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あたしの人生、人の役に立つか?1

はじめに

はじめまして。
かねさき ゆみです。

数人の友人から、
「ゆみちゃんのその人生は、
きっと人の役に立つよ!!」と
背中を押してくれたので
私の人生録を書いてみようと思います。

普段日記も書かない(続かない)私ですが、
私の人生が誰かの役に立つことを願って
記していきます。
お楽しみください。

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1、夫との華やかな唯一の思い出

15年前のある日。

「ねえ、パパ、住むのどこがいい?」
夫の実家で産後お世話になっていた
私たちはそろそろ自分たちの
住むところを探そうかと考えているところ。

「し~ちゃんもだいぶしっかりしてきたし、
広いところに住めたらいいよね。」
2歳になる一人娘。
人見知りがいまだにあって
なかなかあちこちには出かけられないけど、
本が好きだから、
本棚が置ける家がいいなと
漠然と思っていた。

住んでるところは滋賀県といっても
三重県との県境。

結婚のあいさつをしに来たのが
最初で、そのあとは
あたしの切迫早産で
いきなり 夫の実家で同居開始。

「お義母さん、ごはん作っておきますね。」
と働く義母を朝見送り、
義父と娘の朝ごはんと昼ごはんを
用意する。

けれど、
包丁も使えないわ、
料理の仕方もしらないわ、、、。

義姉さんが実家に来ているとき、
「ゆみちゃん、ラーメンに
もやし載せてくれる?」
と言われ、
「はい♡」と言って
すぐ載せたのはいいけれど、、、。

そのあと義姉さんが、
そっとラーメンからもやしをとって、
茹でるのを見て、

「え~~生で食べれないんだ。」

とこの時初めて知るほど
ひどい状態。


だから、はりきってお義母さんに
「ごはん作るよ。」
と、言ってみたものの
ご飯を作ることは
本当一日仕事。

品数が多い家だから
必死に本を見て、
朝からごはんを作る毎日。

”電子レンジで簡単料理”
と書いてあっても、
一品作るだけでへとへと。

肉をチンしすぎて
真っ黒になったこともあった。
それだけでなく
皿も割れてしまった笑

そんな日も2年も続けば、
それなりにできるようになるというもの。

「やっぱり母は強しだよね!」


そんなことを考えながら
地域の物件を夫と
ポストに入っていたチラシを
見ながらしゃべっていた。


「ねえ、アパートの
賃貸って高くない?
だってさ、このあたり田舎なのに、
ひと月7万からするよ?
どうする?」

「貯金もないしなあ。
どうしようか。」
と話している所に
こんなチラシが。

”家は高い。
私たちには買えない。”

と思っていたから
全く家を買うという発想はなかった。

けれども、チラシはよくできてる。
お金ない若い夫婦でも、
「あれ? 買える?」
と思わせてしまうんだから。

他の夫婦はきっと
色々考えて家を買うと思う。

だって、高いし、
こだわりが欲しいと思うから。

でも、、あたしは正直、
”家を探すのに
疲れちゃったんだよね(-_-;)”

なので、価格がちょうどいいのが
あったから、
「これでいいんじゃない?」と言ったら
なんか知らんけど、
話が進んでその年の12月には
家に住めるようになってたんだよね。

貯金はないから、
頭金なしのフルローン。

あ~~~
若いって恐ろしい、、、。
若いときのあたしに
言ってあげたい。

「ちゃんと考えないけんで!!」

しかもローンを少し多めに借りて、
家具や家電も買っちゃって。
夫なんて、
車まで買っちゃって(-_-;)

捕らぬ狸の皮算用とはよくいったもの。
ちょっと違うか笑

若さと家を買うという
ステータスも得て、

なんというか、、、

まあ、いい時代だった。
というか、良い数年だった、
というべきか、、、、。


自分たちは働いてるし、
体力もあるし、
なんとかなるという
根拠のない自信だよね。

そうとしか思えない笑

こっから、
数年で人生どん底。

「人生下り坂」っていうけど
坂にも程度があるよねw。
今は笑い話になるけど、
まあ、
生きるか死ぬか。

あたしの中では
人生どん底。

なるようにならんときもある、
人生は!

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次回のタイトルは、
「あ、、、あれ?」です。
お楽しみに!



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