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デトロイト・ロック・シティ

どうも。

我流の外科医です。


先日、中野ブロードウェイという商店街を歩いていたら前を歩く2人組のこんな会話が耳を掠めた。

「みるからにじろうしろうとのやつがましましたのんでてじろりあんの俺ら笑っちゃって。お店に迷惑かけんなっつーね」

東京の地盤沈下に少なからず影響を与えていそうなサイズの巨漢2人組である。

人で溢れかえっている東京で他人の会話など聞こえているようで聞こえていないのだが何故かこの会話だけ僕の耳に引っかかった。

ジロウシロウト?

マシマシ?

ジロリアン?

僕は商店街のメインストリートを離れ裏路地にある喫茶店へ向かう。

この奇奇怪怪な言葉の意味を知る為には、最低でも革製の柔らかいソファと引き立てのアメリカンコーヒーが必要だと判断したからだ。

カランコロン

うん。ソファは革製、古そうだが大切に使われてきたのだろうと分かる。店内は静かでマスターも気が良さそうだ。

僕は席を案内される最中にマスターにアメリカンコーヒーを頼む。メニューを見ずにだ。するとマスターは今日はとれたてのフルーツを使ったパイを焼いたんだと僕に言う。それは素敵だ。席に着くと同時にパイもお願いしますと一言。マスターはニッコリと微笑んで厨房に向かう。

リズミカルな会話であった。ジミ・ヘンドリックスがまだ生きていたなら首を縦に振っただろう。

まもなくしてアメリカンコーヒーとパイをマスターが席に持ってきてくれた。  

よし、整った

では先ほどの言葉の意味を知ってやろうじゃないか。

まずはそうだな。おそらくこの会話の核だと
思われる「ジロウシロウト」こいつだろう

スマホで検索をかける

ジロウシロウト。今までに経験の無いフリック入力だった為に少し親指の動きが強張ったがまぁ問題ない。

なるほど。。「ジロウシロウト」とはラーメンの中のジャンルの一つである二郎系ラーメンのお店に初めて来た人をさす言葉のようだ。


二郎系ラーメンとは以下のような食べ物らしい

二郎系は、「ラーメン二郎」に触発されて開発されたという意味で「二郎インスパイア系」と呼ばれることも多い。 二郎系のラーメンは、麺が極太の「わしわし麺」、丼には麺を覆い尽くすほどモヤシ等の野菜が山盛り、そしてニンニクや背脂などのトッピングを任意に選べる、といった要素をおおむね共通の特徴とする。



その後も小一時間調べた結果奴らの会話の解読に成功。要はこういう事になる。

二郎系ラーメンのお店に初めてきたであろうお客(二郎素人)がにんにく、あぶら、野菜のトッピングを多めで頼んでて(マシマシ)
二郎系ラーメン愛好家の俺たち(ジロリアン)からするとお前何やってんのww素人のくせにww残してお店に嫌われとけよwwブヒヒヒwwwwww

