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King GnuのIt's a small worldを聴いて小説書いてみた

原曲はコチラ

本編始まります。

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外灯を頼りに、塗るドーランは上手く塗れているか分からない。
道行く人々は、僕らに、好奇な、不審な、憐憫な眼差しを向ける。
気にしてはいられない。
準備を整えると、僕はお腹に手を当て、腰に手を回し、努めてコミカルにお辞儀をする。

再生ボタンを押して、音楽が流れる。
開演の合図だ。

「後遺症で、半身不随と幼児退行が確認出来ます」
曇った医者の表情が、事態の深刻さを物語っていた。
「一生このままかもしれませんし、明日にも治るかもしれません」
「先生、私に出来る事はありますか?」
「努めて、明るく話しかけてあげてください」
「わかりました」
「或いは、そうですねぇ。二人でよくしていた事はありますか?」
「ダンスです」
僕と彼女はダンサーだった。

「嫌だ! 嫌だ!」
リハビリ室で駄々をこねる彼女を、看護師が諭しながら支えている。
――愚痴を言えてる内は、本気になれていない証拠よ――
僕はそれを眺めながら、事故前の彼女の言葉を思い出していた。
強い女性だと思っていたが、それも生まれつきじゃなかったんだなと妙に感心してしまった。
バランスを崩して、彼女が倒れる。
しなやかだった脚は、痩せ細り、見る影もなかった。
「これじゃあ踊りは――」と口を付いて出る。
まぁ、良いか。似たもの同士で。

僕は踊りを辞めていた。

入院したての頃は、何度かダンスを踊ってみせたことがあった。
彼女は決まって暴れ出した。
「見ない! つまんない!」
それはまるで、もう二度と手に入らないおもちゃを見せつけられた時のような妬ましさを込めた叫びだった。
僕は、そんな彼女を見るのが辛かった。

彼女が唯一、嬉しそうにはしゃいだ時があった。
それは、病院にホスピタル・クラウンが来た時だった。
目を見張る芸の数々が、コミカルな仕草と共に、観客を交えて進行していく。
彼女は、ははあと声を上げて笑った。
その笑顔は、以前、ダンサーとして共に踊っていた彼女を彷彿させた。
それから僕は、化粧道具と小道具を持ち歩くようになった。

「つまんない。帰りたい」
夕食を終えた彼女が愚図りだす。
「我が儘言わないで」
嫌だ! 嫌だ!と彼女が泣き叫ぶ。
僕は彼女が泣き疲れて眠るまで、なだめなければならなかった。
こんな状態が、あとどのくらい続くのだろう。
心が折れそうになる。
彼女の寝顔を見ていると、いたたまれなくなった。
僕は車いすに彼女を乗せて、病院を抜け出した。

夜の街は、彼女にとって新鮮だったのか、せわしなく辺りを見渡していた。
「ほら、あそこが行きつけのカフェで、一度、喧嘩してさ――」
僕の話など耳に入っていないのだろう。
彼女は騒々しい街並みを眺めていた。
僕は黙って、彼女を見つめた。
彼女の横顔は、ネオンに反射して輝いて見えた。

車いすを押していると、小さな公園が目についた。
「そうだ。ここに二人だけの世界を作ろう」
眉をひそめる彼女に構わず、公園に向かう。
僕は外灯の下でクラウン・ショーの準備を始めた。



何度も放物線を描くジャグリングクラブを、彼女は食い入るように見ていた。
素早い手さばきで作ったバルーンアートを、彼女は物欲しそうに眺めた。
バルーンアートを彼女に渡すと、無邪気な子どものように笑った。
その笑顔は、以前、ダンサーとして共に踊っていた彼女を彷彿させる。

そうだ。
僕らは一緒に踊っているんだ。

僕は、彼女の手を取ると、彼女は起き上がり、共に軽快なステップを刻む。
しなやかな手足、通った軸芯、伸びきった指先を駆使し、僕らは思い思いのダンスを踊る。
彼女が軽やかに飛び込んでくる。
重みを全く感じさせない彼女を、僕は難なく支え、ゆっくりと地面に下ろす。
目と目が合う――

物音がして見やると、誰かが通報したのだろう、警官が二人近づいてくる。
もう少しだけ待ってくれ。もうすぐ終わるから。

さあ、踊ろう、踊ろう。
この想像という小さな世界で。

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朗読したものをYouTubeでアップしています。


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