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『Arc アーク』 時間と映像

ケン・リュウの短編を映画化、そして石川慶監督ということでどうなるのか楽しみだった。鑑賞は3週間ほど前だが、あの余韻は忘れない。
今作を観るにあたってはまず『メッセージ』のことを思い出していた。こちらはテッド・チャンの短編「あなたの人生の物語」を映画化したもので、とても好きな作品だ。こちらは映画を観てから原作を読んだが、よくぞあのように映像化したものだと感嘆させられた。ドゥニ・ヴィルヌーヴの手腕に驚きもしたし、新作の『DUNE/デューン 砂の惑星』も楽しみだ。

そして今作の監督である石川慶と言えば前作の『蜜蜂と遠雷』がある。こちらも映画の出来が素晴らしく、観賞後に原作を読んだが、この長編を大胆に抽出してコンテスト期間の群像劇に集約させながらも2時間以内に抑えた判断が凄いなと感じた。
今作は短編が原作だからどういうアプローチになるのか注目していたので、観ながら「こうなるのか」と驚いていた。映像のタッチはすでに予告で知ってはいたから、冒頭のクラブのシーンは意外だった。あえて隠していたのだと思うが、ルックが海外作品のようでクラブの様子も現代には無い雰囲気が伝わってくる。SF作品の導入部としての強度があったと思う。と同時に「この後どうするのか」は気になっていた。あのルックを続けるのはうまくないと思えたからだけど、それは杞憂におわるのだし、とてもユニークなアイデアがあった。

物語としては思っていた以上に原作に沿ったもので、プラスティネーションの映像化では「死者を動かす」という行為への忌避をうまく避けていたし、既視感の無い映像で良かった。身体表現としてリナはちゃんと年齢を重ねていたと思う。冒頭のあの舞踊からプラスティネーション、そして普通の生活へ。30歳で不老治療をしてから、内面は何十年と歳を重ねているのに、それをあえて表層化しないのは少し意外でもあった。これはそういうプランで演技をしていたのだろうが、セリフの内容や語り口で示す判断もあったとも思う。
ただしそういうリナであるからこそ、利仁との対比がさらに強い印象を与えることになる。

今作では予算のこともあるとは思うが、時間の経過と映像が逆に進んでいる。未来に進んでいながら、映されるものは古びていくのだ。プラスティネーションの工房も最先端のような表現ではなく、意外なほどアナログな印象を受ける。そしてさらに時間が進んでモノクロになる。老人たち、カメラ、壊れた船。あの冒頭のクラブの映像をあえていかにもな近未来風にしたことの意味がだんだんわかってくるし、上手いなあと思ってしまう。
そして終盤では普遍的なドラマに集約されて、年老いた母に寄り添う娘、というありふれた構図を観て言いようのない感動が押し寄せるのだ。「人が何に心を揺さぶられるのか」をこのようにして再認識させられるとは思わず、エンドクレジットの間もずっと泣いていた。いや本当に良い作品だと思う。

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