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計画無痛分娩の予定が、吸引分娩+圧出法になった話

It Don't Mean a Thing, If It Ain't Got That Swing.
(スウィングしなけりゃ意味がない)

妊娠38週目、私は分娩台でうめいていた。無痛なのに?なぜ?

確かに無痛の麻酔は入れてもらった。背中にドンと重い針で麻酔を入れた。しかし、医師の「無痛止めましょう」という言葉を聞いてから、自動で落とされる麻酔は止められていた。そして、オキシトシンを入れて促進し、どこが痛いのかもわからない(お腹?腰?尻?)下半身を内側から無理矢理ひっくり返されているような、おぞましい陣痛に戻っていた。

痛いけど、このまま産めるなら耐えられそうだった。終わるための痛みなら道理に合っているし、納得できる。

しかし、いまは“待機”の状態だった。このまま産めるなんて誰も言ってくれない。

It Don't Mean a Thing, If It Ain't Got That Swing.
(スウィングしなけりゃ意味がない)

Ella Fitzgerald / Sings The Duke Ellington Songbook

最近はあまり聴かなくなったジャズ。だけど、なんとなくそのときはエラ・フィッツジェラルドの声が頭のなかに響いていた。Doo wah, doo wah, doo wah, doo wah, doo wah, doo wah…
無痛を希望してるのに“麻酔しなけりゃ意味がない”。しかも、オキシトシン入れて陣痛を促進するって、想像していたのと全く逆のことをやるんですね。段取り悪すぎ、クソが。

っていうか、そもそもどうしてこうなった?

いまから約7時間前(朝9時頃)

うぅ、お腹痛いな。結構、本気だよこれは。
呑気に朝ランから帰ってきた家人は汗まみれで驚いている。「だ、大丈夫…?」はっきり言って陣痛かどうかなんてわかんないけど、とにかく痛いからこれは電話したほうがいい。

痛みの波の合間に産院へ電話。

「もしもし?お腹痛いです。痛みの波が結構きてます」
「どこが痛いですか?」
「お腹が痛いのです」
「お腹のどこが痛いですか?」
「お腹の下とかぁ、フウ、あとお尻とか、腰?フウ。あ!ちょっと待ってください。(痛みがきた)フウ。あの、どうすれば…」
「多分、前駆陣痛ですね。今来てもらっても引いちゃうこともあるし。本陣痛ではこんなふうに普通に話せないと思います。いまは食事したり、シャワー浴びてもらって、まだ痛かったら電話してください」

電話を切ってから、絶望。これでまだまだって、私耐えられるかな。家人の手にはテニスボールが握られている。このテニスボールをどう使うかも知らないくせに。

テニスボール、結局使わず。

その3時間後(正午頃)

電話から3時間後、私の痛みはピークを迎えようとしていた。ゔゔゔゔゔゔゔゔ。
横になっているのは痛すぎて無理。硬めの椅子に座って、膝に手を押し当てて耐えていた。ゔゔゔゔゔゔゔゔ。あ、おしるし。家人は「も、もう一回、電話してみようよ」と言う。しかし、お昼ごはんやシャワーと言われてるってことは、まだでしょって感じだった。むしろ、「初産の人は大げさなんですよね」と言わんばかりの口調。まあ、病院も忙しいだろうし産まれない人を迎えるのは極力避けたいのもわかるう。うう。ゔゔゔ。でも、もはや座っても無理になってきた。

最終的に私が選んだポーズは立って壁を押すというポーズ。相撲の中でも全ての基本となる『押し出し』だ。やや腰を落とし、足をふんばりながら壁を押す。

そもそも自宅では、体勢の選択肢がなかった。

今考えると、陣痛ってつかまったり力を入れるところがないとツライ。まだ、と言われたせいでまた電話することはかなり躊躇していた。しかし、今のこの状態があとどれくらい耐えられそうか考えてみたら、判断は早かった。もう耐えられないよ。

「もしもし?さっき電話した者ですが、やはりだいぶ痛いです。おしるし的なものもありました」
「ずっと痛いですか」
「はい。(だから電話してんだろ)」
「どこが痛いですか」
「下半身全体です(いいから早くしろ)」
「来てもらって、引いちゃったら帰ってもらうことになるかもしれませんよ」
「それでもいいです」

ここらへんからあまり記憶がない。陣痛タクシーを家人が手配しマンションの前に着いたものの、タクシーに乗るまでに痛みがあり変なポーズで立ち止まったりしていた。病院はすぐなのでタクシーの乗車時間は15分かからないくらい。病院についたらタクシーから転げ落ちた。

運転手さんもあたふた。

このときの痛みはすごかった。外では恥ずかしすぎるけど、もうどうしようもない。病院の目の前にあるポストにしがみついて何もできなかった。

つかまるところがない

すごい構図だったと思う。真っ赤なポストに妊婦が真っ赤な顔してしがみついているのだ。っていうか、なんかもう出そう…ううう…ゔゔゔ!

14時に産科に入ってから、一刻も早く医療行為をしてもらいたかったので、人目も気にせず自分から全裸になっていた。笑える。そこで初めて子宮口がどれだけ開いているか見てもらう。7cm、、、8cm

!!!!???

