連鎖 3
【第二章】『母からの暴力』
数日後美咲から報告を受けた本間は、面倒だと思いながらも学校を休みがちだった事もあり、仕方なく絵梨花の家を訪ねる事にした。
絵梨花の家は母子家庭であり、平日は仕事で会えないため日曜日でなければ会う事は叶わず、日曜日の午後、本間は相沢家へと向かう事となった。
「先生申し訳ありません、日曜日なのに来て下さって」
「いえ構いませんよ、生徒の為ですから」
「ありがとうございます、私もどうして最近絵梨花が学校に行かなくなってしまったのか分からなくて、とにかく上がって下さい」
最後に明るくそう言った母親の絵理であったが、それは表の顔であり、裏ではいつの頃からか親子の関係は冷え切っており、子供に関心のない母親となっていた。
絵理が階段の下から二階の絵梨花に向かって呼びかける。
「絵梨花、先生が来て下さったわよ、降りてきなさい」
ところが絵梨花は部屋にこもって降りてくる様子がなかった。
「お母さん、二人きりで話しがしたいので僕が絵梨花さんの部屋に伺ってもよろしいでしょうか」
「分かりました、あの子の事よろしくお願いします!」
絵理に二階の絵梨花の部屋へと案内をしてもらう本間。
「絵梨花開けるわよ、先生が来てくれたの、入っていいわよね」
「入るぞ絵梨花」
絵理がドアを開けると、絵梨花の部屋へとそっと足を踏み入れる本間。
「何だ元気そうにしているじゃないか」
「何しに来たの?」
「ちょっと家庭訪問にな、ほら、ここんとこお前ずっと休みがちだろ、あまり休んでいると勉強も遅れちゃうと思ってな?」
「何言っているの? ほんとは面倒だと思っているくせに」
核心を突かれ思わずドキッとする本間。
「何言っているんだ? ほんとに相沢の事が心配だから来たんじゃないか」
「どうだかね、ほんとは義務感だけで来ただけでしょ?」
「分かった、絵梨花がそう思うならそれでいい、それよりどうして学校に来ないんだ?」
「先生には関係ないでしょ!」
その言葉も強がりからくる言葉であった。
「関係ない事あるか、絵梨花も俺の大事な生徒なんだ」
「別に何でもないわよ、ただ行きたくないから行かないだけ」
「そんなの理由になるか?」
「理由になるんだから仕方ないじゃない」
「なあ絵梨花、絵梨花が立花をいじめていたってほんとなのか?」
突然の問い掛けに絵梨花は驚いてしまい、とうとうバレたかと感じていた。
「美咲が言ったの、それとも楓?」
「誰とは言わない、それでどうなんだ、絵梨花が主導でいじめを行っていたと聞いたがほんとなのか? みんなに強要していじめをさせていたそうじゃないか」
この時お茶を運んできた絵理がドアの外でこの話を聞いており、いきなり飛び込んできた。
「いい加減な事言わないで下さい先生、うちの子が人様の家の子をいじめる訳ないじゃないですか!」
(あぁ変なとこ聞かれてしまった、だからこんな面倒な事嫌だったんだ……)
本間は深いため息をつきながら後悔する。
「ですがお母さん、クラスメイトからの報告も聞いていますので」
「それがどうしたと言うんです、その子が嘘をついているかもしれないじゃないですか、そもそも一体どこの誰なんです、そんな事を言ったのは」
「申し訳ありません、氏名はあかせないんですよ」
「だったらほんとにそんな報告があったなんて信じられないですね」
そんなところへ絵梨花の声が飛んできたが、その声は重く沈んでいた。
「やめてママ、ほんとの事なの、あたしがいじめの首謀者なのよ、あたしが中心になっていじめていたの、でもまさか加奈が自殺してしまうなんて思わなかった、ごめんなさい先生」
「それは先生に向ける言葉ではないんじゃないか?」
「そうですね」
「美咲ほんとなの? あなたがいじめなんかするなんてママ信じられないわ」
「ほんとなのよママ、ごめんなさい」
「お母さん、申し訳ありませんが一度席を外して頂けませんか?」
「でも……」
「お願いします!」
「分かりました」
渋々部屋を後にする絵理。
母親が居なくなったのを確認すると、再び話を続ける本間。
「なあ絵梨花、最初に先生が加奈の自殺を報告した時、いじめがばれるからこのまま死んでくれればいいって言ったそうだが、それも本当か?」
「はい、言いました」
「どうしてそんな事言ったんだ、もしかして絵梨花なりの強がりだったんじゃないか?」
こくりと頷く絵梨花。
「やっぱりそうか、でもいくら強がりでもその言葉はよくなかったな?」
この頃の絵梨花の態度は軟化しており、今にも泣きそうなくらいだった。
「はい、本当はあたしも加奈が自殺してしまった事でいじめた事を後悔していました」
「もしかして絵梨花、今度は絵梨花がいじめのターゲットになっているなんて事はないか」
「そんな事ありません!」
「だったらどうして急に休みがちになるんだ、先日あった試験のカンニング事件だって、誰かにはめられたんじゃないのか?」
