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オンライン座談会第1回「私たちはいかにして中止の判断をしたか」

※この記事は、2020年4月15日に当企画公式Webサイトにて公開された記事の再掲となります。

(以下本文)


この記事は、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、公演の中止や延期を決定した3つの若手芸術団体の代表者による、4月10日に行われたオンライン座談会の記録です。今回影響を大きく受けている芸術団体それぞれの現状が共有されると共に、これからの芸術のあり方や組織論、行政への要望について話が展開されました。座談会は当初の予定を大きく超え、2時間に及びましたが、現状をつぶさに記録することが未来への大きな一歩となるという信念のもと、ほぼノーカットでその全貌を掲載いたします。

◆HANA's MELANCHOLY(演劇)
 東京を中心とするシアトリカルユニット。一川華が脚本を、大舘実佐子が演出を務める。設立初年度となる昨年は、『人魚の瞳、海の青』をはじめとし、オリジナル作品3作品を上演。12月には、フランク・ヴェデキント原作『SPRING AWAKENING』を新翻訳した「1982 ドイツver.」と、原作を現代版に翻案した「2020 東京ver.」2バージョンの同時上演を行い話題を呼んだ。
今年度ラインナップの第1弾公演であったステージリーディング公演『ジーンを殺さないで』(5月2日・3日、中野テルプシコールにて)が、新型肺炎の感染拡大を受け延期となった。

HANA'S 写真1

2019年7月『人魚の瞳、海の青』公演時

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2019年12月(『SPRING AWAKENING 2019 東京ver.』公演時)


◆早稲田大学フィルハーモニー管絃楽団(オーケストラ)
 早稲田大学フィルハーモニー管絃楽団は、1979年に創立した学生オーケストラ。早稲田大学を中心に多くの大学の学生が集う。「自分たちのやりたい音楽活動のできるオーケストラ」をモットーに、年2回の定期演奏会を中心として活動している。
 今回延期となったのは、6月8日に予定されていた第82回定期演奏会。振替公演は7月に予定しているが、いまだに先が見えない状況。

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2019.12.25 40周年記念演奏会GP@江東区文化センター

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2019.12.26 40周年記念演奏会@文京シビックホール 大ホール


◆オペラ企画HAMA project (オペラ)
 オペラ企画HAMA projectは、〈学生・ 若手演奏家が中心となったオペラ作り〉と〈小さな劇場ならではの舞台表現〉を理念として2017年秋に始動。愛称は『はまぷろ』。年2回の公演を活動の主軸としており、春にフルオーケストラ伴奏の《本公演》、秋に小規模ながら革新的な表現を目指す《はまぷろGiocoso》を上演している。
今回延期となったのは、4月25日の第三回本公演 歌劇《ドン・ジョヴァンニ》と、5月12日に予定されていたカヴァーキャスト公演。4月の本公演は500人のキャパシティーを予定していた。

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歌劇〈ドン・ジョバンニ〉立ち稽古時

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歌劇〈ドン・ジョバンニ〉オケ稽古時


語り手
HANA's MELANCHOLY様より作家 一川華様、演出家 大舘実左子様
早稲田大学フィルハーモニー管絃楽団様よりインスペクター 芦原里紗様
オペラ企画HAMA projectより代表 竹中梓
聴き手:オペラ企画HAMA projectより岩舩利佳
書記:オペラ企画HAMA projectより吉野良祐
校正:オペラ企画HAMA projectより相馬巧


▶「やりたいという気持ちより優先されるものがある」

岩舩:それでは早速、まずは皆さんの団体で中止・延期した公演について、一連の判断のプロセスを教えてください。

芦原:当団は2月末にコロナ対策チームを立ち上げ、SNSで他のオケ団体の情報を収集したりしました。私たちは大学に所属するオーケストラということもあり、最終的には大学の判断が大きかったですね。延期を決断した一番の理由は、大学からの課外活動中止要請期間が延びていくなかで、団員の安全や十分な練習時間が確保できないことでした。

