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グリム童話考察③/グリム版シンデレラについての考察

(ブログ https://grimm.genzosky.com の記事をこちらに引越ししました。&本文の一部を同人誌版に差し替えました。)

※あくまでもひとつの説です。これが絶対正しいという話ではないので、「こういう見解もあるんだな」程度の軽い気持ちで読んでください。
※転載は固くお断りします。「当サークルのグリム童話考察記事について」をご一読ください。

主人の恩師の方は、グリム童話の研究をしていたそうです。
グリム童話の考察というと残酷な面ばかり強調されているような気がしますが、そうではなく、時代背景等から、「このキーワードはこれを表している」「この場面はこれを表している」のように、表向きのお話に隠された“裏のお話”を読み解く、とでもいいましょうか、そういった視点で研究をされていた方なんだそうです。
そんな先生のもとで学んでいた主人と、シンデレラについて考察する機会がありましたので、まとめてみました。
こういう考え方もあるんだな、くらいの軽い気持ちでご覧ください。

※目が見えない方についてや足が悪い方についての記述がありますが、西洋文学でそういう風に捉えているとする研究もあるんだよ、ということで書いていますので、実際にしょうがいをお持ちの方が云々ということではありませんのでご了承ください。不快に思われそうな方は閲覧をご遠慮ください。

「シンデレラ」というと、ガラスの靴でカボチャの馬車に乗って12時のチャイムがビビデバビデブー……とほとんどの人が考えると思いますが、グリム童話版の「シンデレラ」はちょっと違います。
そもそも「シンデレラ」の類話と考えられるような民話や伝承は世界各地にあり、その中で一番古いと思われるもの(記録が残っているもの)は、紀元前1世紀エジプトの話だそうです。
エジプトの屋敷で、主人が美しい奴隷の娘に「上手に踊ったお礼に」とサンダルをプレゼントします。奴隷の娘は他の奴隷から妬まれ、いじめられて祭りの日にも洗濯をするよう言いつけられ、参加できなくなってしまいます。仕方なく川で洗濯をしているとサンダルを濡らしてしまい、乾かしていると鳥がサンダルを持っていってしまいます。鳥はサンダルを王様の足元に落とし、鳥をホルス神の遣いだと思った王様は「このサンダルとぴったり合う足の娘と結婚する!」と、こういうお話です。

類話がたくさんある「シンデレラ」ですが、グリム童話版の「シンデレラ」には、カボチャの馬車もガラスの靴も12時のチャイムも登場しません。その代わりに鳥がよく出てきます。
実母が死に、継母とその二人の娘にいじめられるところはよく知られている話と同じですが、ある日シンデレラは出かける父親に「お父さんの帽子に当たったハシバミの小枝を折って持ってきて」と言います。父親がその通りにするとシンデレラは母親のお墓の上にハシバミの枝を植えて泣きます。するとハシバミは大きな木になり、そこに小鳥がやってきて、シンデレラの願ったものを投げ落としてくれるようになります。魔法使いがドレスや馬車やガラスの靴を用意してくれるのではなく、鳥がドレスや金の靴を持ってきてくれるのです。
また、継母が意地悪で灰の中に豆をばら撒き、「それを全部拾い上げたら舞踏会に来ていいよ、できっこないだろうけどね」と言いますが、ここでもシンデレラが「鳥さん助けて」のように言うと空から鳥という鳥がやってきて豆拾いを手伝ってくれます。
さらにラスト、継母の娘二人がかかとや指先を切り落として無理矢理靴を履いて王子に連れられようとしたとき、鳥がやってきて王子に「見てみぃ足血まみれやん!」みたいに叫びます。しかもその後、悪いことをした娘二人は鳥に目玉を抉られてしまうのでした、めでたしめでたし。……まてまて、オカンも悪いやん。
ともかく、鳥が登場し、シンデレラを助けてくれるのです。

西洋の伝承における「鳥」とは一体何を表すのでしょうか。
端的に言うと「魂(肉体を持たないもの)」だそうです。
渡り鳥は季節などによって長距離を移動し、そしてまた同じ場所に戻ってきます。それを繰り返すことから、あの世とこの世を行き来する存在=肉体を持たない魂、神の遣いを表すそうです。
北欧神話のワルキューレにもおそらく鳥のイメージがあり、白鳥の羽衣を持っているといわれています。
物語で鳥が登場するとき、それは死を暗示することがあるそうで、「鳥に変身=死んじゃった(あの世の住人になった)」「鳥が遣いとして現れてどこかに案内する=あの世へ連れて行く」という風にもとれるんだそうです。グロい話として有名なグリム童話の「ねずの木」も殺されてしまったお兄ちゃんは鳥となって現れます。

それを踏まえてグリム版シンデレラにおける鳥とは何を表すかを考えると、おそらくシンデレラは自分の意思で鳥を動かしている「鳥使い」、もっと極端に言うと鳥は「シンデレラ自身」なのではないかと思われます。
シンデレラは舞踏会会場から逃げ出した後、ハト小屋の中へ逃げ込んだり、木の上に逃げたりしています。また、冒頭の方で継母がシンデレラのことを「みにくいガチョウ」のように言うセリフがあるのですが、鳥とはっきり言っています。

ところで「シンデレラ」は日本語で「灰かぶり」ですが、なぜ「灰」なのか。灰は「死(燃え尽きている状態)と再生(火がつきやすい状態)」を表すのだそうです。
表向きの話は特にシンデレラが死んでいる描写はありませんが、裏設定として、「いじめられて灰をかぶっている状態=死んでいる状態(あの世にいる状態)=鳥」である、つまり「シンデレラ」はあの世(死んでいるも同然の状態)から鳥になってあれこれしてこの世(幸せな状態)に再生する物語であると考察できるのではないでしょうか。

ちなみにラストでお姉さん二人が両目を鳥にえぐられますが、これはお姉さん二人の死を意味していると思われます。
死後の世界は、生きている人間には見えません。
逆に、こちらの世界が見えない人=あちらの世界を見ている人ということで、西洋のお話では目の見えない人は死者という扱いで使われることもあるそうです。(たとえばラプンツェルの王子も、目が見えていない状態の時は「死んでいる」ことになるのだと思われます)
グリム童話などの表現で、「“小”人」のように「目に見えにくい」ものが出てきたら、それはあちらの世界(死後の世界)から来ている人(むこうの世界の力を持ったすごい人)、という意味で使われることもあるそうです。
(あと、水陸両用の存在も……これはいずれ別の機会に書きます)
また、死後の世界・生者の世界はお互いに目には見えないが、音なら聞こえる、という考えもあるそうで、お葬式で賛美歌を歌うのは、音なら死後の世界にも届くから、といった意味合いもあるんだそうです。

おまけでもうひとつ。
シンデレラといえば靴(グリム版では金の靴)ですが、グリム童話を含め、西洋のお話では「足」が重要なんだそうです。
「足」の話については研究されている方が下記の本で詳しく書かれておられるので、興味のある方はぜひ。

グリム童話 冥府への旅(著者:高橋吉文)

Written by : M山の嫁