「狗」Ch.6 by Priest（翻訳）

・晋江文学城で無料公開されているPriest先生の非公式翻訳です。
・誤訳、意訳あります。心理学的要素は原文ママです。
・刺激の強い内容が含まれていますので、苦手な方は自衛ください。また、一部省略しています。

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第6章

　陸翊はしばらく陳萍の家の中をふらふらと歩いていた。

　「賃貸マンションだと、タンス以外の家具は基本は移動可能で――タンスは全体の雰囲気に合わないから、おそらく大家さんか前の入居者が置いていったのかな。だとしても独身女性にしては明らかに経済レベルに合わないし、職場からも遠いこの場所をなんでわざわざ借りたんだろう？」

　高いうえに、あまりに不便だ……
　「趙立書がバカで金があるからか？」
　陸翊の後ろを歩いていた黎永皓が尋ねた。

　「いや、もっと他の理由があると思う」
　陸翊が寝室のドアを押し開けると、中には床から天井までの大きな窓があった。透明な窓で採光も抜群だ。とてもユニークなコラージュが壁に貼られている。陸翊は壁に張り付いてじっくり観察し、ふと眉をひそめた。
　「ふうん、面白いなあ」

　黎永皓は呆れてどうしようもなくなった。
　「なあ、宝貝儿ちゃんよ。お前が今にも死にそうだからって、話まで死にそうにする必要ないんだが？」※

　陸翊は眼鏡のレンズの奥から冷ややかな視線を送った。
　「精神分析には『箱庭療法』という治療方法があるんだ。通常、患者を大きな砂場の前に連れてきて、さまざまなおもちゃの模型を選ばせ、治療者がその作品を通して心理的な投影を分析する――精神分析は飛び道具と大差ないもんだと思ってたけど、理論はやっぱり参考になるな。例えば、心理学では、右側は内容意識が、左側は潜在意識が支配していると考えられる（※）。陳萍のこのコラージュは、右上から左下へ順番に自分で手貼りしたもので、ここから見えるのは低空飛行と葛藤だ。彼女は自分に自信がなく、自尊心も低い。一連の風景写真では、基本的に晴れの日が少なく、特に左下に向かっては陰鬱な雰囲気が非常に目立っていて、最後は黄昏のジャングルの奥深くで絡み合う木々の枝で終わる......」

　　「陰鬱なカオス？」※
　黎永皓は彼の長ったらしい話から少しでも有益な情報を引き出そうと苦心した。
　「最近よく言われる......反社会的なものか？」
　「うーんと、だいぶ違う」
　陸翊は身をかがめ、右下の数枚の写真を注意深く見ながら、他の人に聞こえるか聞こえないかも気にせずにほとんど独り言のように続けた。
　「反社会型人格障害は、9つの人格タイプのうち『保護者』の人格が極端に現れやすい。冷たく、無感情で、多少の暴力傾向があり......だけど陳萍の心理傾向は依存と現実逃避にあって、臆病ですらもある」

　黎永皓は眉をひそめ、ポケットから小さなメモ帳を取り出して陸翊の言葉を綴った。
　「それから？」
　「さっきの服もすごく変だった」
　陸翊が言った。

　「サイコ殺人鬼の多くは、被害者の持ち物を回収する習慣があるって言うだろ？どこが変なんだ？」
　「あれは『戦利品』 じゃない......バスルームは玄関近くにあって、彼女は服をきれいに畳んで玄関に置いていた。『玄関』は家の間取りでは非常に特別な場所なんだ。それは公共の空間からプライベート空間へと変わる場所で、普通、宅配の人がここに物を置くだろう？通常、人は心の中で、純粋なプライベートな領域としてそれを考慮していない。なのに陳萍はこの中にきちんと畳まれた被害者の服を置いていた。彼女が......服を洗って、人に返そうとしているような気がしないか？」

　黎永皓はペンを置き、無力な顔で肩を落とした。
　「なあ、兄弟。これは殺人事件なんだから、ふざけないでくれ。殺した人の服を洗って返す？正気か？」

　「もちろん彼女はそんなクレイジーなことはしない。つまりそれは裏の欲求かもしれない」
　陸翊はそう言うと、突然顔をしかめた。
　「やっぱりおかしい。彼女はあんなことができる人間じゃはないはずなんだ」
　「彼女はコロシだけじゃなく、今度は死体遺棄の可能性があると思うんだが――それについて何かご意見は？」
　陸翊はきっぱり言った。
　「死体を捨てるならこの辺りじゃない。ましてや全く知らない場所でもない。彼女にとって、馴染みがあって、かつ、家から十分に離れていて、安心感がある場所のはずだ」
　黎永皓は目を細めた。
　「勤務先の近くとか？」

　陸翊はまた考え込んだ。否定はしなかったが、返答もしなかった。
　黎永皓はすぐに声を張り上げた。
　「趙立書の会社があるオフィスビルの周辺、特に大型廃棄物処理場と水のあるところだ。早く捜索しろ！」

　趙立書の会社の裏口から200メートルほどのところに、人工の大きな池のある公園があった。週末に時々賑う程度で、平日はあまり人がいない。 陸翊の指示は正確で、陳萍も容易に見つかり、捜索開始から逮捕まで20分もかからなかった。
　実際、この犯人のストレス耐性は非常に弱かった。 何台ものパトカーが停まり、警官が車のドアから一歩踏み出す前には、陳萍自身はすでに倒れていたのだ。
　大きなストレスによってパニックと混乱に陥り、瞳孔は散開し、鼓動は激しく波打ち、逃げようとも抵抗しようともせず、頭を抱え、ゆっくりとその場にしゃがみ込んでしまっただ。
　陸翊は指を伸ばして黎永皓の肩をつついた。
　「なあ、彼女の動きを見て」
　黎永皓は小突かれた力強さに鳥肌が立ち、首を傾げて「何をだ？」と聞き返した。

　「手のひらで顔を押さえてるだろう？まるで子供が手を汚した時みたいに、指を大きく広げてる。あれは強い罪悪感があり、精神状態も非常に不安定だ。これは子供が隠れてしまいたいときの神経質な仕草なんだ。こんな彼女がどうやって七、八歳の男の子を、知らず知らずのうちに母親の目の前から連れ去る事ができる？」

　黎永皓は顔をしかめながら、車のドアを押し開けて降り、同僚にこう言った。
　「まず女に手錠だ。残りは池をさらう方法を見つけろ。彼女が遺棄してからそんなに時間は経っていないはずだ」
　そう言うと彼は少し身をかがめ、半分閉めた車の窓越しに陸翊に言った。
　「決定的な証拠が見つからなければ、とりあえずお前の疑惑に賛成だな」

　陸翊の眼鏡のレンズはきらりと光り、車の中で動かずに座っていた。

　この小さな公園は特に大きな金をかけたわけでもなく、人工池もそう深くはない。30分もしないうちに、警察は三重に包まれた黒いビニール袋を引き揚げた。

　黎永皓はしゃがんで、すぐそばのパトカーに座っている陸翊を見上げ、手袋をはめてビニール袋を開けた。

　（中略）

　一緒にいた法医学者はすぐに小走りでやってきて、しばらくしてから言った。
　「人の可能性が高い。さらに検査が必要ですが」
　「それなら、他に言うことはねえな」
　 黎永皓は立ち上がって手を振りながら、「持って行け！」と指示した。