大舘:私たちはどこかに所属しているわけではないので、大学からの要請などは特になかったのですが、政府や自治体の情報のほか、別の演劇団体の対応、家族など身近な人からの声を参考にしました。私たちの公演は出演者のオーディションを行ったばかりで、当時はまだ稽古やチケット販売が始まっていませんでした。劇場側との話し合いもスムーズに行えたので、比較的早い段階で延期を決めました。

竹中:はまぷろでも早稲フィルさんと同様、コロナ対策チームを設けていました。参加者の一人である医学部学生をチーフとして、医学的な知見や正しい情報を収集することに努めていました。対策チーム主導で2月から3月末にかけて上演の可能性を探っていましたが、出演者・スタッフだけで100人を超える団体ということもあり、お客様の安全確保はもちろんのこと、稽古での関係者の感染リスクを考慮して延期を決めました。

岩舩 延期以外の判断も検討していましたか?例えば、対策を取った上での上演とか。

芦原:はい、検討していました。議論にあたっては、4つの選択肢が挙げられていました。通常通りの実施、無観客上演、延期、そして中止です。とはいえ、お客様を呼んで公演を実施したいという思いが強かったので、無観客上演や中止の選択は考えていませんでした。

一川:演劇界では、アルコール消毒・換気・マスク着用の呼びかけなど、様々な対策を実施しながら作品を上演している劇団を多く見かけました。ですが、対策における明確なマニュアルなどは無く、どんな対策を実施しても感染者を出さないことを保証するまでに至らないように思いました。

竹中:私たちは延期を決めたのが3月末だったんです。それまでは、稽古場での感染を避けるため、様々な対策を取り入れていました。入退室時の手洗いうがいの徹底、物の共有の禁止などです。先ほどの医学生による簡単な講義も行いました。それと並行して、公演を行う場合の対策について医学的なエビデンスを集めたり、他のホールではどうしているか情報収集をしたりと最大限の検討をし、公演実施に向けた議論を進めていました。皆さんと比べると判断にはかなり時間がかかっているかもしれませんね。公演の実施に執着していた理由には、半年以上の準備を経て、ようやく本番が目の前に迫ってきたという追い込みの時期に入っていたからということもあります。

▶「“自粛”ってなんですか?」

岩舩:延期を決断する際に迷いはありましたか?

大舘:私たちは割と判断は早かったと思います。延期という選択肢が出てきてからはすぐに決まりました。HANA'S MELANCHOLYは私と一川の二人で回している団体ということもあり、比較的身軽に動くことができたのだと思います。もちろん、はじめの頃は「規模も小さいし、このまま上演できるのではないか?」という話も出ましたが、稽古がまだ始まっていなかったこと、劇場のキャンセル料を融通していただいたことなど、延期がしやすい状況が揃っていたので、安全第一で延期を決めました。

竹中:私たちは大いに迷いましたね。利用予定の劇場を管轄する自治体から閉館の判断が出たのは4月に入ってからだったんです。当時は会場自体は使えましたし、観劇中の感染リスクは満員電車に乗るリスクに比べると低いことも言われていました。「自粛してください」という政府や都からの“曖昧な”要請に従うことへの葛藤もありました。“自粛”ってなんですか、ってずっと思ってました。「自粛してください」と言われて、「はい、自粛します」と言えるだけの理由がなかなか見つけられなかったんです。

一川:私たちも葛藤はありましたが、自分たちの「やりたい」気持ちよりも優先すべきことがあるという考えが強かったので、そのまま公演を実施しようとはあまり思いませんでした。

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HANA'S MELANCHOLY 11月稽古時

岩舩:芦原さんの団体は、自粛というよりは大学からの要請という形だったんですよね。

芦原:はい、大学からは、2月末に課外活動中止要請がありました。これも要請であって強制力はないのですが……。早稲田大学は全国の大学に先駆けて卒業式や入学式等の中止の判断をしており、サークルへの要請も同様に迅速でした。ただ、私が活動の自粛を決断した最大の理由は、団員に感染者が出たら責任を取れない、という思いがあったからです。会長の先生からいただいた「緊急事態だからやむを得ないだろう」というご意見も参考にしました。しかし一番大きかったのはやはり、団員に何かあってはならないという思いでした。

