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『竜とそばかすの姫』 UはYouでMe

ほぼ何も知らない状況で短めの予告編を観たのはずいぶん前だと思う。第一印象としては「またコレ(仮想空間)なんだ」というもので、「竜」も出てくるらしいぞと。あまり好感を持たなかったが、聞こえてくる歌声には強く惹かれたし、知っている人のような気がして映画館から戻って調べると中村佳穂だという。ちょっと驚いてから「これは観ないとな」と思った。18年の「AINOU」はよく聴いたけど、昨年来のこの状況で彼女の活動も止まっている印象を勝手に抱いていたので。なんのことはなく今作のための制作に携わっていたのだ。
あの「U」を聴いて中村佳穂と繋がらないのは仕方ないかと思うし、彼女は基本的に自分で作詞作曲するシンガーで、彼女のこれまでの世界観とは異なるものだ。だからこそ彼女が主役のボイスアクトまでつとめるという今作への関心が強くあった。

鑑賞したのは8月のあたま。
まず冒頭はMVのように始まり、つかみとしては強度のあるものになった。ベルの造形は「ディズニー(海外)を意識してるのかな」と感じていたら、まさにディズニー作品で仕事をしてきているジン・キムによるものだということで納得した。ちなみに、あのとって付けたような美女と野獣オマージュについては後述したい。
説明される仮想空間の呼称は「U」ということで、それは “You” なのだろうし、ラストを思えば “Unity” でもあるのかと思える。公式Twitterによると
「この世の知性を司る5人の賢者[Voices]によって創造された究極の仮想世界。全世界で登録アカウント50億人を突破してなお拡大を続ける史上最大のインターネット空間。
ボディシェアリング機能を有しており、<U>の世界ではその人の隠された能力を無理やり引っ張り出すことができる。」
ということだ。「隠された能力」あたりでどういう物語なのかは察せられるのだけど、それは才能だけではない。個人的には「ボディシェアリング機能」の部分がどうなるのか期待したのだけど、そこはほとんど無かったことになった、というかそこを掘り下げると残念なことになるだろう。ではなぜその設定がいるのかというと「竜」のことがあるからで、彼に対してのみ重要なものになった。

「この世の知性を司る5人の賢者[Voices]によって創造された」というのもかなり意味不明なのだが、安易な想像ならあの企業群のことかと思わせる。ちなみにあの合唱隊のメンバーも5人なのは偶然なのかどうか。
「U」は “You” であり、すずや恵にとっては "Me" なのだと思う。そこで引き出されるのは才能というより抑圧された意志である。他のユーザよりもあの空間で突出しているのは、それだけ現実で抱えているものが大きく、抑えていることの辛さが反映している。この辺りは『レディ・プレイヤー1』と通ずるものがある。今作で珍しいのは主人公たち高校生よりも幼い世代が描かれて、彼らは現実と仮想空間のどちらでも「歪み」からくる迫害を受ける。
主人公のそれが内省的なものであるのに対して、恵たちは外的な脅威にさらされているのだ。大人を助けたりするのではなく、同世代、そしてより若い世代が繋がっていくことで困難を乗り越える。そういう物語なのが良かったなと思う(ただし指摘される問題があり、もちろんそれは妥当なものだ)。

すずは水難事故で母親を失なった。それは「U」で竜に惹かれたことと繋がっているだろう。水と竜は繋がったイメージであるし、そうした作品は過去にある。そしてその竜を母と同じように救おうとするわけで、この辺りで泣いてしまったなあ。
だからこれは「インサイド・ヘッド」でもあるのだと勝手に解釈していた。

ちなみにあの美女と野獣オマージュは、鑑賞時は「これやってしまうのか」とネガティブに感じてもいたが、後で「あれは二人の共通認識なのかな」と思うようになった。お互いよく知らない同士でしかも高校生と中学生(後でわかることだ)なので、あの状況では多くの人が(なんとなくでも)知っている「美女と野獣」をやっちゃうことになるのだ。ただし非常に拙いので雑なオマージュに見える。でも仕方ないのだなと今は理解できる。ある意味ディズニーへの深いリスペクトでもあるだろうし、その精神を今作でも取り入れていますよと言うことなのかと。

中村佳穂の歌唱は特筆されるもので、日本のアニメーション映画作品で主演に実績のあるシンガーソングライターが起用されて、演技の部分含めてこのレベルで仕上がったことはエポックなのだとも思う。今後海外でどのように展開していくのかどうかも含めて。

今日、興行収入が50億円を突破したことが発表されたが、どこまで伸びるだろう。

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