私たちが過去を感じ直すことについて
私の仕事は、思いがけず、誰かが過去を感じ直す場面に遭遇することがあります。
たとえば、すごーく辛かった過去をについて「あれは私に必要な出来事だったんだな」と感じる瞬間とか。忘れられない恋人について「私はあの人に大事にされていなかった」と気づく瞬間とか。親が怒ったことを「あれは愛情だったんだ」と気づく瞬間とか。
誰かのそんな瞬間に立ち会う時、私の心もキュウ〜となります。そんな場面に遭遇することは滅多にありません。誰かと1年以上お話して、ふと、やってくることがあるのです。
なぜキュウ〜となるのかは、私自身が過去を感じ直す時と重なるからかもしれません。あの瞬間。「あの時」の感覚が変わる瞬間。そこから突然、目の前の世界が違って見える、あの瞬間。今思い出しても、キュウ〜となります。キュウ〜
私たちの内面は絶えず変化していて、その時その時で感じることは違います。
子どもの頃、友達に「今日は遊べないよ」と言われた時はこの世の終わりかと思うくらい悲しかったけど、大人になると「また次回誘うね」で済むように。
「この人がいないと生きていけない」と信じて疑わなかった恋に対して、数年後に「あの時の私は何も見えていなかったな」と紅茶を飲みながらしみじみと懐かしむように。
時間が経って、精神的に大人になった自分が感じ直す作業をするのは当たり前のことに聞こえるかもしれません。でも、意図してできるものではないように感じます。「感じ直す」は、自分が意図しない瞬間に、突然やってくるのです。
風邪をひいて友達に心配してもらった瞬間とか。
台所で玉ねぎを切っている瞬間とか。
本を読んでいて思いがけない言葉に出会った瞬間とか。
山頂でやっほ〜って叫んでる瞬間とか。
ただ、気づいた瞬間とか。
誰かに自分の内面について話している時って(つまり私に相談をしている時って)、普段は閉じている回路が開かれていて、「感じ直す」の瞬間がやってきやすいように思います。開かれた回路で、過去を思い出す出来事や動作や匂いや感覚に出会ったとき、感じ直しはやってきます。
感じ直すことで、過去がまるまると書き換わるようなこともあります。その後に見える世界は3分前のそれとは違う。体も心も違う。自分が別人になった感覚になることさえあります。そんな瞬間って、すごい。キュウ〜となるでしょ。キュウ〜
最近キュウ〜としたので、備忘録として。
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2023年のテーマは洒洒落落。物事にとらわれず、さっぱりと生きたい。そんなハマダのこだわりレスな記事はこちらに収めます。
対話のカケラ(マガジン)
ハマダユイ
ソーシャルワーカー11年目。大学教員をやりながら、相談室バオバブで個別相談を受けている。精神疾患にまつわる悩み事、家族のこと、人間関係のこと、仕事のこと…。いろんな人と一緒に作戦会議を開く毎日。
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