ノーラスは確かにそこにあった

 「自己紹介をゲームで語る」というお題は、本とゲームはいつも傍らにあった(そして、これからも傍らにあるだろう)わたしにはぴったりだと思った。
 ……が、電源の要不要を問わず色々遊んできた中で、自己紹介をできるだけのものなんてほとんどない。あれこれ書いては捨て、捨てては書いてと繰り返すうちに、ひとつだけ残ったゲームがある。

EverQuest

 このゲームは1999年、3月にアメリカでサービスが始まった3DのMMORPGであり、日本では2003年にサービスイン。そして、日本での運営元の移管を挟み、2006年に日本語版のサービスが終了した。
 実際にはEverQuest2の日本語版が2005年より始まり、わたしもそちらに移行したため、EverQuest熱心にプレイしていたのは3年に満たないことになる。今この記事を書いていて、そんなに短期間のことだったのか! と驚くほどノーラス(EverQuestで冒険の舞台となる世界の名前だ)で濃密な時間を過ごしていたのだ。

 そんなノーラスに、バーバリアンの女シャーマン、Enoraとしてわたしが降り立ったのは極寒の地エバーフロストにあるバーバリアンの集落、ハラスである。
 ハラスは集落というに相応しく、本当に小さい。一通りの種族を作ってスタート都市を歩き回ってみたのだが、ずば抜けて小さいのだ。そして、村の真ん中には井戸があり、よくハマって死んだ。

 そう。EverQuestはのっけから死と隣り合わせの世界だった。

 とはいえ、Might & MagicなどをPC98シリーズで遊んでいたこともあって、海外のゲームは時に理不尽なくらい死が突然やってくるのはわかっていたわたしにとって、これもまた、海外ゲームの香りだったのだ。memento mori ! わたしは今、海外のゲームを遊んでいる!

 何度も死にながらエバーフロストの狼や蜘蛛、ゴブリンを倒し、革をなめして装備を作ったり、拾ったものを売って装備を調え、新たな魔法を覚え、そして行動範囲を広げていった。
 そうしているうちに、免除されていたデスペナルティを受けるレベルになってくる。幾ばくかの経験点を失い(レベルの上昇は、その効果音からDing呼ばれ、逆に死亡時の経験値の喪失からレベルが下がることをDongと呼ばれた)、アイテムは死体に残りっぱなしになるのだ。
 なので、裁縫スキルで作った革鎧を裸でウロウロしている同胞に分け与える事もよくやった。それがきっかけとなり、何人かと友達になり、ログイン時間帯が合えばグループを組んで冒険をするようにもなった。

 さて。

 RPGという言葉は、日本ではドラゴンクエストシリーズの大ヒットによって広く知られるようになった、と思っているのだが誰彼かまわず聞いて回ったわけではないので定かではない。
 このロール・プレイング・ゲームのロール(Role)という言葉には「演技する役」という意味もあるし、「役割、任務」という意味もある。
 EverQuestでもクラスがある。例えばEnoraのクラスであるシャーマンは味方を強化するバフと呼ばれる系統の呪文と、敵を弱体化するデバフと呼ばれる系統の呪文、それからある程度の回復呪文を使うことができる。つまりシャーマンはグループのサポート、サブヒーラー役としての役割を求められることになる。
 低レベルのうちはともかく、10レベルを迎える頃になると、グループを組み、クラスに応じた役割を果たさなければ適正なレベルで適正な(適度に緊張感のある)冒険を行うことがままならない。この傾向はレベルが高くなればなるほど強くなっていく。

 大都市ケイノスを根城にし、ノールの住処であるブラックバロウ、広大なカラナ平原で巨人やグリフォンに追いかけ回されながら腕を磨き、オークの跋扈するハイパスを駆け抜け、アンデッドとダークエルフの棲まうキシコールの森を壁沿いに走り、コモンランドに抜け、アントニカ大陸のもうひとつの大都市、フリーポートにたどり着くのだ。
 もちろん、危険を冒して陸路を辿らずとも、船や月の世界であるラクリンを経由して行けば安全で(陸路を走るより)速く移動することが可能だ。けれども、わたしは陸路を辿るのが好きだった(もちろん、誰かと合流する時にはなるべく待たせないよう最速の移動手段を使ったけど)。

 やがてPolus Illustrisというギルドに所属し、お正月にやったアントニカ横断レースは本当に楽しかった思い出のひとつ。装備なしでケイノスを出発し、魔法による移動速度上昇は使用不可。途中で釣りを行い、規定の数だけ魚を釣ってフリーポートにゴールする、というものだ。
 経験値やお金が稼げるわけではない、言ってしまえばただの暇つぶしではあるけれど、ギルドチャットで雑談しながら横断するアントニカはお正月番組を見ているよりも楽しかった。

