空葬スカイロケット


8月25日

夏の終わりは、まるで世界の終わりのようだった。
君に告げられた別れの言葉は、今でも優しく、僕に寄り添っている。
「また、いつか……」


あの夏、二人で出かけた夏祭りの帰りに一緒に花火をした日から、毎年僕はここで花火を打ち上げている。
それは、僕と君を繋ぐ、たった一つの約束だ。

まだ若かりし、あの頃。自分の気持ちに正直になれなかったのか、それとも、その気持ちの正体に気付くことができなかったのか。今となっては、分からない。
どちらにせよ、幼い僕には、運命に逆らうという選択を取ることはできなかった。

『花火、買いに行こう』

君の方がよっぽど、大人だった。
別れを、ただの別れで終わらせないように、君はそう言ったんだろう。

子供の頃から、何度も一緒に遊んだ、山の中腹にある、開けた場所。そこから、見える空はあの日から少しも変わらない。田舎の町に生まれ育ち、僕は今もこの場所にいる。
都会の方では、夜の自然の光は失われてしまっている。人々が求めたのは、人工の明るさだったらしい。
昔から、人々は広大な空、宇宙に思いを馳せ、星と星を繋いで夜空に落書きをし、道に迷った時には、北極星を頼りに方角を認識していたらしい。時には、亡くなった人を夜空の星に重ねる。

この世界のどこまで行こうとも、見上げる空はたった一つの同じ空。
今、君がどんな場所にいたとしても、この空を通してみれば、誰もが繋がることができる。
だから、僕と君は、あの時、二人の大切な今の気持ちを空に打ち上げた。
「打ち上げ花火」
夜空に打ち上がった大輪の花は、二人の願いを空に届ける。

あの日から、君にもう一度会うことは叶わなかった。

だけど、毎年この場所で打ち上げ花火をする度に、君が隣にいるような気になれた。

なんとなく、僕は気付いていたよ。
君が「普通」じゃないってことくらい。


 私は夢を見ていてたのだろうか。
 い草の香りが鼻に残ったまま、虚ろな目を開くと、縁側の向こうに陽が沈んでいくのが見えた。
 ヒグラシが鳴いている。
 聞こえていた祭囃子の音は聞こえなくなっていた。
 やがて花火が打ち上がるだろう。
 私は、重たい腰を上げ、外に出る支度を始めた。

 8月の終わりが近づいて来た。
 こんな田舎の町では、夜中になると、暑さを感じることはない。
 何度も見た景色を抜け、山の入り口に立つ。
 懐中電灯で、石の階段を照らし、登って行く。
 正直、光で照らさずとも、道順は覚えきってしまっているから、懐中電灯など必要ないのだが、念のため、念のため。
 もう若くない身体だ。小さな打ち上げ花火の仕掛けを入れたリュックを背負って歩くのが、最近少し辛くなってきている。
 それでも、私が生きている間は、必ず毎年ここに来ると決めている。

 ひゅるひゅるひゅる、、、どん!

 ぱっと咲いた大輪の花。
 何度見ても、綺麗だ。
 君と出会った日、一緒に過ごした時間を懐かしむ。
 でも、君の面影はどこかぼんやりしている。

 「ありがとう」

 それでも、君と過ごした時間の全てが私の宝物だ。
 
「君も、見ているかな」

 あの日から、もう随分経つよな。
 もしかして、飽きた、なんて言わないよな。
 君が大好きだった花火なんだから。
 夏休みはいつも、バカみたいにはしゃいでいたよな。
 いつまでも、君と遊んでいたかったな。

 もし、君が私のことをまだ思ってくれていたなら、きっと、また逢える気がするんだ。
 どう思う?
 今度は、君を離さないと誓うよ。
 だからどうか、もう一度君に出逢えますように。
 伝えたかったこと、今度は、君に直接伝えたいんだ。

「あいしてる」と。


 ワタシも、あなたに伝えたいことがあるよ。
 あなたは、ワタシがあなたを救ったと思っているかもしれないけれど、ワタシはあなたに救われていたんだよ。
「ありがとう」
 
 そして、もう一度出逢えたら、聴かせて欲しいな。
 返事はもう、決まっているから。

 ワタシも、「あいしてるわ」と。



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