竹中:私たちはオペラ団体なので合唱団もいるのですが、3月下旬に合唱団の活動でクラスター感染のニュースがあって。そうした報道をみて、やはり自粛せざるを得ないと考え直した節はあります。

岩舩:私、正直はまぷろはやるかなと思ってました。

一同:(笑)

岩舩:中止や延期をしたときのお客様や外部の方からの反応はいかがでしたか?

芦原:
お客様からの反応は特にありませんでした。というのも、チケットの申込開始から間もなく、お客様との金銭的なやりとりがなかったので、ご意見をいただく機会もなかったんです。ただ、延期を公表したとき、6月の公演に対する判断としてはかなり早かったようで、Twitterでは「ついに6月も……」というような反応を見かけました。

大舘:私たちの団体も、チケット発売やメインビジュアルの公開、出演者の発表もまだ行なっていなかったので、それほど大きな反応はありませんでした。役者さんからは、この判断で良かったのではないかという反応をいただきました。

竹中:はまぷろも、お客様の声を直接聞く機会はあまりなかったので本当のところは分からないのですが、自分のまわりでは「仕方がないよね」という反応が大多数でした。「観たかったのに」と言ってくださる方もいましたが、やらないことへの批判は一切なく、いずれもこの状況だから仕方がない、延期先を楽しみにしています、といった反応でした。

▶「私たちの代でできなかったからといって来年に持ち越すことはできない」

岩舩:次からはちょっと将来の話をしたいのですが、次回公演の目途はついていますか?延期先の本番でもいいですし、別の本番でもかまいません。

芦原:延期公演(*1)は7月12日に実施予定なのですが、まだ様子を見ている状況です。私たちが延期にした理由の一つに練習不足への懸念があるのですが、いま早稲田大学から言われている課外活動中止要請期間が5月10日(*2)までなので、その期間が延びたらまた検討しなくてはいけないですね。そうなると、今回の演奏会は「延期」ではなく「中止」になり、12月末の次回定期演奏会が次の本番ということになります。

*1  4月16日付で、該当の公演は中止となりました。
https://wasephil.com/news/3939/



竹中:延期先が7月とおっしゃいましたが、この時期にホールが取れたんですか?

芦原:そうなんです、たまたま土日空いているホールが都内にありまして。空いてるのに気づいたから延期の判断が早くできました。それがなかったらもう少し動きは遅かったかもしれませんね。

岩舩:規模も大きいのに、ラッキーでしたね。

芦原:私たちは4学年130人くらいが所属していて、前回の演奏会には1000名以上のお客様にお越しいただきました。そうした規模のホールが空いていたというのは、本当に運が良かったとしか言えません。もしかしたら、どこかの団体さんがキャンセルしたのかもしれませんね。

竹中:なるほど。

*2 4月14日付で、8月1日まで延長されました。http://www.waseda.jp/student/attention/corona_200414.html



大舘:今回延期になった5月の公演は、今年の12月か来年1月に延期できないかと考えているところです。そのほかに8月10~19日で別の公演も打つ予定でしたが、こちらも上演するかは検討しているところです。この本番も延期になると、その次というのは目処がついていない状態ですね。

竹中:私たちも検討の段階で、まだ公表は出来ていないのですが、延期先は丸々1年遅らせて、来年の3月頃と考えています。ホール抽選がこれからなので具体的な日程は未定ですが、我々は公演の準備をするのに大人数での稽古をしなければいけないというのと、指揮者さんの都合も考えて来年が現実的だと考えています。また、こちらは開催告知もまだだったのですが、毎年秋に行っている9月公演も、1年後の9月に延期することになりそうです。ですから実態としては、2020年にやるはずだった公演をすべて丸1年遅らせる形になります。

岩舩:延期先の公演でメンバーは変わりますか?

