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【エッセイ・ほろほろ日和13】愛しの勝新太郎さま ② ~そして旅は始まった~

 勝アカデミーの在学期間は、1年。アルバイトに授業にと走り回っているうちに、瞬く間に時は過ぎて行く。私たち2期生も、卒業公演の日を迎えることになった。生徒にとっては、最大のチャンスだ。公演には業界の関係者やプロダクションの人たちが招待されている。もちろん勝新太郎学長も、客席にいる。ここでバッチリよい仕事をして、役者の世界で生きるきっかけを手にしたい。みんな必死だった。

 卒業公演は、既存のテレビや舞台などの台本から印象的なシーンを引っ張り出し、数分ごとにつなぎ合わせたものを次々に演じる。時代劇もあれば、コメディや外国物まである。私も三つほど役をもらい、アタフタと舞台を行き来した。どういうわけか、これが勝さんの目にとまった。
「優秀演技賞」をいただいた上に、ご褒美までいただくことになったのだ。私自身は何が起きているのかしっかり理解出来ていないうちに、あれよあれよと話が進み、秋からの地方巡業に参加することになった。
 聞けば勝新太郎主演の「座頭市」と萬屋錦之助主演の「宮本武蔵」の2本立てで東北地方を1ヶ月かけて巡るというではないか。
な、なんというゼイタク…
 これがご褒美である。ちょっと時代がかっているけれど、こんな面白そうな企画に乗らないわけにはいかない。「座頭市」と「宮本武蔵」… めずらしい… すぐさま、ありがたくお受けした。

「座頭市」の演出は全て勝さんが仕切っている。初日の稽古から、出演者はど肝を抜かれた。相変わらず台本はない。私たちは集められ勝さんからオープニングのシーンの説明を受けた。

 幕が開く。
 そこには荒れた土地が寒々と広がっている。舞台向かって右手に貧しい身なりの農民が、10数名立っている。娘を遊郭に売った親たちだ。左手に娘たちが6~7人。ボロボロの身なりで旅支度をしている。人買いの男が二人、娘たちを品定めするように見て、それぞれの親に金を渡し娘を連れて去っていく。娘たちと入れかわりに、人買いの仲間数人がやって来て農民を惨殺。渡したばかりの金を奪って逃走する。ゴロゴロと死体がころがる中に、ようやく座頭市の登場となる。
「おや…?血の匂いがするねぇ」
 などと言いながら。この短い冒頭のシーンが私の出番だった。売られていく娘のひとりである。

「好きなように演ってごらん」
 勝さんに言われ、芝居の稽古は始まった。親も娘たちもオイオイと泣いて別れを惜しみ、人買いに引きずられ娘たちは花道から去って行った。

「俺がやってみるから」
 と勝さんは人買いを演じている役者を下がらせ最初の立ち位置に全員を戻すと、人買いを演じて見せた。ドキドキした。あまりに格好良くて。悪い奴のはずなのに、姑息な悪人のはずなのに、渋くて素敵すぎる! こんな人買いなら、買われて行くのもいいかもねなどと不謹慎なことを考えながら、夢見心地で稽古場にいた。

 人買いはゆっくり娘たちを値踏みしている。すると勝さんは、突然演出家の顔に戻り、私の隣に並ぶ丸顔でぽっちゃりとしている女の子に向かいこう言った。
「お前はな、売られて行くってことがどう言うことなのか良くわかってないんだな。行けば白いマンマが腹いっぱい食えると言われて来た。白いマンマのことだけ考えていれば良い」
「白いマンマ、白いマンマ」
 とおまじないのように唱えて彼女はうっとりと微笑んだ。観客は彼女の屈託のなさに笑いを誘われるはずだ。だがこの笑顔が、これから起きる悲惨な出来事をより凄惨なものに深める役割をして行くのだ。全てを見通しているようにうなずいて、勝さんは私の前に来た。
「そうだな…お前はちょっと利口なんだな。向こうへ行ったら、どんな生活が待っているかお前は解っている。どうする?」
と、突然そんな… 私は遊郭の暮らしを思い浮かべた。行くも行かぬも地獄だ。
「い、いやだ…行きたくない」
「どうする?」
「いやだ、行かない」
「逃げろ」
「・・・」
 私は「ひゃ!」とか「うきゃ!」とか奇妙な声を上げてあわてて舞台から逃げ出した。緊張と恐怖で足がもつれ、四つんばいになりながら崩れるように逃げた。急に身体がふっわと軽くなった。勝さんの人買いに襟首をつかまれて、舞台の中央に引き戻された。
「ふ、なめた真似しやがって」
 今度は胸ぐらをつかまれ、ぐっと顔を近付けられた。身体が金縛りにあったように動かない。そのまま2、3発張り手をくらい床に叩きつけられて娘たちの列に投げ戻された。周りの娘たちが慌てて私を抱き起こし怯えたように人買いを見た。
 リアルな芝居が出来上がっていた。私は力なく列に並びながら、全身が小刻みに震えていた。嬉しくて叫び出しそうだった。すごい!すごい!!
勝新太郎と一緒に芝居を創っちゃった。興奮して涙がにじんで来る。笑いたいような泣きたいような不思議な気分だった。
 襟首や胸ぐらをつかまれた。叩きつけられた。それなのに、まったく痛くない。勝さんは、リアルでしかも美しく見せるための動作を私に教えてくれた。
「今はまだ無理かもしれないけれど、どういう風に転んだら怪我をしないできちんと見せられるか、勉強しておきなさいよ」
 と言われた。

 メソメソと泣くだけだった農民の親たちは、絶望する者、金を貰ってさもしく喜ぶ者、卑屈になる者とそれぞれが個性をもって生きている人々となり娘たちも、逃げたり、笑ったり怯えたりと豊かな表情を表すようになった。
これが勝新太郎の演出だった。どんな短いシーンでも、人間が人間として生きている。その上、私は「おさわ」という役名まで頂戴し、よろけて泣きながら「おさわ~!」と呼ぶ父親に、花道でくるっと振返り「とっつぁま~!!」と絶叫するセリフまで貰った。

 あぁ、ご褒美!
 ひとことのセリフに命をかけて、私の旅は始まった。


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