見出し画像

Fishmansのナイトクルージングを聴いて小説書いてみた

原曲は「Fishmans ナイトクルージング」で検索するとレコチョク等、色々出てきます。
※今回はYouTube上に公式動画がアップされていなかったので、動画のリンクは貼れません。

本編始まります。

===

宇宙のもくずが、今日も大気圏内を漂っている。
彼の仕事は、地球を眺めて詩を書く事だった。
今日は、海をテーマにして執筆していた。
――宇宙のもくずさん
振り向くと、配達員が宅配物を届けに来ていた。
彼女は、配達員らしからぬ白いワンピースをはためかせながら、彼にサインを要求した。

宇宙のもくず、とサインをして荷物を受け取る。
荷物を開けようとすると、配達員が上方を指さした。
彼が指さされた方を見ると、ペンが上空を漂っている。
手を伸ばしてペンを取り、胸ポケットにしまう。
――気を付けないと、戻って来れなくなりますよ。
――気を付けるよ。
――今も、命綱外して、危ないですよ。
――それは仕方ないでしょう。これから使うんだから。
――まあ、そうですけど。
――この命綱、どこに繋がっているのかは、やっぱり教えてくれないの?
――守秘義務がありますので。
宇宙のもくずは諦めて、荷物を開ける。
中にはいっぱいの酸素が詰まっていた。
彼は、酸素の9割を呼吸に使い、残りの1割を、命綱の先にある紙コップに押し込んで耳に充てがった。
女性の口ずさむメロディが、彼の耳に飛び込んでくる。
――これに、合う詩かぁ。ちょっと書き替えようかな。
――お好きなようにしてください。
――君はこの曲を書いた人に会った事あるんだよね。
――無論です。
――どんな人?
――素敵な方です。
――そうかぁ。じゃあ、もうちょっと練り上げて、良い歌を作るね。
――そうですか。
――詩が出来たら、コレに吹き込んでおくよ。
彼が、紙コップを持ち上げる。
――お願いします。
配達員は、颯爽さっそうと帰って行った。
宇宙のもくずは、未だ見ぬ歌声の主に思いを馳せていた。

*

海のもくずが、今日も海中でたゆたっている。
彼女の仕事は、海中から空を眺めて曲を書く事だった。

――海のもくずさん
振り向くと、配達員が宅配物を届けに来ていた。
配達員の長い髪がゆらゆらと後ろにたなびいている。
海のもくずが、荷物を開けると、いっぱいの酸素が詰まっていた。
彼女は、酸素の9割を呼吸に使った。
残りの1割を使う為に、彼女は命綱を外した。

――気を付けてくださいね。
配達員が神妙な面持ちで伝える。
――大丈夫よ。
――沈んだら、戻って来れなくなりますよ。
――そうね。
海のもくずは悪戯っぽく笑って、命綱をぐいっと引張った。
――あまり乱暴に扱わないでください。
配達員が慌てる。
――これどこに繋がっているの?
――守秘義務がありますので。
海のもくずは諦めて、命綱の先にある紙コップに酸素を押し込んで耳に充てがった。
男性の詩が、彼女の耳に滑り込んでくる。
――素敵な詩ね。こんな詩を書く人って、どんな人なの? あなた、会った  
  ことあるでしょう。
――真面目な方ですよ。
――そうなの。ここに連れて来れない?
――それは、無理な相談です。
――そう、残念。編曲が出来たら、また、コレに吹き込んでおくわね。
彼女が、紙コップ持ち上げる。
――お願いします。
配達員は、颯爽さっそうと帰って行った。
海のもくずは、未だ見ぬ声の主に思いを馳せていた。

*

人魚は不幸を食べて生きている。

誰から聞いたかは、既に忘れてしまったこの言葉を、男は思い出していた。
だったら、俺を食べてくれ、と男は叫んだ。
橋上の真中をふらつきながら歩く男に、行き交う車がクラクションと罵倒を浴びせる。
男は構わず海を眺めると、遠くに豪華客船が見えた。
その灯りに吸寄せられるように、男は身を投げた。

水面に全身を強か打ち付けられる。
天地が分からなくなり、藻掻こうにも、男の手足は上手く動かなかった。
彼は、夜の海が想像以上に暗黒である事に恐怖した。

一筋の光が男に近づいてくる。
見ると少女だった。
彼女は男の周りをくるくると旋回する。
白いワンピースが泳ぎに合わせてたゆたう。
彼女は男の手を取り、海の深淵へ男を誘う。

沈みながら、男は海面を眺めた。
豪華客船が頭上を通った。
しばらくすると、海面が見えなくなり、周囲が深い青色に包まれた。
すると、少女は泳ぎを止め、ポケットから小箱を取り出した。
蓋を開けると、中から音楽が溢れ出した。
男の全身を音楽が包み込む。

水中では、音が良く聞こえる。

男はそんな事を思いながら、音楽と共に沈んでいく。
少女はそれを物憂げな表情で眺めた。

最後の気泡が口からこぼれ、肺の中の酸素が完全に消失した事を、男は確信した。

沈みゆく意識の中で、彼は確かな高揚感に包まれていた。
少女が何者だったのか、男は知る由もなかった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?