「だからそんな事ないって言っているじゃないですか!」
「そうか分かった、絵梨花がそこまで言うなら仕方ない、とにかく学校には来てくれ、いじめがないなら来られるだろ?」
「分かりました、気が向いたら行きます」
口ではそう言ったものの、この時点で絵梨花は依然登校する気になれずにいた。
「じゃあ先生そろそろ帰るからな? ちゃんと学校来るんだぞ!」
本間は絵梨花の部屋を後にする。
階段を下りた本間は母親の絵理に挨拶をしつつ玄関へと向かった。
「お母さんおじゃましました、これにて失礼します」
その声に奥から玄関先へと飛んでくる絵理。
「あら先生お帰りですか? ほんとに本日はありがとうございました。まさかうちの子が人様の家の子をいじめていたなんて、ほんとに何とお詫びしたらいいか、あの子がいじめていた相手の子は亡くなってしまったんですよね、お詫びしてもしきれません、今後どう償っていけば良いのか、本当に申し訳ないです!」
「起きてしまった事は仕方ありません、と言いたいところですが今回の件は人の命がかかわっていますからね、こんな事あってはなりません! 今後はこの事実をどう受け止め、どう償っていくかでしょう」
「そうですよね、本当に申し訳ないです、ほんと償っても償いきれない事をしたんだと思います」
「ただ絵梨花さんは否定していますが、恐らく今度は絵梨花さん自身がいじめのターゲットになってしまっているかもしれません」
「そうですか、自業自得かもしれませんね」
そう言いながらも深いため息をつく絵理。
「確かにそうかもしれないですが本来いじめなどあってはならない事ですから。とにかく今日の所は帰ります、ではこれにて失礼します!」
そうして本間は相沢家を後にしたが、本間が相沢家を後にすると絵理はすぐさま裏の顔をのぞかせた。
本間が相沢家を後にするとともに徐々に怒りが込み上げて来た絵理は、二階へと駆け上がり絵梨花の部屋へと飛び込んでいった。
「あんた何してくれちゃっているのよ、本間に家庭訪問されるなんて、ようやく休日にゆっくりできると思ったのに、せっかくの休みが台無しじゃない! あんたがいじめていた子が自殺したって? 形だけでも謝りにいかなければいけないでしょ、その時責められるのはあたしなのよ、なんて言って謝ったらいいか分からないじゃない!」
そう言いながら絵梨花の事を何度もたたきつつも攻め立てる絵理。
「ごめんなさいママ、もう許して、お願いママ」
それでも殴る蹴るを繰り返し、それはいずれも人にばれないよう他人から見える顔などは避けて行われていた。
「今度はあんたがいじめにあっているって? そんなの自業自得じゃない、あんたが悪いんでしょ、良い? 明日からちゃんと学校に行くのよ、世間体ってもんがあるの分かる? あんたがいつまでも休んでいるとあたしが近所に顔向けできないじゃない」
「分かりました、行きますからもうやめて下さい、お願いします!」
母親からひとしきり暴力を受けた絵梨花であったがようやくそれも終わり、ほっとする事が出来た絵梨花。
ようやく母親の暴力から解放されほっとしたものの、翌日から学校へと行かなければならず絵梨花は憂鬱な気分に{晒《さら》されていた。
翌日の月曜日、学校へと登校した絵梨花であったが美咲達の絵梨花に対する態度は依然変わらぬままであった。
だがそれも今では美咲と楓の二人だけであり、ほかのクラスメイト達の態度は軟化していた。
「久しぶりね絵梨花、またいじめられに来たの? 良くもまあ来れたじゃない、また思いきりいたぶってあげるから覚悟しなさいよ」
美咲の言葉に恐怖を覚えながらも、出来る限り毅然とした態度で応える絵梨花。
「出来るもんならやってみなさいよ、あんた達でしょ本間にチクッたの」
「だからなんだって言うのよ、別に良いじゃない本当の事なんだから」
「そうね別に良いわ、だけど本間も気付いているみたいよ、今度はあたしがいじめにあっている事」
その言葉に、二人の表情が険しい物へと変わった。
「何よチクッたの?」
そんな楓の一言に応える絵梨花。
「そんな恥ずかしい事出来る訳ないじゃない、でもあたしへのいじめについてはあんた達が主犯だって事がばれるのも時間の問題じゃないの?」
「そんな事言って、そう言えば警戒していじめが無くなるとでも思っているの?」
「そんな事ないわよ、ほんとの事なんだから仕方ないじゃない、信じないなら良いわ」
結局その後も絵梨花に対するいじめは続き、辛い日々を送っていた絵梨花。
一方担任の本間は、いじめがあった事が発覚した後も義務感から一度絵梨花の家に家庭訪問に行っただけであり、加奈の時のいじめの件も、今回の絵梨花に対するいじめの件も面倒だからと上に報告する事は無く、特にいじめを解決しようともしなかった。
つづく
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