大舘:役者さんとも個別にやりとりをしてますが、延期になると他の予定とかぶったり、来年度は就職してしまう方も出てきたりして、やはりそのまま丸ごと同じキャストというのは難しいかもしれません。いまは連絡を待っている状態ですが、全員同キャストで上演をする、というのは難しいと思っています。8割ぐらいは同じキャストで行けるのではないか、というのが所感です。

竹中:私たちの団体も、参加者の中に留学を計画している方がいて、延期先だとドイツにいて出演できない、という話が出ています。「公演の延期」とは言いますが、100%同じメンバーではできないんですよね。その辺の葛藤はあります。早稲フィルさんは人数も多くて学生さんだから、特にそういった話はあるんじゃないですか?

芦原:そうなんです。それに加えて私たちは学生オケなので代替わりがありまして、1年ごとに世代交代をするんです。ですから、1年後だともう私は代表ではなく一つ下の学年の子が代表になっていて、彼らが作りたい音楽を作ることになります。私たちの代でできなかったからといって来年に持ち越すことはできなくて。早稲フィルは1月から12月が運営代の1年なので、どうしても延期公演は12月までに収めなきゃいけないんです。7月にできなかったら、今回の演奏会は「延期」ではなく「中止」することになると思います。

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早稲田大学フィルハーモニー管絃楽団 2019年11月2日 
早稲田祭公演@早稲田大学小野梓記念館


▶「優しい人がいるからこそ、逆に、苦境に陥っている人を追い詰めてしまう」

岩舩:様々な動きがある中で、例えば劇場やホール側だったり、あるいは政府や自治体の動きについてはどう感じますか?

竹中:金銭的な面については、私たちが利用させてもらう劇場では全額返還がありました。そういった意味では、かなり中止や延期の決断はしやすかったと思います。

芦原:私たちもホール代のキャンセル料はかかりませんでした。トレーナーの先生や指揮者さんなどもお呼びしていますが、皆さんのご厚意でスケジュールなども含め柔軟に対応していただきました。

大舘:私たちが使用予定だった劇場も、公演延期の選択肢をくださり、柔軟に対応してくださいました。ただ、すべての劇場がそうというわけではないんですよ。これは別の団体の話ですが、劇場側から半額、あるいは支払い能力があるのなら全額納入してほしいという話が来たという例を知っています。その場合、劇団側は100万円を超える損失を抱えることになります。自粛の選択をしたくてもできない劇団も多いのではないかと感じています。

一川:民間の劇場だからやむを得ないですよね。劇場側も、使用料を支払われなかったら潰れてしまうし……。でも「自粛要請中なのに」「緊急事態宣言が出ているのに」キャンセル料をとるのか、と劇場側に不満の声が上がっているのも事実みたいです。緊急事態だからこそ、きちんと話し合うことが求められると思います。本来、責めるべきは民間に補償しない政府だけど……。

竹中:そうですね。私たちの場合、劇場だけでなく照明業者さんや楽器レンタル会社さんなどもキャンセル料について柔軟な対応をしてくださいました。そういうご厚意に甘えてしまっているけれど、「このお金が入らなかったらこの業者さんたちはどうなってしまうんだろう?」と思うと、とても心苦しいです。

一川:今こそ、助け合いの精神が求められる時期だと思いますが、それがかえって脅迫に使われたり、過度なプレッシャーを人に与えたり、悪循環を生む原因にも大いになり得ると思います。劇場と劇団の責任の押し付け合いとか。責任の所在が曖昧であることで、フラストレーションが各所で溜まっていっているような気がします。

