見出し画像

『カラミティ』 女王の帰還

『ロング・ウェイ・ノース』のことがあるので今作についても期待していたし、期待以上だった。最近は本当にそういう映画体験が続いていて嬉しい。そして期待以上というのははおそらく色彩やアニメーション表現においてより洗練されたと感じたからだろう。癖のある馬を乗りこなせるようになったマーサが夜に駆けるシークエンスで、思わず泣いてしまったほどに。

例によってほぼ前情報をシャットアウトしていたのだけど、冒頭でクローズアップで現れるマーサの表情を観て「どういう作品なのか」がよくわかった。色彩にも驚きながら観続けることになるが、とにかくほとんどのショットでの絵が素晴らしく、またアニメーションならではの動き、カメラアングルなど楽しめる要素に満ちている。
カラミティ・ジェーン本人のことは知らなかったが、フランスの製作陣が西部劇をアニメーションで、という構図は面白い。レミ・シャイエ監督のインタビューによると、どうやらスタッフの中に西部劇が好きな人がいるというので、その辺りから構想が始まったのかもしれない。個人的にはフランス系移民のことを考えながら観ていたが、シャイエによるとマーサは「アイルランドとドイツのミックスなのかな」と言っているので、フランス系のことは関係なさそうだ。しかし吹き替えでなくフランス語音声の字幕版で鑑賞していたら、そのことをより強く感じただろう。残念ながら近所の映画館ではかかっていない。

カラミティ・ジェーンの実像についてはよくわかっていないそうだが、彼女の「自叙伝」にある、故郷ミズーリからモンタナまで家族で移動したというエピソードから着想をえたという。作中ではオレゴン・トレイルを西に長距離移動する幌馬車隊が描かれ、舞台は主にワイオミングの区間と思われる。
この物語では既に母は死去しており、あのコミュニティとマーサ達キャナリー家を結ぶ存在だったのだろう。その死んだ彼女の遺言によってキャナリー家はかろうじて旅に参加できている雰囲気である。やや頼りない父親がケガによって動けなくなると、否応なしにマーサは自分で家族を、そして自身を守ろうとする。ここでの「守られる」選択をしなかったことがメッセージになっているし、そういう女性主人公を描くことで現代的な物語になっている。

イーサンがけして悪いやつじゃないことはわかっている。彼がマーサに対して侮蔑的であるのは基本的に男仲間と一緒にいるときなので。男社会、慣習、偏見、そうした中で生き辛いのは必ずしも女性だけではない、という描かれ方も良かった。それはサムソンも同じで、後にわかるが騎兵隊という男社会では軽んじられていたのだ。だから彼はマーサに寄り添える。それを見ていたイーサンが彼に幌馬車隊から離れて欲しかったのは何も父親のことだけじゃないんだよね。こういう機微をさらりとやっているから今作は本当に素晴らしい。

そしてジョナス。彼は黒人であるので白人に対しては壁があるだろうし、その逆もしかり。あのコミュニティには黒人はいないし、マーサが育つなかでも黒人と触れる機会は少なかっただろう。ワイオミングは黒人には自由があったはずだが、どうやら天涯孤独の身ということで、至る所で物を盗んだりして生き抜いてきたと思う。そうしてマーサと山中で出会うが、あの馬車もどうやって手に入れたかは推して知るべしか。二人連れになり、インディアンから盗もうとしたことからもわかる。マーサの翻意によって捕まってしまうが、手錠をかけられただけで馬を与えられて逃される。このインディアンの処置が清々しいし、同情もしていたのかと。
ここからのバディ展開が面白く、「繋がれている」のではなく「繋がっていく」過程が最高。鎖で繋がれていないのに並走して逃げるあたりも二人の関係性の変化が示されているし、過去の日本アニメ作品を思い出したりも。シャイエたちフランス(デンマーク)の製作陣はジブリなど多くの日本アニメに触れてきたわけで、『ロング・ウェイ・ノース』に日本語吹き替え版が作られた際には、自分たちの作品に日本語があてられたことをとても喜んだという。そしてさらに遡れば、高畑勲や宮崎駿たちはフランスアニメ作品である『やぶにらみの暴君』に衝撃を受けた。こうした系譜は面白いなと思う。

ジョナスもまた西への旅を続けていたということで、その旅の理由を考えてしまうが、ホットスプリングスの金鉱で働くことを決める。そこはムスタッシュ夫人の人柄も大きいのかもしれないが、マーサと触れあったことで盗むより生み出す方を選んだということなのだ。
マーサにしてもエレガントな女性として男社会で渡り合っているムスタッシュ夫人の存在は、自身の考えを改めさせただろうし、女性として生きることは素晴らしいのだと気付いたのだろう。だから別れ際にジョナスにキスをするし、ラストではイーサンを惑わせたりもする。いやあ、本当に良い作品だ。

早くも次回作はいつ‥と考えてしまうが、前作から今作まで5年かかったことを思えばしばらく待つのは仕方ないなあ。もはや一つの様式になった感のあるレミ・シャイエ作品の存在や評価が高まっていくことを願っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?