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執事と私

夏目漱石の『夢十夜』以外はすべてどうでもいいと言われる、睡眠中に見る方の『他人の夢の話』。でも絶対に忘れたくない夢を見たので書いておきたいし聞いてほしい。

夢の中で私はどこかの城に住む令嬢だった。英国だと思う。でも中身は私なので、教養もないしマナーも知らない。ドレスの着方が分からないし、挨拶の言葉すら出てこない。日本人だし英語分かんないし。
そんな私が何かのパーティーに出席することになり、慌てたのは私より周りの人々。下手を打ったら名家の一大事だし、自分の首もサクッと飛ぶ。このポンコツ令嬢なんとかせなあかんと大騒ぎになったので、私も慣れない世界に馴染まなければと努力した。ちゃんとドレスを着て、ダンスも習って、政治の話も出来るようにして。だがそんなふうに夢の中で何かに追われ始めると、これって夢なんじゃ?と気付く瞬間が必ず来る。
そこを捕まえて目醒めようとしたその時、執事が現れた。黒いタキシードに金鎖の懐中時計、白い手袋、靴はピカピカに磨き込まれ、そりゃもう一分の隙もない執事っぷり。極め付けは、ご丁寧にモノクルまで掛けたその人が、ピーター・オトゥールだったことだ。
彼は物腰柔らかに近付くと、よく努力されました、素晴らしい、というようなことを言いながら、私をふわっと抱きしめてくれたのだ。執事と令嬢でそれはないとは分かるが、そこはまあ夢だ。その称賛のハグで報われた私は、起きるのちょっと止めよう、もう少しここにいようと、夢に意識を戻そうとした。
だが悲しいかな、一旦夢であることに気付くと、あとは目醒めるしかなかった。
目を開けると当然そこは英国式の城ではなく、メイド達もピーター・オトゥールもいなかった。いつもの部屋、夏の暑い朝だ。
今日も猛暑かよ呪うぞと令嬢は思わなさそうなことを思いながら起き出し、洗濯やら朝食の支度やら、令嬢はしないであろう家事をしながら、そういやパーティーどうなったのかなとふと思った。私が急にいなくなって大変なことになっていないといいのだが。
状況よく分からないし周囲とも上手く行かないし、あまり楽しい夢ではなかったが、努力が報われたのはとても良かった。またあの執事に会えるなら、知らない世界で必死に頑張るのも悪くない。本当にそう思える、夢みたいな夢だった。

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