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短編小説 ダブルキャノン参観日

蒼太(そうた)が生まれて7年になる。

僕、瓦替煎餅 紀彦(かわらがわりせんべい のりひこ)と2つ下の妻、メガ集(めがあつめ)の息子だ。彼が生まれてから我が家は蒼太中心になり、蒼太のことを考えない日は一日も無かった。

あんなに小さかった蒼太が、もう小学一年生だ。瓦替煎餅家という狭い世界から、小学校という彼のその小さな体では見渡せないほど大きい世界の一員となる。もちろん先生の指示の元の世界ではあるが、その中で彼は今後六年間、どれだけ自分を発揮して、どれだけ自分を育てて行けるのだろう。未来はまだ未確定で、だからこそ面白い。

五月の半ば頃、少しひしゃげた参観日のプリントを蒼太が持ってきてくれた。そうか、もうこんな時期か。

蒼太が寝静まったあと、僕は妻と話をした。何がなんでも休みを取って見に行こう。

参観日はどのような意味でも、子供にとって一大行事だ。子供たちの社会、子供たちの世界に親が来るのである。子供はとても賢く、僕らが思っているよりもずっとずっと大人だ。身長と経験値が大人よりも少しばかりないだけで、知能も価値観も自意識もある。そんな彼らのテリトリーに親が入っていくのは、なんともむず痒いだろう。

そのむず痒さを僕も妻もよく知っている。でも、行くのだ。

当日はよく晴れた。あんなにまばゆかった桜の木はそれ自体が夢だったかのように濃い緑の葉っぱで一回り大きい。

今日僕らが見させてもらう授業は算数だ。

「じゃあ、この問題わかる人いるかな?」

蒼太から聞いていた通り、今話題の芸人さんに少しだけ顔が似ている高身長の担任がにこやかに声を張り上げた。では桜ちゃん、と指されたのは蒼太の三つ左に座っている女の子だ。

彼女はたどたどしい手つきで、その体に見合わない程の大きさの鉄柱を背負う。後ろに重心が来ている用で、肩に埋め込まれたキャノン取り付け部にうまくハマらない。教室の隅にいた、僕より少し年上に見える小綺麗な男性がすこし動揺しているのに気がついた。そうか、彼の娘なのか。

「桜ちゃんを手伝ってあげて!」

担任の一声で周りの子供が動く。その中には蒼太もいた。一人が鉄柱を持ち上げ、一人が取り付け部にうまくドッキングできるように調整をしている。このクラスはみんなが互いのことを思いやれる子達なんだな。みんな自分の息子では無いが、自分の息子に僕よりも関わるかもしれない子達なんて、ほとんど子供のような感覚じゃないか。僕はとても嬉しかった。蒼太は……

蒼太は一歩下がったところにいた。桜ちゃんと取り付けに難儀する他生徒をじっと見ながら。彼はどちらかと言えば体を動かすのが好きでは無い。日がな本ばかり読んで、そんなところが僕に少し似ていてなんだか嬉しくなる。そんな蒼太、思わず立ち上がったけど、できることが無くなっちゃったのかな?よくある事だ。恥ずかしがらず、そのまま座ればいいのに、どうして立ち尽くしているのだろう。

「僕が間違ってるかもだけど、もしかして、左右反対じゃない?」

蒼太が口にした。言われてみると、桜ちゃんの両肩のキャノンの向きが少しおかしい。そうか、蒼太は気がついていたんだ。でも確証が持てなくて、しっかり自分で何度も考えて、みんなが気づつかないように言葉を選んで答えを出したんだ。

こんなこと大人でもできないじゃないか。

桜ちゃんと周りの生徒は少し静止した後、笑いながらキャノンを取り外して、左右正しくつけ直した。次に付け直す時はみんなに紛れて蒼太も手伝っていた。力の入れすぎで顔は赤く息は切れつつある。重いものなんて持てないのに、できる限りことをしてあげたかったんだ。気がつくと僕は泣いていた。

「それじゃあ答えてみよう!りんご六個から三つ食べたら?」

轟音が響く。桜ちゃんのダブルレーザーキャノンが三発放たれた。天高くどこまでも登っていくレーザーと煙。もちろん桜ちゃんのレーザー。でも、ドッキングを手伝ってくれるみんながいなかったら出せなかったレーザー。蒼太がいなかったら、少し横にそれてしまっていたであろうレーザー。土埃にまみれた桜ちゃんのお父さんは、目を真っ赤に腫らして泣いていた。

「僕は蒼太を誇りに思っているよ」

妻に耳打ちした。妻の両肩と両膝のクアトロチェーンソーが嬉しそうに唸ったのだった。

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