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忘れがたき私的名作漫画 『あさぎ色の伝説』

「泥がついていたが歳三はかまわず喰った。草モチをこんなにうまいと思ったことはなかった。」


 実はそれほど幕末ファンではない。もっと言うなら日本史ファンでもない。
 だって
なんかあったら切腹で責任取る社会ってキツそう。
って思ってたから。
 そりゃあそれくらい、主君とか使命とかに命をかけた人もいただろうし、そこまで思えるものを持てた生涯は、こんな私の危惧なんか無関係にある意味、充実して幸せなもんなのかもな、とは思う。
 でも絶対、そこまで気持ちを持って行けない人だっていたと思うし、そんな人には生きにくい社会だったんじゃないかな、って思う。私なんかきっとそのクチだし、そういう意味では現代日本に生まれてよかった、ともっと強く思う。

 更に言うならなんかあったら切腹、の歴史で育ってきた国民に、笑顔が少ないのは無理ないんじゃないだろうか…。

 と少々、脱線してしまったが、こんな歴史への情熱が薄い私の元にもたまにやって来るのが『新撰組』を扱った作品群。昔ながらの舞台演劇、小説、漫画をはじめ、何度でも演者や解釈を変えてドラマ、映画、アニメの題材に取り上げられる。こんなに時間を超えて引っ張りだこの剣客集団も中々いないかもしれない。


現在は連載元の白泉社ではなく、秋田書店から傑作選として出版されているのみ。

 そんな中でも今回、私が取り上げた和田慎二さんの『あさぎ色の伝説』は今となっては“異色寄り”の作品かも知れない。というのも新撰組を扱った作品の中ではこれ、あんまり史実については重きを置かれて語られていないからだ。
 むしろ幹部や隊士たちが出会った、市井の人々との物語が中心だ。

 見出しにしたセリフも新撰組副長の土方歳三が子どもの頃、奉公先で出会った同僚(?)の少年たちとの間で起こった出来事が発端である。
 主人が奉公人みんなに振る舞った草モチを、先輩格の少年が、歳三のみ除け者にして渡そうとしなかった。
「新入りのお前にやるモチなどない」というのが、その言い分だ。

 これに歳三は猛然と抵抗する。多人数相手に殴り合いの喧嘩を繰り広げ、とうとうその争いに勝ち、草モチをほぼ、独り占めにする。
手に入れた方法は暴力によるもので、正当なやり方ではない。しかも自分の分以外のモチも手に入れている。
 けれど、そうやって手に入れた草モチは、極上の味わいだった、と言うのだ。

 私は争いが嫌いなタイプだ。だからこんな状況になったら、我慢してしまうか、「そんなのおかしい。」と理に訴えるかで応じると思う。
 でも本当は、こんな時には相手を殴ってでも手に入れるくらいの気概で相手に向き合う方がずっといいのかも知れない。そんなことを教えてくれるのがこの物語だ。
 このエピソードがいつだって、私の弱気を叱咤してくれるのだ。

 この話では歳三はこの後、殴り倒した相手に尾鰭をつけて番頭にチクられ、それをまに受けた彼にねちっこく怒られるのだが、その番頭にも一発入れて即日、職場を去ってしまう。
 ブラックな職場への対応としては、変に精神的に調子を崩す、などという事態になる前に、本当はこれが一番健全な対応法なのかも知れない。

 読んでいると凹んだ気持ちが明るくなるエピソードであり、私の中の名作である。

 話は変わるがこの和田さんの描く土方歳三、他の漫画のように美形には描かれないところも気に入っている。
いや、作者はセリフの中で「あの役者みたいなツラをした…」と第三者に語らせてはいるのだが、元々、ホラーも大得意な方なので、少女漫画ではほぼ必ず美青年〜イケおじに描かれる彼が、三白眼で、そこそこにホラー・タッチなのだ。

 ……なんか、イイんだよね。

 ※今回はますのさんの写真を使わせていただきました。


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