約2時間前(14時頃)分娩台へGO!GO!GO!

もうずっと痛いんだけど、すごい人数のひとたちがウロウロしてて、入院の手続きや荷物を運んだりしながら、私が痛がっていると全員で「フウー、フウー」と言っていた。そんなこと言われたってできやしないよ。ばか。

っていうか、無痛は?!
と思ったら、無痛の準備が始まっていた。やっと麻酔師が来た。背中を丸めて打つのだが、陣痛がきていると背中を丸めるってことができない。何回かやり直される。麻酔の注射は結構ズンっと響くような痛みがあってのけぞってしまう。お尻を突き出して、と言われても陣痛がくると無理。タイミングを探すが、もうやっちゃえ!みたいな感じになっていたと思う。

やがて…麻酔は徐々に効いていた。痛みがなくなると、ケロッとして「はあ〜痛かったー」なんて笑顔で感想まで言ってる。もうあの痛みはなくなったんだ、と思うと晴れやかだった。写真撮ったり、余裕かましていた。

本当の地獄

15時過ぎに子宮口全開大。痛みはなく余裕。ピース。でも、助産師さんは真面目な顔つきで「子宮口全開大からはあまり時間をかけずに産まれることが理想」という。このときは言われていることの意味がよくわからなかった。なんか、テンションが低いな。先生もいないしまだなのかな。

「ちょっと、いきむ練習しましょう」
「ハイ」
「足立てられますか?」
「ハイ…あれ?」

???足に力が入らない。足がふらふらして、パタンと倒れてしまう。

「足に力が入らなくて、立てられません」
「先生に相談しますので、ちょっと待っててください」

助産師さんはそう言っていなくなった。痛くはないけど、こんなに足がクネクネしているってことは麻酔の入り方(効き方)に問題があるのかな。そんなふうに思ったりするけど、痛くないからこのままがいいなと呑気に思っていた。もちろん、初めての出産で「産む」行為に関する知識が乏しいので、ぜったいに怒責が必要だなんて知らなかった。ていうか、怒責って言われても漢字変換もされなかった。

助産師さんは戻ってきて「とりあえず、いきむ練習しましょう」という。つかまっても足に力が入らない。痛くないから、今は冷静になって現状を確認してみよう。

  • 子宮口全開大

  • 破水はまだ

  • 麻酔のため痛みなし、足に力入らず

  • いきめない

  • 先生いない(助産師さんひとりだけ)

  • 先生に相談ってなにを?

助産師さんが先生に相談したことで、医師(先生)はやってきた。その医師とは初対面(大きめの病院なので)。
彼は言った。

「麻酔止めましょう」……麻酔しなけりゃ意味がない

!!!!?????
簡単にいえば「怒責ができないと産めない」ということだ。麻酔が効きすぎて怒責ができないなら、麻酔を止めるしかない。確かに。選択肢はないようだった。麻酔を止める指示を出した医師は再び立ち去った。

それから徐々に痛みは戻ってきて破水もし、最高の盛り上がりのライブ会場のように熱くなっていた。ゔゔゔゔゔゔゔゔ!

ここからが冒頭、というわけである。ゔゔゔゔゔゔゔゔ!Doo wah, doo wah, doo wah, doo wah, doo wah, doo wah…
It Don't Mean a Thing, If It Ain't Got That Swing.

医師がやってきたので私は期待と哀願を込めて彼を見た。早く…!
彼は言った。

「吸引分娩の準備をします。それがダメだったら帝王切開になりますので今から応援を呼びます」

え?これから準備すんのかよ。早くしろ。日曜の夜で休んでいるだろうけど早く呼んでくれよ…。

こちらに仕切る権利がない、受け身で物事が進んでいくことがつらかった。全体を見通したかった。と思っても選択肢も権利もないので仕方ない。

このあたりから、横向きになって掴まっている体勢になっていた。
もう時間の感覚はなかった。吐き気があった。眠りたかった。

気がつくと応援で呼ばれた医師が来ていた。内診するとすぐそこまで降りてきているから大丈夫そう、とのこと。但しこれから上から思いっきりお腹を押すので、がんばって怒責かけてほしいと。

「結構な力で押すので、負けないくらいの力でがんばって」

医師がそう言った。気がつくと、周りには大勢の人が集まっていてみんながんばってと言っていた。ここでもまた「選択肢ないな…」と思った。そのあとは無我夢中だった。

気がついたら産まれていた!!

会陰を切開していることも、子が出てきている感覚もなかった。会陰を縫う痛みもなく……なぜか、気分は超ハイ!!!!
お腹の上に子が乗っても、子の泣き声を聞いてもあまりピンと来なくて、とにかくお産が終わった達成感でハイテンションだった。

よく、「フルマラソンを走り切るくらいの大変さ」とか言うけど、それは大変さではなく「フルマラソン走り切るくらいの達成感」を得られるのだと思う。やり切った感がすごかった。仕事でも超大型案件を取り扱うとこのくらいの達成感や満足度はあるのではないかな。

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