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【SFシナリオ】UNDEFINED……(前編)

undefined 
――プログラミング用語。宣言した変数に値を代入しない場合、その変数に
  は、未定義という意味の”undefined”という値が代入される。エラーの原
  因として出力される――

【あらすじ】
現代。大学の講師である笹沢は、ある日周囲から自分によく似た人物の存在を知らされる。気味悪がる笹沢の前に自分と瓜二つの人物が現れ、この世界がゲームであることを告げる。彼は自分をNo.3079と名乗り、自分にゲームのプレイヤーを譲れといい、笹沢を殺そうとする。そこへ、ゲームの管理人が現れて助けられる。笹沢は、管理人から、殺されるかもしれないから、周囲に気を配れと忠告を受ける。次第に精神をすり減らしていく笹沢。妻のひとみに心配されて、病院に行くと統合失調症と診断される。自分が正常なのか、病気なのか分からなくなり、苦しんでいるところに、再度No.3079が現れる――。

【登場人物表】
笹沢 大輔 =No.6174(32)…哲学科の准教授
No.3079(32)…侵入者(ハッカー)・チーター
笹沢 ひとみ(29)…笹沢大輔の妻
管理人(28)…仮想現実の管理人。女性。管理人は全て同じ姿をしている
工藤 学(62)…精神科医
No.4142(38)…侵入者(ハッカー)・サポーター
由実(20)…大学の学生
ホームレス(64)…No.3079の化身
運転者(42)…対向車の運転手
熊谷教授(53)…教授。笹沢と同じ研究室
学生
店員

*

○         異次元世界
   
どこまでも広がる真黒な床の上に黄白色のソースコードが浮かび上
   がっては消えていく。
No.3079(声)「どのフィールドもあまり進んでいないな」
No.4142(声)「そうだな。もう少し検索をかけてみるか」
   床の上のソースコードが止まる。
No.4142(声)「おい、ここ見てみろ。凄いぞ! 7つ目の扉が開く条
         件が全て揃っている」
No.3079(声)「本当だ…… これは隠しステージに進むな。扉が開くま
         での時間は予想出来るか?」
No.4142(声)「過去の事例から言って、3か月ってとこだろうな」
No.3079(声)「よしっ、じゃあ、ここで決まりだな。ハッキングの準
         備だ」
No.4142(声)「おう」
No.3079(声)「プレイヤーのコピーにどのぐらいかかる?」
No.4142(声)「アバターは秒だけど、軌跡となると、最低1か月はか
         かるぞ」
No.3079(声)「そうか…… それまでに、外堀を埋めておくか」
No.4142(声)「くれぐれも、管理人には気を付けろよ」

○         大学・教室
   笹沢大輔(32)がスーツ姿で講義を行っている。結婚指輪をはめてい
   る。黒板にはデカルトの文字。
笹沢「(腕時計を眺めて)では、今日の講義はここまでです。ありがとうご
   ざました」
   パラパラと席を立つ学生。笹沢に駆け寄る由実。
由実「先生! 昨日、A市のショッピングセンターにいましたか?」
笹沢「いや、いないよ」
由実「じゃあ、違うんだぁ。昨日、先生そっくりな人がいて、手ぇ振ったん
   ですけど、無視されて――」

   ×    ×    ×

   回想
   ショッピングセンター。
   由実が買い物をしていると、遠方にいる笹沢の姿をしたNo.3079
   (32)を見つける。
   由実、手を振りながら、笹沢先生~と声をかける。
   No.3079、由実と目があうが、すぐに目をそらし、踵を返して立
   ち去る。

   ×    ×    ×

由実「一瞬、別人かなぁって思ったんですけど、服も見覚えあったから、絶 
   対先生だと思ったんだけどな」
笹沢「まあ、世界には自分に似ている人間が3人いると言うしな」
由実「いや、あれはドッペルゲンガーですよ」
笹沢「ドッペルゲンガー…… あのピタゴラスも、そんな経験したらしい
   な」
由実「先生、さすが詳しいですね!」
笹沢「専門だからな。それより時間大丈夫か? 次の講義あるんだろう?」由実「あっ、すみません。失礼します」
   走り去っていく由実。それを眺める笹沢。

○         笹沢マンション・全景(夜)
   5階建てのマンション。1階がピロティで駐車場。

○         笹沢マンション・LDK(夜)
   ダイニングテールで夕食を食べている笹沢と笹沢ひとみ(29)。
笹沢「今日学校で、学生から、昨日A市のショッピングセンターにいました
   かって聞かれてね」
ひとみ「うん」
笹沢「いってないから、いないよって答えたんだけど、そしたら、俺そっく
   りな人がいたっていうんだよ」
ひとみ「他人の空似ってやつね」
笹沢「いや、服まで一緒っていうから、ドッペルゲンガーじゃないかって」ひとみ「あの、出会ったら死ぬっていう……」
笹沢「そうそう」
ひとみ「そんなの、気にすることないじゃない」
笹沢「そうだけど、あんまり気分の良いもんじゃないよ」
ひとみ「とりあえず、食べて忘れちゃいなよ」

