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月と眠り、星を拾う

目次

 流れる小川のすぐそばで、一人の少年が猫のように丸まっている。ほとんど眠っていたのだろう彼は、誰かが草の上を歩いてこちらへ近付いてくる音を拾い、それによって重たい瞼を少し持ち上げた。
「こんなところで寝ていると、風邪をひきますよ、ニケ」
 そう声をかけられて少年はむくりと身体を起こして、まなこにぼんやりとした光を宿して青い地面に座り直す。そして不安定にゆらゆらと頭を揺らしながら、自分に声をかけた女性の方へ顔を向けた。まだ眠ったままなのだろう、彼女と少年の視線はかち合わない。
「……んー……待って、るんだ……」
「待ってる?……何を、ですか」
「夜、を」
 そう小さく呟くと、少年は小川の方を指さした。まだ薄ぼんやりとしか姿を現していない月は、水面を輝かせる力をもっていない。その淡い月と微睡む少年の姿がふと、重なる。彼らは今、全く似たもの同士だった。彼女はひっそりと微笑んで少年の眠たげな横顔を眺めた。
 ……それから長い間二人で沈黙を守っていれば、不意に少年が顔を上げ、それから困ったように笑いながら空を見上げた。
「……自分、寝ていましたね」
「ええ……ばっちり」
「ははっ、ごめんなさい。でも……待った甲斐があったようです」
 少年が現れた月を指差し、そこから放たれる白い光を追うようにして、今度は小川の水面を指差した。二人が小川に近付くと、月の光に水面が揺れている。その奥で、星のように煌めく幾つかの光を見た。
「どうやら、光に照らされると自らもその光によって輝く石……みたいです。自分にはとても、綺麗なものに見えますが……それはたぶん、たくさん待ったから、なのでしょう。どうですか、綺麗、ですか?……綺麗に見えてるといいな。一緒に待ってもらったから」
 少年は小川の中に両手を突っ込み、その光を掬い上げる。それを隣で共に夜を待っていてくれた人の手のひらに乗せると、月の光に目覚めたその瞳を細めて、笑った。
「……自分は待つ時間も、好きなんです。何かを待っている間は、時間がゆっくり流れるようで、それがもどかしくて……でもそれって、もしかしてすごく不思議なことで、美しいことなのかもって、思ったりして。何というか……おれって、夢見たがりなのかも、でありますね――」


20160822
シリーズ:『仔犬日記』〈ドッグ・イヤー〉
※ユリさん(@AL3910xx)をお借りしました!

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