そこでも一緒に働いてくれる人が必要です。

――若い働き手、必要ですね……。

今、来てくれているおじいちゃん、おばあちゃんはとにかく作業が早い。みかん採りって、経験を積めば積むほど上手になるんです。最初は1個ずつしか収穫できなくても、慣れてくれば一度に2個採ったり。その人らがおらんなったら、ハローワークから単発で来てもらっても、経験にはかなわない。しっかり採り手さんの伝承をしなければなと思います。

画像4

――どんな人が向いてるんでしょう。

農業って草木に向き合う、1人で進める作業のように思われることもあるんですが、やっぱりチームで行う仕事です。特にみかんを収穫するときは、十数名で一緒に作業をするんです。そのため、挨拶や人としての基本的なことができる人がいいですね。

――その他に、これからチャレンジしていきたいことはありますか。

親父が「KIWAMI(きわみ)」を始めとしたみかんジュースを展開して、農園の規模を大きくしてきました。濱田農園をより長く続く農家にするために、これからも新しいことに挑戦したいとは考えています。同じことをずっとやっとっても、楽しさもないですしね。

材料を仕入れて加工や販売をする業者さんと違って、自分たちのところで商品を作り出せるのは農家の強みだと思っていて。そういう強みを生かした新商品を開発したいです。

まだ考えている段階なので実現できるかわからないですけど、みかんの新芽を使った抹茶塩とか。健康志向の方々に向けて、何か開発できたらいいなと思っています。

【ご案内】
濵田農園の紹介記事:https://note.mu/hamadafarm/n/nd6ba2f79a683
濵田農園オンラインストア:http://shop.kiwami-mikan.net/

制作:ローカルマガジン「おきてがみ」
(執筆:ウィルソン麻菜/編集:庄司智昭)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?