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「我慢の対価」と「感謝の対価」

「いつまでおんねん、早よいけや」


店長が怯える僕に向かって怒鳴った。
トラウマだった店長の顔がさらに凄みを増した。
握りしめる手には「茶封筒」

僕は目に涙を浮かべながら
ガラガラっと扉を開けて言った

「お疲れ様でした」

小さな原付バイクにまたがり
僕はグッと凍った拳を握りしめた。
薄くて、あまりにも重すぎる茶封筒だった。

20歳、大学生活初めてのアルバイト。
泣きながら掴んだ1万円札だった。
今日の京都の冬はいつもより温かかった。


「我慢の対価」と「感謝の対価」


◆アルバイト、大学生、冬、

僕は京都の山奥にいる
ごく普通の大学生だった。
特筆できるようなスキルは特にない。

偏差値もフツウ
見た目もフツウ
性格も人間性も至ってフツウ

そう、何のスキルも持たない
ただの量産型・20代男性だった。
そんな僕には彼女も収入も一切ない。

やりたいことも夢もなかった。
しかし、ワクワクしていることが少しある。

「大学生活初のアルバイト」

僕の脳内で電光掲示板のように流れた。
人生初のアルバイト。

その文字の中には9割の不安と
1割のワクワクが紛れていた。


僕の小さな心臓にはいつもより
激しく血流と鼓動が流れるのを感じた。


「明日は大学生活で初のアルバイトだ」


高校生活ではなく、大学生として
子どもではなく、一人の大人として

そんな違いから生まれる大きなプレッシャーが
1割のワクワクを押し潰そうとしていた。
僕の中で少しずつ不安が大きくなるのを感じていた。

高校生活、それも実家の時とは全く違う。
大学生活のバイトってどんな感じなんだろう。
初めての経験に心躍っていた。

数ヶ月後、
とんでもない事態になるとは露知らず。


◆はたらく、初日

「前野と申します、よろしくお願いします!」

ガラガラっと和風な扉を開けて
忙しそうな店内とちょっぴり香る油の匂い。
奥にいた帽子を被った店長に挨拶した。

応募後やってきたお店は「フードデリバリー」
寒い京都の街中で僕は優しそうな店長に挨拶した。
雰囲気は柔らかく、親しみやすそうな印象。

面接でも店長は緊張をほぐしてくれて
こんなお店で働くと楽しんだろうなと思いワクワクした。

面接即日に「来週来れる?」
という内定を頂いたのだった。

そして店内にいた店長に元気で挨拶すると

「誰?」

時が止まった気がした。
本当に面接の時にいた店長なのか。
僕は全く違うお店にやってきたのか。

疑問が頭をよぎったその時。
店長は「やってしまった」という顔で言った。
少し焦っているようだった。

「あぁ、前野くんだね、待ってたよ」

何かおかしいかもと感じた。
でも忙しそうにしていた店内を通って
僕は店長がいる奥の小さな角部屋に向かった。

歩いている時に一抹の不安が頭をよぎった。
少し黒いオーラのようなものを奥の部屋から感じた。
僕は一歩躊躇ったが、少しずつ歩を進めた。

「よろしくお願いします!」
「おけ、あいつと早速配達行ってきて」

…え?挨拶が返ってきていない…?
まぁそんなこと気にしていても意味がない。
ちょっとした違和感が僕の心の中に残った。

あたふたしている間に
店長は200km/hでヘルメットを僕に向かって投げた。
完全にストレートコースだった。

受け取った僕はようやく理解した。
あ、この店長は少しフツウではないのかも。
勤務初日に発覚するなんて思ってもいなかった。

勤務初日から豪速球で受け取ったヘルメットを被り
僕は屋根がついたバイクが停まる駐輪場に向かった。

するとそばには一人のメガネと帽子を装着した
清潔感を少し置いてけぼりにしてしまったような
30代の男性が一人バイクのそばに佇んでいた。

「立っていた」ではなく「佇んでいた」が正しい。
もう飲食店で働くには難しいだろ、って思うほどだった。
ただ先輩なので彼には僕なりの敬語を扱った。

「こんにちは!まえのと申…」
「うす、行こか」

若干厳しめの洗礼を受けてしまった。
しかし、そんなことも言ってられないので
僕は屋根がついたバイクに颯爽とまたがった。

ギュルンギュルンと音を立てて
僕を置いていくように気づくと彼は10m先にいた。
まだバイクの使い方を習ってないのにすぐ去った。

「ついてきてー」
彼の後を追ってバイクのハンドルをすぐに回した。


ギュルンギュルンッ…


僕の急展開な初出勤が今、始まった。


◆冬、迷子、そして怒り

「ここはどこだろう?」

一瞬で迷子になった。
