FAITH OF BLUE


8月29日

 もし、目の前に拳銃を持った男がいたとして、一体どういった反応をするのが正しいのだろうか。

「さぁ、余命宣告の時間でぇ~す」

 今、俺の目の前にピエロが立っている。固まった面で、ピストルの銃口をこちらに向けている。

「命が惜しいか」
 
 俺は今どんな顔をしているのだろう。
 惜しむほどの命なのだろうか。

「チッ。つまんねぇ。てめぇ、今この状況が分かってんのか!?」
「あぁ。分かってるさ。分かってる」
「このまま終わっていいのか? てめぇの人生。さぁ、命乞いでもしてみるか? それとも……」

『諦める』か。
 諦めるって、なんだ。俺が望んで歩んで来た道だろ?

「何を躊躇ってる。はっきりしろよ!」

 うるさい。
 何故、こんなにも静かなのに、うるさいんだ。

「時間はねぇぞ。ここで死ぬか、それとも、俺をぶっ倒してみるか? まぁ、お前なんかに、できるわけねぇか」

 ピエロの中身がどんな表情をしているか分からないが、俺の命はアイツの掌の上にあると言っても過言じゃない。

「さぁ、どうする?」
 
 茹だるような炎天下で、マグマのように湧いて出る汗は、俺の判断力を鈍らせる。
 今、俺に向けられている銃口から、いつ弾丸が撃ち込まれるかも分からない。
 そんな状況で、俺はこのピエロにどう抗えばいい?
 いや、抗うことなく、「死」を受け入れるのも一つの手段か?
 いつか、死んでしまう運命、それが早まろうが、俺の人生に未練なんて……。
 未練なんて……。
 
 あるだろ、あるに決まってる。

「なぁ。どうしてお前が狙われているか、分かるか?」
「ど、どうしてだ」
「てめぇも、罪を重ねているからさ」
「俺の罪って何だ? 俺は何のために生きて来た?」
「詐欺罪。人をだました罪さ」
「俺は俺のために生きて来た、今まで、自分の夢の為に歩いてきたはずだ。誰に迷惑を掛けた?」
「まぁ、安心しろよ。罪の無い人間なんていないさ。それこそ、生まれたての赤ん坊さえ、生まれて来た罪ってのがあるのさ」
「勘違いしていたのか? 最低限の世間体は保っているはずだ。どこで間違えた?」
「そして、誰もが裁かれる時が来るのさ」
「ふっ。そうか、それが今か」
「お前は逃げ続けてる。そうだろ?」
「正しい選択か……」

『君がこのバンドのボーカル?』
『はい! どうでしたか? 僕たちの演奏』
『んー。 君は今日の演奏、10点満点で評価するなら、何点を付けるかな?』
『今日のために、皆、気合いを入れて練習して来たし、その成果が存分に出てたと思うし、僕自身も気持ち良く、楽しんで歌えたので、10点を付けたいと思います!』
『はぁ。そっっか。』
『あのぉ。それで、結果の方は……』
『あぁ。合格、合格だよ、もちろん』
『あ、ありがと……』
『ただし、一つだけ条件がある』
『じょ、条件ですか?』
『あぁ。君は、ボーカル失格だから、君がいなくなってくれたら、合格だよ』

 やっとここまで来たっていうのに。
 夢を叶えるチャンスだったのに。
 今まで費やしてきた時間は何だったんだ?
 ここで俺は終わるのか?
 終わりって何だ?
 俺はまだ生きてるじゃないか。

「なぁ、そうだろ?」
「平気なフリをするのは辞めろよ。震えてるぜ、その右手」
 
 ピエロが仮面を外せば、その顔は泣いていた。

「形勢逆転だな」
「ふん。まだ俺は満足しちゃいないけどな。覚悟は決まったか?」
「あぁ。もうすぐ、俺の出番が来る。一発かましてくるよ」

 もう、理由を付けて逃げ出すのは辞めにしよう。
 自分が望んだ自分であろう。
 誰かじゃなく、歩んでいるのは、己自身の人生だ。
 誰かが納得することが、俺の価値を決めるんじゃない。
 俺は俺の為にある。
 聴かせてやるよ。これが俺だ。俺の本気だ。
 孤独のステージ、響かせてやるよ。俺の歌。俺だけの歌を。

「よぉ。いい顔してるじゃねぇか。青二才」



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