竹中:まさしく私が自粛に対してモヤモヤしているのもそこなんです。「自粛」を「要請」するという言葉が象徴的ですが、言葉によって関係性が曖昧にされている気がします。誰の判断で誰が責任をもつのか、だれが損を背負うのか。そういうところが今ものすごく曖昧になっている。これは芸術団体だけの話じゃなくて、例えばバーの経営者であったりカラオケ店であったり、色んな職業や立場の人に言える話ですよね。それで結局、強い意志があって、優しくて、使命感のある人や会社が損をしていく。しかももうひとつ嫌なのが、そういう優しい人が優しい決断をしているのをいいことに、「こういう判断をした人がいるのにあなたはしないの?」と同調圧力に利用されることです。口実にされてしまう。優しい人が勇気と覚悟を持って我慢することが、苦境に陥っている人を追い詰めてしまうことがある。それが社会の大きな歪みだと思います。


▶「団内の皆にとっては私の判断が『上の判断』になる」

芦原:どんな人も、自分より上の人の判断に頼ってしまうという面があると思うんです。例えば私は早稲フィルの「上の人」ですが、さらに「上」の大学からの要請がなければ、開催是非の判断はずるずる長引いていたと思います。早稲フィルは大学に所属している団体だから、自分たちのすぐ上の存在として「大学」があるので「上の判断」との距離が近いけれど、そうではない皆さんは、上の存在が自治体や国になっているんですよね。だからモヤモヤするのではないかと思いました。

岩舩:なるほど、「ちょっと上の立場の人」が先導して決断を下してくれるというのは、ある種の優しさですね。

芦原:
そうですね。逆に言うと、団内の皆にとっては私の判断が「上の判断」になるので、なるべく明確な判断を心掛けるようにしています。

大舘:私の大学院のゼミの先生は、「こういう時に待っているようじゃダメだ、自分たちで判断ができるようになれ、大舘も団体をやっている立場なんだから、責任をもって、ついてくる人たちが危険に晒されないような道を選べよ」というアドバイスをくれました。私たちのような団体だけでなく、チームをまとめるリーダーはその時々に的確な判断をしなくてはいけないと思います。

竹中:私は去年就職したので普段は会社の一番下っ端として働いているんですが、団体の代表をやっているときと会社の下っ端をやっているときって、全然違う景色が見えてるなぁと思うんです。国や大学、会社などと比べたら小さいコミュニティかもしれないけど、ひとつの組織の長である以上、「上」に対して思う不満は、翻って自分がやらねばならないことなんだ、と思いながら生活しています。早い決断と丁寧なケア、ですね。

芦原:やはり、上の人たちの状況が下の人たちからどう見えているのかが重要だと思います。私はどのメンバーが話し合っているのか、どういう話し合いがなされているのか、ということはみんなから見えるようにしていました。簡単な議事録を流していたのはその一例です。自分が「上」だから、団員のみんながどう思うかというのを先に予測して、適切な判断を下せるよう意識して行動すべきだと考えています。

竹中:どっちつかずの状態が一番フラストレーション溜まりますもんね。

一川:国にもそうなってほしい。(苦笑)


▶「芸術や芸術家というものがいちばん最後に回される」

岩舩:次に、自粛中にできることについてお伺いします。実際に今やっていることや、今後やりたいと思っていることなどあれば、教えてください。

一川:今はひたすらインプットの期間だと思っています。オンライン配信の演劇をいくつか観たのですが、どんなに撮影技術が優れていても、それはもう演劇ではないんですよね。パフォーミングアーツは観客と劇場があってこそ、人間対人間の関係がないと成り立たないと痛感しました。人間対スクリーンには限界がある。新しいオンライン演劇の形を模索している人もたくさん見かけるけど、そこにはあまり興味を持てなくて。今は自分が何かを発信するというより、劇場に帰れる日まで、インプットを増やして準備していきたいと思っています。