僕の眼前でバイクをかっ飛ばした彼は
すぐさま消えてしまい、僕は瞬く間に迷った。

バイクをすぐさまに路肩に停めて
すぐさまスマホを手に取り
目の前の画面に店の番号を打ち込んだ。

「すみません、迷ってしまいました…」
「はぁ!!?戻ってこい」

ブチギレられた。
もちろんこの間も時給は発生しているわけだ。
そりゃ当然怒る。でもあまりにも早かった。

だからこそ慣れない怒りに対応できず
心の中で店長に対して怯え始めたのが分かった。

あまりにも僕がブチギレられるには早かった。
僕はそこで初めてこのお店で働くことの大変さを知った。
というよりも「働くこと」の意味も同時に理解したのだ。


「はたらく」とは大きな我慢の対価なんだなと感じた。

◆我慢、退職、空虚へ

「ガラガラガラッ」

駐輪場に停車したバイクを背に
僕は横開けの和風ドアを恐る恐る開けた。

「こっち来い。」
「はい…」

妙にコワさを醸し出す店長に恐怖感が増した。
僕は震えながら迷った理由を店長の前で述べようと
店長は今にも何かを投げてきそうな勢いだ。

「どうしても地図を理解するのが苦手で…」
「うるさい、帰れ」

完全に僕の言動を遮るように
冷え切った目の店長がブチギレながら
震えた僕の手から宅配票を奪い取った。

「バチィイイイイイン」

店長が手に取った宅配票を壁に打ち付けた。
僕は目が飛び出そうなほど驚いた。
いや、目はもうすでに飛び出ていたと思う。

ヒラヒラと目の前で舞い始める宅配票を見ながら
ゆっくりと視点を店長の顔に目線を当てた。
すると店長は震える僕を怒鳴りつけるように

「いつまでおんねん、はよいけや」

僕はそこでようやく初めて
「あ、やめさせられる」と思った。
店長の堪忍袋の緒がプッと切れた音。

残りの給料は振り込んでもらえると
そんなことを言われていたと思う。

ただ、僕はひたすら店長の声に怯えていた。
ゆっくりと目の前にあったドアを開いて言った。

「お疲れ様でした」

過去のどんな声量よりもミクロで小さかった。
自分の中で何かしらの自分が弾けた。
道さえもしっかり覚えられないんだ。

アルバイトさえも満足にこなせない自分に
果たして本当に価値はあるのか?

お金は我慢の対価

帰り道でこれから我慢さえもできない
情けない自分に辟易とした。

お金に対する価値観というか。
我慢に対する執着というか。
時間に対する考え方というか。

僕にとって「はたらく」とは何か
その答えを改めて自分に納得させようと
心の中で落とし込むことに集中してみた。

コンビニで買ったガリガリくんが心の傷に染みる。
帰り道、トボトボ歩く僕のことを励ますように
脳内で何度もアイスの冷たさが僕を刺激した。

なぜか、いつもよりしょっぱくて塩の味がした。


◆はたらく、という意識革命

「3ヶ月間、ありがとうございました!!」

20kgプレートを持ったトレーナーの僕は
マシンの音がひしめくジムの中で
額から大量の汗を流した男性から感謝された。

「また会いましょう!」

僕はその男性と握手を交わして写真を撮った。
3ヶ月前とは全く違う男性の姿だった。
目は輝き、顔は煌めき、額から綺麗な汗を流していた。

「これからもどうぞ機会がありましたら!」
その男性が、僕に茶封筒を出して渡して言ったのだ。

人生で初めて「謝礼」というものを頂いた。
そして人生で初めて「感謝の対価」を頂いた。

その事実が大学生時代の思い出を想起させた。
初めて知った。初めて悟った。
僕の中で小さな革命が起こったのだ。

驚きで立ち尽くした僕に、彼は言った。

「今までお世話になったので、是非!」

僕は頭を深々と下げ、
その男性に出来うる限り最大限のお辞儀をした。
ドアから姿が見えなくなるまで、ずっと。

「お金とは、我慢ではなく感謝の対価」

お金って、果てしなく重たい。
どんな状況においても、どんな環境においても。
誰においてもお金は非常に重たいんです。

同じお金でも
目の前の人から頂くお金。
株の上昇や投資で儲けるお金。
親族や親戚からもらうお金。

全部価値は同じなんですが
「同じお金じゃない」
という意識に変わった。

まさに革命だった。

働き方や環境を変えることで
お金に対する考え方は、ガラッと変わる。
他の人にとっての考え方は、正直不明だ。

ただ、一つ最後に言いたいこと。
僕にとってはたらくとは。


「感謝の対価を頂くための手段」


はたらくって、最高だ。


#私にとってはたらくとは


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