なんだろう。なんだろうかこの不快感は。

ラーメンという本来庶民的な食べ物に独自のコミュニティを作り上げて居座っているではないか。

僕たち消費者は食べ物をいただく為に対価を払う。そして対価に応じた飯を提供してもらう。それをウマそうな顔して食う。


ここに差があってはならない。
平等じゃなければ。絶対に。


ここまで知ってしまった以上
僕がやるべき事は決まっている

残りのパイとコーヒーをジロリアンというバケモノへの不快感と一緒に流し込む。

マスターへお礼を言い、最短距離にある二郎系ラーメン屋に急いだ。
きっとこうしてる間にもジロリアンに一般市民が虐殺されている可能性がある。急がないと。


ここか。

古ぼけた外観だが活気を感じる。
看板は黄色と黒の配色。食欲を煽りやがる。

ベルトのバックルを1つだけ緩めた。

そして暖簾をくぐる

席はカウンターのみで8席ほどで内6席は先客がいたのだが、おそらく全員ジロリアンだろう。

席は地面に固定されているタイプだったのだが
奴らは席に座ってはいなかった。

挟まっていた。
席の背もたれとカウンターの間に挟まって食っていた。

動悸が激しくなり冷や汗が止まらなくなる。

しかしここであからさまにジロウシロウトである事が露見するとこいつらにトッピングと間違われて食われてしまうに違いない。

ここでベルトのバックルをもう一つ緩めた。
ほぼ上忍試験の時のロック・リーである。

僕は食券機に向かった。

メニューは至ってシンプル

二郎ラーメン・ミニ二郎ラーメン・米 

この3つのみなのだが、幾多のジロリアンに弄ばれた挙句、ボタンの文字は掠れておりジロリアンの指先の体温で溶け変形していた。ミニ二郎ラーメンを除いて。

ミニ二郎ラーメンのボタンはおそらく開業以来誰1人として触れた事すらないのが推察出来た。

このボタンを押したところでミニ二郎ラーメンの食券は出て来ず、世界中の核が一斉に爆発して地球が粉々になるだけだ。

そんな事は絶対にさせない。

二郎ラーメンのボタンを押して食券を店長と思しき人に渡す。


「トッピング、どうする?」

「全部マシで」


焦りのあまり、ジロリアンが10年二郎系を食べ続けてやっと使い始めるとされる言葉「全部マシ」を口走ってしまった。要はあらゆるトッピングを全て、乗せれるだけ乗せてくれと。トッピングの種類は店によってよりけりの為、この「全部マシ」は危険なのである。


店内のジロリアンたちの動きが一瞬止り、そしてまた狂ったように麺を啜り始めた。奴らは思ったのだろう。

ギャル曽根の隠し子が来た。

この体のサイズ感で「全部マシ」
到底あってはならない事なのだろう。

僕は確実に死地へと自分が歩みを進めている事に気づいた。


ラーメンが来るまでの間、スマホで検索をかける

ジロリアン 弱点

ジロリアン 撃退方法

ジロリアン 逃げ方

ジロリアン 実は優しい

他にも万が一の為に色々と調べたがこれといった文献は一切出てこなかった。

するといよいよ、僕のオーダーが出来上がった。



「はい。にーちゃんお待たせ、二郎全部マシね」


「…ぁ、すんません、ハシゴありますか?」



そんな言葉が思わず漏れてしまった。

反りたつ壁を前に幾度も苦汁を飲んだ山田勝己のあの涙の理由が今ならはっきりと分かる。

おそらくスカイツリーと東京タワーができる前の東京ならこの二郎ラーメンのもやしが東京で一番高い人工物に当たるだろう。

自分はなんてちっぽけな存在なんだろう。自分の悩みなんてこの二郎ラーメンの大きさに比べたらちっぽけなもんじゃないか…ああ、明日母親に電話してみようかな。



周りのジロリアンがチラチラと僕の一挙手一投足に目を光らせている。


ベルトのバックルを全開放した。

ロック・リーならここで血の汗が出始める。



気がついた時、僕は中野ブロードウェイを西へ向かって全走力で走っていた。一口目を食べた記憶は微かにあるが、その後の記憶がすっぽり無かった。ジェイソンボーンと自分が重なる。

でも、生きている。おそらく食べ切ったのか?

ん?背後から異様な気配を感じる。僕は恐る恐る後ろを振り返ると、奴らだ。ジロリアンの群れだ。巨体を揺らしながら僕を追いかけてきている。

商店街の路地へ入る。奴らも出店の商品をぶちまけながら追いかけてくる。

間違いなく、死地である。

23年生きてきて最も鮮明に死を意識した。

限界までこの命を燃やして死ぬなら悔いはない。
そう思い走り続けた。もう後ろは振り返らなかった。


どれほどの時間が経ったのだろう?

行き着いた先は海だった。

とてもとても、綺麗な海だった。


ようやく後ろを振り返ってみる。

数は半数ほどに減っていたがジロリアンがいる。



「ウゥ、ボクラ、ズットサガシテタ、アナタノヨウナヒトヲ、アナタニ、ツイテイキタイ」

澄んだ眼をしている。

「マダ、ウミノムコウニ、タクサンノ、ジロリアン、イル」

「ソイツラ、タスケタイ、アナタナラ、スクエル」


僕は自分を呪った。初めからジロリアンは僕を喰い殺すつもりなんてさらさら無かったのだ。

まだ見ぬ同胞を救いたい。その為にリーダーを、選ばれしリーダーを探していただけだった。



海を見渡すと水平線に太陽が沈みかけている。


「出発は明日だ。まずはインド洋を目指す。」


「ウウォウ!!!リーダー!ワレラノ、リーダー!!!」



僕らの大航海の始まりを知らす狼煙が上がった。




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