転生したけどお前ら腹から声を出せ!

目が覚めたら芝生の上だった。
手元にあるのはPORTERのカバンと、MacBook。名刺とiPhoneも入ってるな。
僕は千葉衛(ちばまもる)。大学でやっていたラグビーサークルのおかげで人一倍の元気があり、それを見込まれて都内ベンチャーの営業をやっている。
昨日は何してたっけ……?カバンを漁ったら下品なピンク色のライターが出てきたことから、三次会はキャバクラだったのだろう。
周りを見回すと一面の原っぱだが、少し向こうに街が見える。藁葺き屋根の建物が多く、電線は1本も見えない。ここは街から少し外れているのか、あまり歩く人は多くない。ニ、三人ほど通りがかったが、揃って俺の事を不思議そうに見ている。これはもしかして、あれか。高校時代にクラスの眼鏡のやつがしきりに口にしてた、異世界転生か。
迷子の線が無いことだけは周りを見てわかる。歴史も何も詳しくない僕から見ても明らかに、時代も人種と僕のいた世界と違うことがわかる。真っ白な肌の色、ありえないほど緑な目の色。何よりも耳が長い。福耳ってことじゃない、上の方が角のように伸びている。
まずは会社に連絡だな、でも携帯は圏外だ。どうにかして連絡をつけたいが、どうにかしようがない。電波で繋がっている我々は電波がないと繋がりが消えてしまう。そもそもここは日本なのか?ここで使えるSiMを買いたいが、そもそも電気が存在しているのか?電柱も電線もないが……
頭を抱えて暫くウンウンと唸っていると、なにやら肩に感触があった。振り返ると、肌が白く耳の長い女性が莞爾とほほえみ口を開いた。
「…………」
え?何か言ったのか?
疑問は向こうにも伝わったらしい。彼女は微笑みを絶やさぬまま首を傾けた。
いやいや、まずは自分から挨拶だ。挨拶は1番最初のコミュニケーションだもんな。自慢じゃないけど僕は声の大きさなら誰にも負けないんだ。この元気な挨拶でお客様の心をゲットして、営業成績も上々だからな。
「申し遅れましてすみません!千葉衛と申します!」
挨拶終わりにすぐ、深く頭を下げた。3秒後、頭をあげると彼女はいなかった。
いや、いた。彼女は僕の足元で、耳から血を流して倒れていたのだ。白い肌がどんどんと青白くなっている。
嘘だろ?思わず肩を揺する。反応はない。
僕に医療の知識は何一つない。何一つないが、それでも分かることはひとつ。これはかなりとんでもない状態だ。彼女を背負うと僕は街に向かって走り出した。
「すみません!誰かいませんか!けが人がいるんです!」
日本語が通じるなんて思ってもいないけど、叫ぶしか無かった。まっ白い形状記憶シャツの背中に、血のどす黒い赤が広がる。血が止まっていない。
しかし誰も出てこない。ひっきりなしにわけわからん言葉を叫んでるやつがいたら、僕なら顔くらい出すけどな。
何度も地面に足をすくわれる。焦っているのもあるが、舗装されていないのだ。舗装されていないにしてもふわふわとしている。
多分飯屋、多分建築業者、多分服屋、多分……イヤホン屋?色々な店の並ぶ商店街を駆け抜けた。
無我夢中で走っていると広場に着いた。広場には人が-この人種が人とは違うのは明確だが人と表記している-いたが、皆、耳から血を流している。
「どうなっているんだ!!!」
背中が冷たい。己の無力さに、この状況の不安感に、苛立ち、大きい声が出る。
叫ぶと同時に、広場で倒れている皆が身体中の穴から血を吹き出した。
「そうか」
理解した。ここの住民がみな声が小さいのも、電気が無さそうなのにイヤホン屋があるのも、耳から血を流すのも。
この世界は、大きな音が出ないのだろう。それゆえ小さい声で話すようになり、それを聞き取る耳も非常に繊細にできている。微かな物音も不快だからか、イヤホンのようなスタイリッシュな耳栓が売れているのかもしれない。
おそらく違うのは声帯と耳だけではないだろう。内臓を含めた全身に強い音への体制がないのではないか。
では、この惨劇は全て……

そこで思考を止めた。赤く染まった広場で、僕は絶望という言葉では表せないほどの絶望を胸に抱き、それから何も発することは出来なかった。

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