○         大学・カフェテリア(昼)
   笹沢、学食トレイを持って座れる所を探している。
熊谷「笹沢君」
   手招きする熊谷教授(53)。熊谷の対面に座る笹沢。
笹沢「教授、おはようございます」
熊谷「何だ、今日は愛妻弁当じゃないのか?」
笹沢「はい。妻がパートを始めまして」
熊谷「あーそうか。だから、昨夜、惣菜買ってたのか」
笹沢「あ、いや。昨日は妻が夕飯を作ってくれました」
熊谷「えっそう? じゃあ別人かぁ。そっくりだったなぁ」
   笹沢、黙って、食事を続ける。

○         笹沢マンション・書斎(夜)
   ノートパソコンを開いて、仕事をしている笹沢。
笹沢「(キーボードを打つ手を止めて)あっ、しまった」
   ドアを開けて部屋を出る笹沢。

○         笹沢マンション・LDK(夜)
   笹沢、車の鍵を取って、ポケットに入れる。
   ドアが開き、ひとみが入ってくる。
ひとみ「あなた、さっき何してたの?」
笹沢「え? 何のこと?」
ひとみ「車のタイヤじっと見てたでしょ――」

   ×    ×    ×

   回想
   笹沢マンション1階。駐車場。
   エレベーターから降りてくるひとみ。両手にごみ袋を持っている。
ひとみ(声)「ごみ出しに1階に下りたら、あなたがいて――」
   笹沢の姿をしたNo.3079、腹ばいになって、笹沢の車のタイヤを
   凝視している。
ひとみ(声)「何してるのって、聞いても、あなた何も答えずに――」
   ひとみ、No.3079に何してるのと問いかける。No.3079、ひと
   みを一別するも、何も言わずに、階段を上っていく。
ひとみ(声)「階段上がっていったの」

   ×    ×    ×

笹沢「いや、今まで、書斎で仕事してたよ。それで、大学に資料忘れたから
  取りに行こうと思って、出掛ける準備を――」
ひとみ「(悪戯っぽく笑いながら)へぇ、じゃあ、ドッペルゲンガー君がタ
   イヤの状態でも見てくれてたんじゃない?」
笹沢「止めてくれよ」
ひとみ「それと、さっき、お隣の村上さんの奥さんと会って、お呼ばれされ
   ちゃったから、ちょっと行ってくるね。あなたどうする?」
笹沢「仕事も残っているから、遠慮しとくよ」
ひとみ「そう。あんまり根詰めないでね」

○         車中(夜)
   
運転をする笹沢。ダッシュボードに携帯。助手席に資料が置いてあ
   り、フロントガラスの端にお守りが垂れ下がっている。携帯が鳴り、
   目線を落とす。
   ディスプレイには『ひとみ』の文字。目線を上げると目の前にホーム
   レス(64)が立っている。咄嗟に右ハンドルを切り、ブレーキを踏む
   笹沢。対向車が目の前に来ており、覚悟して目を瞑る。音もなく車が
   止まる。困惑しながら辺りを見渡す笹沢。車内に特に損傷はないが、
   お守りが消えている。それに気づかず呆然としている笹沢。
運転者「おい、あんた…… 大丈夫か!」
   黙って頷く笹沢。
運転者「いやぁ、良かった。絶対ぶつかったと思ったんだけど、何ともない
    みたいだ――」

   ×    ×    ×

   インサート
   笹沢の車と対向車。ギリギリでぶつかっていない。

   ×    ×    ×

運転者「で、どうしたの、急に? 動物でも飛び出した?」
   ハッとして、車を飛び出し、ホームレスを探す笹沢。後方で笹沢を見
   つめているホームレス。笹沢、駆け寄ろうと走り出すも、ホームレス
   は黙って、立ち去る。追いつこうとスピードを上げるも、ホームレス
   の姿がゆら~っと消える。唖然とする笹沢。しばらくして、車に戻
   り、運転者とあいさつをかわしてから、車に乗り込む。

○         笹沢のマンション・共用廊下(夜)
   
頭を掻きながら、ドアの前に立つ笹沢。鍵を開けて中に入る。

○         笹沢のマンション・廊下~LDK(夜)
   
