冬の鬼怒川湯西川再訪日記 中編


  川治温泉駅から湯西川温泉駅まではたったの5分で到着する。
 列車は10分程遅れていたが、多少遅れたところで温泉街へと向かうバスはその列車から乗り継ぐ人たちを想定してのものでもあるので必ず待っているはずだと、さして気にも留めずにまたトンネルの中の駅で降りる。また予めドア前にさっさと立ち、去る列車を見送ることもなく、楽をしようとエレベータへと向かうこともなく、一目散に階段を駆け上がった。階段は57段あるらしいが、自分でも驚くほどにすたすたと動けた。

 大勝利。
 このあとバスの車内には予想通りぞろぞろと乗客が乗り込んで来た。

 ぎっしり人を乗せたバスを終点のひとつ手前で降り、ひとまずこの日の宿へと向かう。向かうというかその宿は降りたすぐ目の前だった。

 この日の我が領地。こたつがどーんとその存在を主張する素敵な和室。おひとりさま向けで4畳半と広くはないが、必要十分。なによりお安い。古宿で到るところで未だにこんなものがあるのかと昭和を感じたりもするが、むしろそれがいい。今回は2つしかないこの部屋がたまたま空いていたからこそ、急遽また行こうとなった。今回の旅はここからメインイベント。それまでしばしのんびりとこたつに入ってくつろいだ。

 小一時間休憩し、17時を少し回ったところで外へと繰り出した。
 先週訪れた平家の里を左手に通過して続く一本道。ぞろぞろと、同じように真っ直ぐ進んでいく人たち。

 ほんの10分ほど、距離にして1キロ程度。
 薄暮時。雪の河川敷。
 これだけでも悪くないと思う。だけれど橋の上、人だかりの中、隙間を見つけ、振り返れば、

 17時半からだとされているのにそれよりもいくらか早く既に灯された小さなかまくらの並ぶ光の景観。なんでもう既に灯されているのかは、後で理解することになる。とまれ皆この光景を眺めにここへと集う。そして夜が訪れる。

 湯西川温泉かまくら祭 沢口河川敷会場

  山間の雪深い小さな集落の本気。

 一目見ようと、目に焼き付けようと、人が次々と集まり、歩き、撮り、佇む。何故なのか、説明なんてきっと要らない。

 小さなかまくらの中の光は、ひとつひとつプラコップの中にろうそくを入れて灯している。開始時間とされていた時刻よりも早く既に灯されていたのはそんな手作業によるものだからだ。時間になりましたでパッと点灯するようなものではない。無数の光のその全てがこうやって作られる。とんでもなく手間のかかるイベントだと感嘆する。ここにあるものは、揺らぎのある、人の手による、温かい光だ。ひとりやふたりでは成し遂げられない、小さな集落の本気だ。こんなことをもう何年も継続して冬の一ヶ月程の期間、水曜と木曜以外は毎日続けているという。その価値がどれほどのものか。これまで見た中で最も素敵な夜景だと、ただ思う。

 気がつけば河川敷で二時間も経過していた。いつまでても見ていたくなる、そんな光景だった。けれどもまだ見たいものがあるからと来た道を戻る。平家の里前の路線バスの終点までたどり着くと、19時10分の臨時便が乗客を乗せ走り出す直前だった。かまくら祭期間中は往復一本出してここまで運んでくれるので、他の周辺地域での宿泊や、普通列車乗継という苦行にはなるけれど、それを覚悟の上であれば都内からでも日帰りでこれを見ることが実は可能だ。一週間前にそれを知っていたら…… とも思うのだけれど、この場所に泊り込みで来たほうが思う存分堪能できるしで、あまり悔しくもない。実際こうしてここでのんびりと次を楽しもうとしているのだから、ただただまた来てよかったと、それだけだった。

 そんな次。夜の平家の里。

 一週間前にも昼間散策したけれど、夜に照らされるこの場所はやはり格別だった。

 しかもこれで昼間の入場料510円に対して夜のみの特別チケットは300円だったりする。そういえばさっきの河川敷なんてあれだけのことをやっておきながら無料だ。なんと商売っ気のないことか。

 赤間神宮は参道脇にミニかまくらを並べて仄かに照らしていた。

 気がつけばここでものんびりとしてしまい、時刻は20時半。ライトアップはどこも21時までらしいので、もう残り30分となった。もうひとつ行きたい場所があったので、急がなきゃと後にした。

 この日最後のお祭り会場。慈光寺。たまたまだけれど世話になった宿のすぐ近く。時刻は20時45分。

 間口に6体のかまくらを並べ、どことなしに、しんみりと、いくらかの幽玄さを感じさせる静かな光。耳をすませばすぐそばの川の流れる音。それだけが届く。ここはひとりで静かに眺めていたくなる。なので後ろから足音が聞こえてきたところで、次の人とすれ違いつつ退散した。時刻は20時50分。この日のお祭りも、あと少しで終わる頃合いだった。

 21時に宿に戻りしばし撮ったものを眺めたりしていたら、それだけであっというまに2時間とか過ぎていた。さすがにもうかなり眠かった。けれども、せっかく温泉宿に来たのだから、と温泉に浸かる。
 その温泉は、屋上露天。
 扉に鍵がかかっていなければどうぞご自由になんて方式で、入ったら鍵をかけること。つまり貸切。なのに追加料金とかは特にない。神か。いや平家だっけ。
 間違いなく氷点下な屋外であろうが湯は熱々で、夏場だったら熱湯風呂状態かもというくらいなのだけれど、今は真冬。むしろこれくらいでちょうどいいとじっくり浸かって、出るとなんかつるっつる。さすが温泉。素晴らしい。満足。と部屋に戻る。
 そして気がついたら朝だった。

(続く)

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