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【声色ききみみずきん】#21 イチローさんの声は、有るべき姿のために闘い続けるサムライの如く

現役生活に終止符を打つと発表された、イチローさん。
今年(2019年)45歳。

イチローさんの凄さは、世界が認めている。会見では「自分には人望がない」とおっしゃっていたけれど、本当にそうだとしたら、こんなに素晴らしいご活躍はなかったはず。

運動をする人の声に多いのは、必要以上に硬い筋肉が付き過ぎて、甲高く不自然な声。それは、声帯周辺の筋肉が硬くなることでノドが圧迫されて、声の自由度が奪われるから。

けれど、イチローさんの声にはそれがない。
声の響きが、とても柔らかくて繊細なのだ。

硬くて重い筋肉ではなく、しなやかで質の良い筋肉に恵まれているのかもしれない。それに180cmの長身だから、声が身体全体に共鳴して音が深い。

きっと、すぐ側で声を聴いていると、声の振動が身体で感じ取れるはず。それは、ゆるぎない「説得力」につながる要素だ。

ただ、奥歯のあたりに強い負荷がかかっているように感じる。もしかしたら、瞬発力を発揮する時に、奥歯を強く噛みしめているのかもしれない。私は、とてつもなく運動が苦手なので、そう推測するしかないのだけれど。

奥歯の強い不可は、人によっては口の開き方に影響し、声がこもったり聴き取りにくい発声になったりする。でも、イチローさんの声にはそれほど強い束縛はない。演技やCMでのナレーションも、巧みで驚かされる。
ずば抜けた身体能力と共に、表現力を持ち合わせている人なのだと思う。かなり柔らかな「色気」も感じる声だ。

若い時の声にあるピリピリとした緊張感が30代後半から薄れて、40代に入ってからは柔らかな雰囲気に変化してきた。ご自分と、濃密に向き合い続けた結果、弱さも痛みも脆さも苦しみも充分に経験し、受け入れることが出来た人の声だ。

それが、何ともいえない「色気」につながっているような気がする。

◆◆◆

お昼ご飯に、奥様のカレーを食べる。
何年も何年も、同じメニューで必ず。

普通、飽きる。でも変えない。

同じDVDを、20回でも30回でも観る。
それも、変えない。

イチローさんは、「変えない」ことを徹底している。

他の選手のバットやグローブには、絶対に触らないのだそう。自分の手に、違う道具の感触が残るのが嫌なのだとか。鋭敏な感覚に驚かされる。そういえば、以前読んだ、古武道の本に書いてあった。同じことを毎日続けていると、かすかな空気の変化にも敏感になると。

きっと、脳が「いつもと何か違う」ということを、キャッチしやすくなるのだと思う。イチローさんの「変えない」という姿勢は、停滞や、硬直とは無縁の、とてつもなく鋭敏な感覚を維持するための、能動的に繰り返す行為なのではないだろうか。

これはもう、武道の達人のよう。

インタビューの音声も、トーンも「変わらない」。感情を露わにすることも滅多にない。タモリさんも、変わらない人だけれど、タモリさんの場合、相手の存在をゆったりと受け入れつつ、自分は変わらない人。

イチローさんは、まず自身の意図する「イチロー像」が明確に存在している感じ。客観的に自分を見据えながら、あるべきイチロー像を徹底的に貫き、変えないことを選択している人だと感じる。

どちらも、スゴイのだけれど。バッターボックスに立っているイチローさんは、美しいサムライのよう。

そんなイチローさんが、プロ野球選手イチローでなくなるのは、奥様や愛犬の前だけなのかもしれない。その声はきっと、感情の起伏も激しく、少年のように無邪気で、開けっぴろげ、かつ繊細で傷付きやすい声なのだろうなと思う。

野球選手としての死が近いことがわかる。 
その時を、出来れば笑って迎えたい

数年前、そう語っていたイチローさん。
これから、草野球を夢中で楽しんでいた幼い頃の感覚に戻って行かれるのだと思う。

引退後、イチローさんの声は、どう変化するのだろう。
きっと、穏やかで優しい声なのだと思う。

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