廊下からLDKに向かう笹沢。
   すりガラスのドア越しに、LDKに人影を確認する。
笹沢「(ドアを開けながら)何だ、意外と速かったな――」
   ダイニングチェアに腰かけているNo.3079。笹沢と全く同じ外見
   をしている。
No.3079「先に、上がらせてもらったよ」
   呆然とする笹沢。ダイニングテーブルのコーヒーカップに手を伸ばし
   一口飲むNo.3079。
No.3079「美味いコーヒーだな。センスがいい」
No.3079「さっきは驚かせてすまなかった。リビルドに慣れてもらおう
      と思ってね。」
   笹沢、眉を顰める。
No.3079「さすがに、何のことかわからんよな。こうすれば、わかるだ
      ろ?」
   No.3079、先程のホームレスに変化する。驚く笹沢。ホームレス
   から笹沢の姿に戻るNo.3079。
笹沢「あんた何者だ? 何故俺を付けまわす?」
No.3079「それを答えるには、前置きが長くなるな。(腕時計を眺め
       て)まあいいか。ひとみさんが帰ってくるまで、53分はかか
       るからな」
No.3079「君が今いる世界は、ゲームの世界だ。君は『この世界』とい
      うゲームソフトの中のキャラクター『笹沢大輔』を選んだプ
      レイヤーだよ。プレイヤーNo.6174。そして、君以外の
      全て――ひとみさんも学生も犬も猫も、全てプログラムだ」
笹沢「プログラム――」
No.3079「ああ。君は、人類の健やかな発展を目指して、今正にプレイ
      しているわけだ。」
笹沢「……馬鹿馬鹿しい!」
No.3079「信じられないのも無理はない。(ティースプーンを手に取っ
      て)証拠を見せようか」
   No.3079、持ったティースプーンを手放し、テーブルの天板に落
   とす。スプーンの先が天板に突き刺さる。
笹沢「!」
No.3079「リビルド。コードを書き換えると、こういうことが出来る。
      さっきの車もそうだ」
   No.3079、コーヒーを飲もうとして、コーヒーカップが消えてい
   ることに気づく。
No.3079「コーヒーが消えたか。厄介なバグだ」
笹沢「バグ?」
No.3079「あぁ。物理演算を無視したコードの書き換えは、必ずこの世
      界にバグを発生させる」
笹沢「バグで、コーヒーカップが消えたと?」
No.3079「厳密にいうと、バグ自体は、空間が歪ませることが多い。発
      生したバグは、瞬時に修復されるが、修復不可能だったものは
      デリートされる。プレイヤーが認識出来ることは、デリートさ
      れたという結果だ。つまり、コーヒーは修復不可能だったって
      ことさ」
   笹沢、No.3079を見つめる
No.3079「そろそろ、本題に入ろう。私もこのゲームをしているプレイ
      ヤーだ。プレイヤーNo.3079。なかなか、上手く行かなく
      てね、苦戦している。対して、君は実に優秀なプレイヤーだ、
      この世界は、もうすぐ隠しステージに進む。隠しステージは今
      までどのプレイヤーも進んだことがなく、最初に隠しステージ
      に進んだプレイヤーには、ボーナスポイントが入るんだよ――
      そこでお願いなのだが……プレイヤーを変わってくれないか。
      何、君の人生をコピーして、きちんと『笹沢大輔』を引き継ぐ
      から。君はちょっと死んでくれるだけでいいんだ」
   詰め寄るNo.3079と後ずさる笹沢。No.3079、ネクタイを指さ
   す。笹沢のネクタイが後ろに引っ張られる。もがき苦しむ笹沢。
No.3079「ダメだな。ネクタイなんかしてたら。殺してくださいって言
      っているようなもんだぞ。実際、私は君をいつでも殺せ――」
   不意に壁を見つめるNo.3079。
No.3079「速いな。もう来たか」
   身体を傾けるNo.3079。No.3079の立っていた所目掛けてレー
   ザー光線が発射され、椅子の背もたれに当たる。
   真白なスーツを着た管理人(28・女性)が部屋の中に現れる。髪型は
   ミディアムロングで手にはレーザー銃を持っている。管理人、No.3
   079に銃口を向ける。
No.3079「(天井を見上げて)脱出だ」
   発射音と共にレーザー光線が発射されるが、No.3079の姿が瞬時
   に消え、光線が壁に当たる。壁に損傷はない。
管理人「あぁっ、逃げられた。(笹沢の方を向いて)大丈夫でしたか?」
笹沢「大丈夫じゃないですよ! 何ですか、あいつは? というか、あなた
   も誰ですか?」
管理人「この世界の管理人です。ハッカーの駆除を行っています」
笹沢「ハッカー…… あいつのことですね。助けてください! いつでも私
   を殺せると言っていました」
管理人「大丈夫です。それはハッタリです。奴はあなたを殺すことは出来な
    い。今、プレイヤーが死ねば、この世界は消滅します」
笹沢「本当ですか?」
管理人「ええ。ただ、コピーが終わって、プレイヤーが2人いる状態でどち
    らかが死んでも世界は継続されます」
笹沢「コピーが終わったら殺しにくるのですか?」
管理人「殺しにくるでしょうね。ただ、奴自身は、全データをコピーした時
    点で、笹沢大輔の自我が上書きされ、あなたを殺そうという意識は
    なくなるでしょう。問題は奴のサポーターです。サポーターはあの 
    手この手を使って、あなたを殺そうとします。誰の話も信じてはい
    けません。どんな些細な現象にも注意を払ってください。奴らは、
    環境をデザインして、あなたが死ぬように誘導してくるでしょ
    う。」
笹沢「わかりました。コピーが完了するまでの猶予は、どのぐらいあります
   か?」
管理人「おそらく1週間程度だと思います」
管理人、名刺を差し出す。
管理人「何かあれば、こちらに電話してください。すぐに駆けつけます」
   笹沢、名刺を受け取り、眺める。目線を上げると管理人は消えてい
   る。
――続く――





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