大舘:今回のことで本当に、このような事態になったとき、芸術や芸術家というものがいちばん最後に回される立場だということを身をもって感じました。今回だけでなく3.11のときもそうでしたが、現段階での、日本の土壌の限界なんでしょうかね。こういうとき、人を救うのは芸術だという発想に至る人は、普段芸術を生業にしている人ばかりで、無関心な人の方が多いと感じます。芸術が文化として根付いていない。私としては芸術が持つ力を知らしめる機会にもなるだろうなとは思うものの、でも、じゃあ自分たちに何ができるのかというと……。私たちのような小さな団体が何か行動を起こすよりも、星野源さん(*3)が「うちで踊ろう」を発信する方が断然影響力があるし、意味があると思うんですよ。それよりも、家に居ざるを得ない期間をインプットのチャンスだと捉えて、同年代の若手の演劇人といっしょに非公開で古い戯曲を読む会などの知識を蓄積する企画をやって、演劇人が演劇人のために、自分たちのために時間を使う、自分たちの力をつける、そういう時間にあてて、自分たちがやることに意味がある企画を考えていけたら良いと思います。

*3  4月3日に星野源さんが公式Instagramに動画を投稿。同日、これにいち早く反応した三浦大知さんが動画を投稿。その後、星野源さんが公式Twitter・Youtubeにも投稿した。4月12日には安倍晋三首相がSNS上に動画を投稿し、様々な波紋を呼んでいる。



吉野:日本における芸術の土壌という考えには大いに共感します。たしかに、我々のような若い世代だとどうしても影響力がないし、それは仕方がないですよね。しかし、たとえば平田オリザさん(*4)が代表的ですが、彼のような影響力の強い人が積極的に発信しても、その発信に対して世間からものすごく否定的なコメントがついてしまうような状況じゃないですか。影響力があるからこそ発信に尽力していらっしゃるのでしょうが、それがかえって、いかに日本で芸術が不遇であるかというのを浮き彫りにしているというか。あまり平穏な気持ちでみられません。SNSで特に顕著ですが、そうした動きに対して、演劇界隈の方はどのように感じていらっしゃいますか?

*4 平田オリザ「芸術文化は社会インフラ」今途切れると(朝日新聞デジタル)
https://www.asahi.com/articles/ASN3L53J2N3LPTFC003.html


大舘:平田さんのような上の世代の方だけでなく、私たちの一回り上くらいの、30代40代で、いま大劇場でやり始めたような演劇人たちも発信に力を注いでいます。署名活動をして東京都に届ける活動をしている方もいらっしゃいます。でもそれがニュースになると、コメント欄はもう地獄絵図というか。(苦笑)

竹中:野田秀樹さんの発言も袋叩きにあっていましたね。

大舘:そうした現状を見ると、今すぐに何かしようとしても何もできることはない、特効薬はないんじゃないかと感じます。もっと長い時間かけなきゃいけない話なんじゃないか、と。

一川:日本で芸術が不遇である、ということは、芸術家にも責任があると思います。私たち芸術家が国民の興味を引けるほどの活動ができていない、と言い換えられる気がする。例えば、文化産業が日本よりも発達しているヨーロッパ諸国で、果たしてここまで「芸術は後回しだ」という声が国民から出るのか、と。それって、きちんと芸術は生活において価値あるものだと認められている証拠で、日本にはそれがまだないんだと思います。教育の基盤や国民性がそもそも違うから外国と簡単に比べられるものではないとは思うけれど……。日本のアーティストはもっと、国民に芸術の影響力や大切さを知らしめるチャンスを探っていくべきなんじゃないかと。Twitterでの否定的なコメントを見て、そんなことを考えました。

吉野:なるほど。

大舘:たぶん、みんなそれほど演劇に興味がないんですよ。ライブをしている場合じゃない、演劇をしている場合じゃない、と気軽に言えてしまうのは、多くの人にとって、生活にライブや演劇が根付いていないということだと思うんです。生活の中に、ライブハウスに行くというイベントが組み込まれていない。ではなんでそうなっているのかというと、これまで多くの人が自分の人生に影響するほど面白い作品を見てこなかったからなんじゃないかと思うんです。だからこそ、この自粛期間は自分の作品が本当に面白いのか振り返りながら、次に劇場に返ったとき、もっと面白い作品が提供できるようインプットを重ねることが重要だと思っています。

