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小説 雨は降り続く #4

5月YY日

数日前から予報でしきりに言っていた通り、今日は雨が止んだ。

雨が止む日は決まって、前の日の夜から大忙しになるんだ。今回は一か月半ぶりに雨が1時間以上止むらしく、降雨予報によると最長6時間は止むとか言っていた。

お袋は昨日の夜から掃除と洗濯の準備に余念がない。親父は工事の準備をする為に明け方から現場に行かなきゃいけないらしく、昨日の夜は早々に寝てた。
慣れてはきたけど、昔で言うところのストームが来る前の、よく分からないワクワク感にどこか似ている。

朝、いつもの時間に起きると、まだ少し雨が残っていた。昨日の予報だと、もう上がってるはずだった。

お袋は僕らの朝食の準備をしながら、しきりに空の様子を見ていた。予報を信じてパートも休んじゃったのも、気を揉んでいる理由なのかも知れない。僕ら兄弟はいつものように朝食を食べて、学校に行く準備をしていた。

ディーノも僕も、本当は学校に行く気なんて今日は無いんだ。雨が止んだらどうせ学校が休校になるし。僕らはお袋と同じく空の様子を眺めながら、準備っぽいことをグズグズとしていた。

その点エランはある意味凄い。臨時休校になると決めつけて、朝早くからTシャツとミニスカートの姿で、レインコートも持たずに友達と遊びに行ってしまった。

暫くして、やっと雨が止んでくれた。その瞬間に止まっていた時計が動き出したかのように、街の様子は一変した。殆どの家で洗濯物が外に干され、窓が開け放たれて掃除機の音が鳴り響く。この機会を逃すまいと、うちのお袋みたいに、みんな前の日から準備していたんだ。

親父が明け方出掛けて行った現場でも、道路の補修工事が始まったはずだ。短い時間に一気に片を付けないと、また雨が止むのを待ち続けなければいけない。雨の降り方によっては、せっかく直したところがまた壊れてしまう。

だから、この日のために親父たちはいっぱい準備をして、いつも雨が上がるのを待っているんだ。それでも、直すよりも壊れちゃう方が全然多いって親父はよく愚痴る。

子供たちは学校に行かずそれぞれ公園なんかに遊びに行く。少しでも紫外線を浴びて、ビタミンDを生成するために。本来は日光を浴びなきゃいけないらしいけど、出ないんだから仕方がない一応、補助になるような照明の照射を受けてはいるけど、やっぱり自然のものが一番らしい。まあ、分厚い雲があるから、僕らに届く量は大したこと無いらしいけど。

学校が休みになるのも、この時間を作るためらしい。まあ、学校に行かせて校庭に出る時間を作ればいいようなもんだけど、親父が言うには、それだと先生たちが雨上がりの掃除とか洗濯ができないからってクレームが出たとか。
僕らはまだ気持ち的に休むことに慣れていないけど、エランたちの世代はもう、雨が止めばお休みが当たり前だと思ってる。ジェネレーションギャップなのかな…。

ディーノは空の様子を確認すると、早速彼女に電話してどこかに出掛けてしまった。
僕も特に当てがあるわけではないけど、街に繰り出してぶらぶらすることにした。どうせ暫くすればアイツから電話で呼び出されるだろうって思っていたので、リュックに荷物を詰め込んで。いつもは味気ない長靴だけど、久しぶりにどの靴を履こうかなって下駄箱で少し悩んだ。別にデートでもないのにね。

お袋が慌ただしく掃除をする家を出て、隣町の公園の方に歩いてみた。近所の空地では小さな子供たちが鬼ごっこみたいなことをしていた。

確か、ここには新しく家が建つ予定だったと思うんだけど、いつの間にか空地になっていた。
降り続く雨のせいで工事ができなくて、結局家を建てるのを諦める人がたくさん居るって親父が言ってたっけ。どこかのお金持ちみたいに、でっかいテントみたいなのを先に張ってから家を建てることができる人は、ほんの一握りだけだしね。

そのうち、イオから電話が掛かってきた。やっぱりね、と思いながら電話に出ると、これまた予想通りにイオの家の近くにある公園に、いつもの準備をして来いと。
はいはいと答えつつ、そのまま隣町に住むイオの、自宅近くにある公園を目指して歩き続けた。

川の氾濫区域を仕切るフェンス沿いに歩いて公園が見えると、イオはもう来ていて、手にグローブをはめて僕を待ち構えていた。雨が止むと、イオは決まってキャッチボールをするために、僕をこの公園に呼び出す。

公園に着くと、僕はリュックからグローブを出して軽く肩を回す。小さい頃はイオと同じチームで野球をやっていたけど、僕は途中でバスケに乗り換えたから、イオとキャッチボールをすると、結構あとで肩が張ったりする。

幼い頃から野球一筋だったイオのボールは、僕が一緒にやっていたあの頃と比べて格段に重い。それは、彼の日頃の練習の積み重ねもあるけど、彼の野球に対する想いが一杯乗ったボールだから、僕の左腕にも心にも重く響いてくるんだ。

普段は派手なコートを着て、軽いイメージのイオだけど、そんな彼のキャッチボールの相手をするべきなのは、ホントは僕じゃないんだ。
さっき通ってきた川の氾濫区域を仕切るフェンスの向こう側に、たくさんの人が住んでいた。そんな中に、イオがずっとバッテリーを組んでいたキャッチャーもいたんだ。

彼は、去年の冬、何日も激しい雨が続いたある日に、川の氾濫に飲み込まれた。ちょうど学校の帰り時間が遅くなり、氾濫が酷くなった時間帯とぶつかってしまったらしい。

イオのために僕ができる事なんて、代わりにイオのキャッチボールの相手をすることぐらいしかなかった。最初は僕から誘ったけど、そのうちイオが自分から僕をキャッチボールに誘うようになった。

初めてイオの方から誘ってくれた時、僕はホッとしてちょっと泣いたけど、その事はイオには絶対言えないな。
だから、雨が上がったらこの公園に必ず寄るよ。僕を待ってくれてるヤツがいるからね。

そろそろお腹空いたーなんて言いながらキャッチボールを続けていたお昼前、再び雨が降り出した。降雨予報では弱い雨って言ったけど、結構強く降ってきた。

僕らは慌ててイオの家に戻り、二人で昼ご飯を作って食べながら、雨が弱まるのを待ってた。なのに全然弱くならなくて、結局強い雨の中を帰ることにした。

イオの家を出て、速足で家に帰る。ただ、イオがどうしてもって言うから、氾濫区域から離れたルートで帰ることにした。遠回りになるけど、イオの気持ちを思うと、それも仕方ないかな。

速足で歩きながら、親父の工事は無事に終わったかなとか、エランは雨に濡れずに帰ってこれたかなとか、お袋はちゃんと洗濯物取り込めたかなとか、いろんなことを考えてた。
あ、ディーノのことは全然考えなかったな。まあ、勝手にやってくれればいいさ。

結局、朝8時ぐらいから12時前までの4時間弱が僕らの時間だった。そこからは、またいつもの雨の時間だ。

今日みたいに雨が上がった日、僕はいつもこうしてずぶ濡れで家に帰るんだ。
だって、レインコート姿じゃなくて普通の服を着て、長靴じゃなくて普通の靴を履いて出掛けたんだ。最後まで普通のままで通したいって思うんだ。

普通の生活を忘れないためにもね。

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