【小説】コトノハ 後篇

「いやこれ、結構厳しいんですよ。」
「貴方が虚像民に堕ちたという事は、これまでのネット上の書き込みに問題があったという、証拠になっているんですよ。」
「訴えても、勝てるかどうか分からないですし、訴える意味があるのかという話になります。」
「しかも、都市伝説ですけど、KyoZoo!上の誹謗中傷はBotだという噂を聞いたことがあります。仮にBotだとしたらその書き込みに悪意があるのか、その辺も争点になるわけです。」
「Botなんですか?」
「あくまでも噂ですが。でなければ、名もない一般国民にここまで、罵詈雑言をぶつける事なんて考えられないじゃないですか。」
「そんなBot作って何の役に立つんですか?」
「私が想像するに、誹謗中傷される立場に立ってみろという製作者のメッセージなのではないかと。」
 それよりも、と弁護士が続ける。
「私はね、虚像民の方には裁判ではなく、カウンセリングを受けることをお勧めしているんです。」

 私は心療内科には向かわず、自宅に戻った。
部屋はカーテンを閉め切っていたため、真暗だった。貴重な一日が罵詈雑言の為に潰れたのかと、憤懣やるかたなく思える。
 テレビをつけると今朝の事件の容疑者Aが意識を取り戻したというニュースが流れていた。
私はスマホの電源を入れてコメントを確認した。夕方以降、返信は落ち着いていた。私は、少しの興味本位を持ちながら、書き込んだ。

『死ななかったのか、こーゆー馬鹿は死んでくれないと治らん』
また、罵詈雑言の返信が始まる。

 私は、心を落ち着かせるために、グラスに水を入れてグイと流込んだ。
鳴り止まない通知音が私の神経を逆なでする。
怒りに任せてグラスを床に叩き付ける。
床上に水が飛び散り、グラスが散乱した。

一息ついて、水を拭きグラスを片付ける。
片付けながら考える。
――これはBotだ、Botでなかったとしても批判好きの虚像民の集まり。
  こんな愚民共に心をかき乱される必要はない。
  ただ書込みはどうなる?
  私の書き込みは、言葉は乱暴だが賛同してくれる者も確かにいた。
  それが、虚像民に堕ちたせいで、正当に評価してくれる場を失くした。
  正当に評価してくれる場所を……

 考えていると、手の平を切ってしまった。血が手の平から指先へと伝う。滑くりが疎ましい。
 不快感を纏いながら、思考を巡らす。
  何もネットに拘る必要はないのだ。
  身一つあれば、発信は出来る。
  行動あるのみだ。

 思考がクリアになり周りを見渡す。
 テレビの中の凛とした女性アナウンサーが滔々と読み進める。
「――A容疑者は、所謂、虚像民であり、動機については、自分の発言の正当性を示すためにやった、と供述しているとのことです。
この供述に対して、警察は――」

 指先を伝った血は、床上へ流れ落ち、血溜りを作っていた。
 また、拭かなければならない。

#小説 #木村花 #誹謗中傷

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