吉野:これは、本当に長い目でやっていくべきことで、私は教育に関わらないといけないのではないかと思っています。今まで面白いものを見てこなかったんじゃないか、という大館さんの発言にも関連しますが、小学校のころの音楽や図工、美術の授業とかって、日本人の文化的な土壌の形成にどれほど寄与しているのかというと、ただ通過してしまっているだけの人が少なくない。それにピンときた人にとってはいい出会いの場だったのかもしれないけれど、多くの人は週に1時間のよくわからない授業、みたいなイメージを持っているんじゃないかと思います。あの1時間をうまく使えると、30年後50年後の日本はもっと豊かな国になるんじゃないかなあ。

大舘:本当にそう思います。ただ、今すぐにどうこうできることではないし、これから時間をかけて向き合うべきことだとも感じます。先ほど、「うちで踊ろう」の話をしましたが、彼がやっていることは芸術に携わる人間にとってプラスになっていると思うんです。芸能人だけでなく、一般の人(*5)が家で演奏したり踊ったり、それを楽しんでいる様子をみせることで、暗い状況から芸術が救い出してくれる、という気づきを得ることができるし、芸術が生活と身近であると実感させてくれる。もちろん、「あ、こういう時に芸術があると生活が明るくなるんだ」と気づける人がどれくらいいるのかは分からないですけど……。これくらい身近にできて、気軽につながれることがSNSの良さであるし、「今」やる意味があることなのではないかと思いますね。

*5  大舘 今色々と良くない話題にもなっていますが。(笑)(4月14日追記)



竹中:星野源さんはSNS時代を象徴していますよね。あれは彼が一人で提供するのではなく、だれでもコラボできる、だれでも参加者になれるという形になっているところが秀逸です。

岩舩:この話だけで座談会できちゃいますね。(笑)

星野源さんInstagramより


▶「あなたと全く同じ目線の人たちが芸術に取り組んでいるんだ」


岩舩:早稲フィルさんでは今どのようなことに取り組んでいますか。

芦原:公演に向けては、個々でできる練習をするしかない状況です。オンラインのアンサンブルもやってみましたが、やっぱり難しいですね。新日本フィルがオンラインアンサンブルでパプリカの動画(*6)をアップして話題になりましたが、自分たちでやろうとするとすごく難しいんです。あの凄さはなかなか伝わりにくいかもしれません。

大舘:私も動画見ました、すごく感動しますよね。

*6  新日本フィルハーモニー交響楽団公式ホームページ

新日本フィルハーモニー交響楽団のパプリカ演奏動画



芦原:あとは私たちは大学サークルなので、今ちょうど新入生が入ってくるシーズンなんです。なので、新歓に力を入れています。Twitterにパートごとのアカウントを立ち上げたり、YouTubeの企画も動きはじめたりと、やはりオンラインの流れが加速しているのが印象的です。

岩舩:竹中さんは、この期間に取り組みたいことはありますか?

竹中:私は、自粛の状況下でも新しい表現やコンテンツを生み出せないか、ということを模索したいと 思っています。もちろん私たちの活動は劇場でやってこそ、というのはありますが、そうじゃなくてもできることはあるのではないか、と。このオンライン座談会もそのひとつです。

岩舩:確かに、世界中でオンラインの風が吹いているといいますか、波が来ている感じはしますね。

竹中:私たちみたいな小さくて知名度もない団体は星野源さんのようにはバズれないけれど、だからこそできることもあるんじゃないかと思うんです。平田オリザさんや野田秀樹さんは影響力があるけれど、影響力があるだけに見る人によっては彼らの発信が「上から目線」に思えてしまう。彼らの発信ももちろん重要ですが、私たちのような団体だからこそ、あなたと全く同じ目線の人たちが芸術に取り組んでいるんだ、というリアリティを伝えられるんじゃないかと思っています。批判している人たちと私たちに何も違いなんてない。同じ「小さき者」だからこそ、伝えられるリアリティがあると信じています。

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オペラ企画HAMA project歌劇〈ドン・ジョバンニ〉稽古時

▶「公演を全部やりきることよりも中止にすることの方がずっと疲れる」

竹中:最後に一つ言いたいんですけど、「自粛」と言うなら、やることを責めないでほしいと思うんですよね。だっておかしくないですか!?