 そんな楽しい思い出もたくさんあるのだけれど、レベルが上がることによってしんどいな、と思うことも増えてきた。そのひとつが、レベルの上昇を素直に喜べなくなったこと。これはLord NagafenとLady Voxという52レベルまでのキャラクターしか挑むことができないドラゴンの存在による。そして、もうひとつがレベルが上がることによってプレイの要求水準が上がっていくこと(言い換えれば、キャラクタークラスに求められることの先鋭化)だった。

 高レベルコンテンツは当然のように高難易度になっていく。しかも、強大な敵に挑むレイドをやるグループも増えてくる。レイドをやるためには敵の攻撃に耐えられるような装備を揃えなければ参加できないし、可能な限りレベル上限までキャラクターレベルを上げなければならない。
 と、なると、そういった人たちにとってはエンドコンテンツに至るまでの道は最速で通過すべき部分になってしまう。そして、野良で冒険をしていたわたしは、(おそらく)そんな人たちのグループに1度紛れ込んでしまった。
 チャットウィンドウにはマクロによる台詞しか表示されない。マナの回復を待つ最低限の休憩以外休みなし(雑談なし)。死ぬ一歩手前まで体力をマナに変換し、バフを維持し、デバフをかけ、ヒールする。マナ変換でどんどん減っていくわたしの体力を時々回復してくれたのは、欠員補充で入ってきたレンジャーさんだった。
 この時の仕事は、ベストに近いものだったと自負はするのだけれど、苦痛だったし、屈辱に打ち震えていた。今から思えば、労われたかった、ということなんだろうけど。

 その後、色々な人のつてや手助けにより、Nagafen戦、Vox戦を経験することができた。そして、改めて自分がレイドには向かないと感じた……のだが、ひとつだけ避けられないレイドがあった。それはエピックウェポンクエストの中にある、神々の領域でのレイドだった。
 エピックウェポンとは各クラスに用意されている長大なクエストを経て得られる武器だ。もっと性能のよい武器は新しい拡張セットで導入されているのだが、固有の外見を持つエピックウェポンは、少なくともわたしにとって特別なものだった。
 シャーマンのそれはSpear of Fate。訳すならば「宿命の槍(宿命は「さだめ」と読みたいところ)」となるだろうか。時にソロで、時に友人の力を借りて進め、最難関の神々の領域でのレイドに紛れ込ませてもらい、無事クエストアイテムをいただいた。最後の戦いはEnora自身がメインタンクとなって念願のSpear of Fateを手に入れることができた。
 あまり友達が多いわけでもないし、レイドギルドの人と親しいわけでもないのに、エピックウェポンを手に入れられたことは本当に友達に恵まれていたと思う。

 しかし、念願のSpear of Fateはノーラスとの別れを告げるきっかけとなるものでもあった。
 クエストには興味はあってもレイドには興味が持てないわたしは、モチベーションも落ち、やがて500年後のノーラスを舞台にしたEverQuest2に移行した。
 500年後のノーラスは大きく変わっていたけれど、美しく、小グループでも遊びやすく、気軽にぶらつくことができた。

 しばらくして、EverQuestの日本語版サービスが終了するというニュースを目にした。
 サービス最終日、再び500年前のノーラスを訪れた。各地をぶらつき、スクリーンショットを撮り、ラクリンにある交通の要所、ネクサスで最後の時を迎えた。GMが現れ、プレイヤーキャラクターをカワウソに変身させたりしてお祭りにも似た雰囲気になっていた。
 何人かの友人と再会し、懐かしみ、雑談もした。

 そして。
 予定時刻を少し過ぎて、サーバとの接続が切れた。

 EverQuest2をプレイしても、「あのノーラス」ではないことはよくわかっていた。そこかしこにノーラスの名残は感じさせるものはあったものの、まるっきり別物だった。サービスイン当初にはなかったハラスが登場してから訪問してみたけれど、わたしの心の故郷である「ハラス」とは似ても似つかぬものだった。
 やがてEverQuest2も去り、ドラゴンクエストXを少し遊んで、MMORPG自体から離れてしまった。

 「MMORPGを遊んだことはありますか?」と問われた時、真っ先に浮かぶのはハラスの真っ白で薄暗い景色だ。EverQuestの、あのカクカクしたポリゴンで形作られたノーラスは、たぶん、一生わたしの原風景であり続けるだろう。

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