固定残業代という麻薬

0.はじめに

導入する目的がそのタイミングでは利に適っていたり、メリットがあっても、中長期的に見たら実は悪い結果を招きかねないものがある。人事領域で個人的にその懸念ありと感じているものの1つが固定残業代。

スタートアップでも大企業でも、ブラック企業でも、それなりの会社が導入していそうなこの仕組みですが、特にスタートアップが導入するうえでは一度立ち止まって考えて欲しいなと思います。(大企業フェーズならたぶん心配いらないと思うんですが・・・)
なお、法律に則った固定残業代制の運用していることが前提なので、そこだけはご理解を。

1.固定残業代のメリット・デメリット

問題点を具体的に論じるまえに、せっかくなのて固定残業代について比較的分かりやすいメリット・デメリットを少しだけ整理しておきます。

■メリット
・残業代は人件費の中でも変動するので、変動を極力抑えることができる(見通しがたてやすい)
・採用時に基本給に上乗せして提示できるので、高い年収帯の人も採用しやすい

■デメリット
・社会保険料が必要以上に上がる可能性がある
・固定時間よりも少ない残業しかしない人が給料泥棒に見え始める()

とまあ、メリットは結構大きいので、普通に考えたらもう45時間分ぐらいつけとけばいいんじゃない?ってなりそうですよね。(昔、某大手情報サービスのR社とかはかなりの時間分の固定残業代を払っていたような・・・)

2.固定残業代の甘い罠

もし自分がスタートアップの社長で、手持資金の残高を気にしながらビジネスをしている立場なら、当然余分なコストは払いたくないし、出て行く費用はなるべく見えるようにしておきたいですよね。

そこで人件費周りで目をつけがちなのが固定残業代。初期の労務管理がザルな時期でも、まあある程度払っておけば、社員も仕方ないよねで働いてくれたり・・・しかも大手商社やコンサルティング会社などの給与が高い会社からも人がなんとか採用できたり・・・固定残業代は結構良いですよね!最初に考えた人、ほんと凄いなあと。

でも、企業が成長し、人が増え、収益も増え、人材も多様化した時に固定残業の罠に気づく場合があります。

3-1. 初めての時短社員が発生、さてどうする?

社員が増えれば、育児や介護、その他の理由で時短という選択肢を取る人も出てきますよね。さて、この時短の人に固定残業代って払うんでしょうか?会社の方針次第ですが、残業しない人に固定残業を払う必要はないと考えた時、1つ目の罠に気づきます。

ここで少し分かりやすくするために、以下の前提条件で実際の数字を見てみましょう。

基本給 30万円/月平均所定労働時間 160h/割増率25%
フル勤務:基本給300,000円 固定時間外105,469円 合計405,469円
時短6h時:基本給225,000円          合計225,00円

時短6hなので月労働時間は120h、フル勤務に比べて75%ですね
給与額を見ると、フル勤務時に比べて55,4%

この結果をどう見るか次第ですが、その会社の残業実態によっては、給与額が著しく低く抑えられているようにも見えます。ルール自体はどれも真っ当ですが、時短勤務をしている社員が納得するか?というとかなり厳しいですよね。

じゃあ払えばいいよねという話しになりますが、そうなると先ほどと同じ条件で所定労働時間働いた場合の時間単価考えると、

フル勤務:405,469円÷160h=2534円
時短勤務:405,469円÷140h=2869円


※時短の方が効率的に稼げますし、私ならなんらか理由をつけて時短を選択し、副業しはじめそうな
※加えてフル勤務してる人から時短勤務者への怨嗟が・・・

というように、固定残業45hだからという点もありますが、どちらを選択してもなんらか問題はある1つめの罠ですね。

3-2.そろそろ固定残業代を減らしたいな、えっ?

ある程度就業環境が労務的にも改善されてくると、固定残業代を減らしたいなって時が来ます。

私の観測範囲では、
・固定残業代が多く、採用上マイナスイメージとなる
 (45h分が出る会社、そのくらいの残業ありそうという印象を持たれる)
・実残業時間と固定時間分の乖離が大きくなり、過剰に払ってる感を持つ
の2つのタイミングがあります。

減らしたければ制度を変更すれば良いのですが、当然不利益変更にあたるので、じゃあ来月から変えるわって話にはなりません。不利益変更をするには変更合理性(実残業が少なくなったからでは合理性ないです)が必要になります。

そこで対応策としては、考えられる手段はいくつかあり、ベースアップする・他手当で担保する・所定労働時間を短くする等々。

ただ、賃上げで実質変わらないように担保する場合、どの程度の賃上げが必要かというと、3-1で設定した条件を元に固定残業45h→30hした場合、かつ合計額を揃えようとするとどうなるかを見てみましょう。

固定残業45h:基本給300,000円 固定時間外105,469円 合計405,469円
固定時間30h:基本給328,481円 固定時間外76,988円 合計405,469円

ベースアップ率は9.5%、毎年の春闘が大体2%前後ですので、かなりの賃上げですね。しかももし30h以上の時間が発生した場合は残業代を支払うことになるので、状況によっては人件費の増加につながる可能性高くなります。これが2つ目。

3-3 管理監督者との境い目問題

さて、管理監督者となると普通残業代は発生せず、深夜残業割増のみというのはどこの会社でも同じだと思います。会社によっては一定役職以上を管理監督者として運用していると思いますが、法律要件に則り運用をしはじめる(要は個別に適用有無を判断する)とどうなるか。

ここで問題になるのが、管理監督者の要件である「その地位にふさわしい待遇がなされているか」です。例えば年収800万で1人は管理監督者であるマネージャー職、もう1人はメンバーで固定残業を含めて800万になっている場合です。

ここでも3-1の前提も基づき給与を見てみるとこうなります。
管理監督者:基本給 666,667円
メンバー :基本給493,256円 固定残業代 173,411円 合計666,667円

休日出勤や残業時間が45hを超えた(36の特別条項ですが)場合、給与が逆転する可能性が高く、法律以前に管理監督者側としても、やり損と思われる可能性があります。

4.最後に

固定残業にまつわる微妙な罠、はまると社内の不協和音を生み出す可能性があるので、もしスタートアップで導入するなら以下の進め方がいいかなと思います

・初期は基本給抑え目で固定残業を多め(45h)に設定する
・採用に力を入れ始めるタイミングで、基本給を上げ固定残業を下げる
・会社の成長にあわせて細かくベースアップと固定残業減を進める
・最終的には15h内に抑えるか、なくす

たぶんもう打ち手の限られてるフェーズの会社もちらほら見かけますが、不利益変更とは言え変更できないわけではないので、どう改善していくかは各社の労務担当者次第かなーと勝手に放り投げて終わりとします。

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