一同:笑

竹中:選択肢があるように見せかけて、実は選べる未来はやめるか、袋叩きにあうかの二択なわけです。それはもう判断を委ねているとか言えなくないか、と。
一川 日本は村八分的な文化があるから「自粛要請」が成り立つんでしょうね。同調圧力文化を利用した方がコスパがいい。本当にずるいと思う。

吉野:政府に「金出すからやめてくれ」といわれるまで公演を打ち続ける、みたいな覚悟を持っている人もいるかもしれないですね。

竹中:本当にそうなんですよ。私は今回本番を延期するという決断を下しましたし、参加者の健康や社会的な責任を考えた上で、その判断はベストだったとは思いますが、でも心のどこかでは延期じゃなくて徹底的に抵抗するべきだったんじゃないか、そういう局面だったんじゃないかっていう思いもあるんです。もちろん、実際にはやらなかったしやれなかったんですけどね。でも、そういう心意気の人はいたと思うし、私の「自粛に従う」という判断が、そういう戦いたい人たちの首を絞めてしまったんだろうなという思いは今も抱えています。

大舘:そうした葛藤は、大きい団体で学生が多いが故のものでもあるんだろうなと感じます。われわれは比較的身軽なんです。所属メンバーという意味では私と一川の二人しかいませんし、役者さんたちも皆さん雇っている形です。稽古が始まれば全員がチームだけど、稽古が始まらなければ関係も始まらないというか。もちろん、私たちが思い悩まなかったといえば嘘になりますが、私たちの場合はまだ始まっていなかったから、判断もしやすかったように思います。

一川:稽古が始まっていて、みんなもやる気でいて、そういう状況で「やらない」という判断をするのは相当なストレスですよね。私の知り合いに劇団を持っている演出家がいるのですが、彼も劇場入りの直前、稽古も佳境の中で中止を決断していました。彼は「公演を全部やりきることよりも中止にすることの方がずっと疲れるということを学んだ」と言っていました。本当にそうだろうなと。

竹中:胃がキリキリしちゃうんですよ。

一川:経済的な事だけじゃなく、精神的なこともそうですよね。想像もできないくらい。


▶「どうすれば彼らに届くんだろう?」

竹中:全然話変わるんですけど、あの、最近お財布の中身が減らないんですよ。

一同:笑

竹中:今まで演劇を観に行ったりコンサートに行ったり、外食とかもそうですけど、いかに「外にでて何かを買う、使う」ということにお金を払っていたのかを痛感します。この春は特に、行きたい芝居や演奏会が多くて。劇団☆新感線とか新国立劇場のオペラ研修所修了公演だったりとか、結構観に行くつもりでたくさんチケット買っていたんです。でも全部払い戻しになって、一気にお財布にお金が返ってきちゃったんですよ。それが一切出ていかない。出ていくべきだった私のお財布にいるお金たちは、どうすれば彼らに届くんだろう?って。

一川:最近、チケットの払い戻しをしなかった購入者を対象に、購入額を寄付とみなして所得控除を受けられるようにするっていうニュースを見ましたよ。(*7)

竹中:それ、私も見ました!その法案はまだ成立はしていないようですが、こういうニュースを聞くと、国の中でも考えてくれている人はいるんだなと思えますね。そうした動きも含め、今後はオンラインのコンテンツでも、お金が流れる仕組みが実現すると良いなと思っています。

*7  チケット払い戻し求めなければ税優遇など 政府支援策(朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASN426SKFN42ULFA00X.html

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