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雨は踊り、花は揺れる、ならば声は

目次

 傘の上では音が踊っている。
 灰色を雲に混ぜ込んだ空を見上げながら、その雲と同じ色をしている瞳を彼女は細めた。それは、上を向いたために瞼の上に雨粒が落ちてきたからであった。強くも弱くもないこの透き色の雫たちは、おそらく一日降り続けるだろう。彼女はそう予感しながら、目当ての花壇まで歩を踊らせた。そこに見えた予想通りの人影に、彼女は口元に弧を描く。
 ――そうなのだ、わたしの友人はこういう人なのだ。
 彼女は目の前の友人の、あたたかい木の色をした髪から零れていく水滴たちを指先で掬い取り、それにびっくりして振り返った友人の頭の上に、広げた傘を差しては柔らかく微笑みかけた。
「花が心配だった?」
「あ――はい、少し」
「でも、だいじょうぶそうですね。これくらいの雨なら」
「そうですね。でも、ついでだから少し花壇の手入れもしちゃおうと思って」
「なら、待ちますわ、あたし」
「えっ……でも――」
 何か言わんとする瞳と唇の前に、彼女は片方の手のひらを差し出してその言葉を押し止めた。それから花曇りの目を細めて歌うように言う。
「花を守るのは難しいこと。傘を持つのは楽なこと。友人を放るのは馬鹿なこと。あなたと喋るのは楽しいこと――でしょう?」
 それを聞くと花守りの友人は観念したように頷き、そして少しばかり照れたように笑った。

 雨は未だ止む気配がない。おそらく、一日降り続けるのだろう。
 傘の上では音が踊っている。
 傘の下では、音が笑っていた。


20160827
シリーズ:『仔犬日記』〈ドッグ・イヤー〉
※灯さん(@Sima_Mayoress)をお借りしました!

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