冤罪とデジタルタトゥー 2

 

 【第一章】『逮捕』

 駅に着いた悟志はバスを降りると絵梨花に呼び止められた。

「ちょっとおっさん」

「なんですか?」

「大声出されたくなかったらこっち来な!」

 そんなふうに言われてしまい仕方なく付いていくことにした悟志だが、この時悟志はこの女子高生が悟志が注意したあの女子高生だとは気づいておらず、一体この女子高生は何の用があるのかと疑問に思っていた。

 絵梨花は連絡通路を渡り、西口ほど栄えていない駅の東口の、さらに人通りの少ない路地に向かうとたまらないといった様子で悟志が尋ねる。

「一体何なんですか! わたしは何もした覚えないですけど、会社に遅れるじゃないですか、用件があるなら早くしてください」

「何言ってんだよおっさん、人のケツ触っといて知らないとは言わせねえぞ?」

 しかしこの時の悟志には全く身に覚えがなく、痴漢などやってないという確たる自信があった。

「何かの間違いじゃないですか? わたしはこういうことに巻き込まれないように普段から背中にリュックを背負い両手でつり革を握っているのでそんなこと出来ようがありません、ほかの人と間違えているんじゃないですか?」

「そんなことないだろ、嘘つくなよ!」

「嘘なんかじゃないですよ!」

「まだそんなこと言ってんの? あたしの周りには男はあんたしかいなかったんだからあんた以外誰がいるって言うのよ! いい加減認めなさいよ往生際悪いな」

 しかし絵梨花の放ったその言葉こそが嘘であった。

「でもやってないものはやってない、認めるも何もないだろ!」

「まだそんなこと言ってんの? まあいいわ、仕方ないから示談にしてあげる、そうね、五十万で我慢してあげるわ、良いから早く出しなさいよ」

「五十万てなんだよ」

「分からない? 取りあえず五十万出せば警察には黙っててあげるってことよ、安いもんでしょそのくらい」

 絵梨花の放ったこの言葉によって、悟志は絵梨花に対する疑惑が確信へと変わった。

「結局それが目的だったんだな?」

「よくわかってんじゃない、だったら早く出しなさいよ」

「とうとう本性出したな、俺はやってないって言ってんだろ! 金なんか払わねぇからな、仕事遅刻するからもう行くぞ!」

 そう言ってその場を立ち去ろうとする悟志であったが、直後絵梨花が大きな悲鳴を上げた。

「キャーーー痴漢、誰か助けてーー」

 人通りが少ないとはいえ一人もいない訳ではなく、そんな僅かな通行人たちが何事かと一斉に悟志の方に振り向いた。

 それには絵梨花の計算もあり、あまり人が多いと二人の会話を聞かれる恐れがあり、絵梨花のたくらみがバレる恐れもあったためこの路地を選んだのであった。

 さらに用意周到と言うべきか絵梨花は防犯ブザーを持っており、そのひもを引くとそれを鳴らしてしまう。

 突然のことに悟志がうろたえていると、その悲鳴を聞いた数名の通行人が駆け付け悟志は取り押さえれられてしまった。

 そこへ駅前の交番から二人の警察官が駆け付けると悟志は警察に引き渡されてしまった。

 それでも必死に抵抗する悟志。

「わたしは何もやってない! その子が突然悲鳴を上げたんだ」

 そんな悟志の必死の訴えにも二人の警官は信じていなかった。

「分かったわかった、話は署で聞くから、おねえさんにも話を聞きたいから一緒に来てくれる?」

 二人を分けて話を聞きたいものの、交番にはそのスペースがなく尚且つその交番には女性警官がいないため、先に悟志がパトカーで署へ連行し話を聞き絵梨花はその後応援に来たパトカーにより署へと行くことになり、その後女性警官によって話を聞くことになった。

 まず最初に警察署に着いた悟志が取調室に連れていかれ、担当刑事の佐伯から取り調べを受けることとなった。

「あんた名前は?」

「刑事さん信じてください、わたし何もしていませんよ」

 情けない声で訴える悟志であったが、そんな訴えも佐伯ははなから信じようとしなかった。

「良いから名前!」

「分かりましたよ言えばいいんでしょ! 飯塚だよ」

「下の名前は!」

「悟志、飯塚悟志、これで満足か!」

 投げやりのような気持ちで言い放った悟志だが、その後佐伯の口から放たれる言葉に耳を疑ってしまった。

「じゃあ飯塚さん、あんたどうしてあんなことしたの、いい歳して女子高生を襲うなんて恥ずかしくないの?」

 その言葉に怒りをにじませ激しく反論する悟志。

「あなたさっきの話聞いてました? 私は何もしてないって言ったじゃないですか!」

「だったらどうしてあんたはここにいるんです、女子高生の悲鳴を聞きつけたから周囲の人があなたを取り押さえたんでしょ?」

「それがそもそもの間違いなんです、私は何もしていないのに彼女が突然悲鳴を上げたんです!」

「そんな嘘が通用すると思ってんの? だったらどうしてあんたらあの場で二人きりでいたの、いい加減なこと言うんじゃないよ!」

「いい加減なんかじゃありません! わたしの方が彼女に連れられてあの場に行ったんです」

 そんな時取調室のドアが開き、一人の警察官が入ってきて佐伯に耳打ちをすると、佐伯の表情がわずかに変わった気がした。

「飯塚さん嘘をついてはいけませんね、あなたバスの中であの女子高生に痴漢を働いたそうじゃないですか、それを彼女が警察に訴えるというと何を思ったかさらに襲ったそうじゃないですか」

「どうしてそんな話になってしまうんです! 確かに彼女はわたしがおしりを触ったと言いましたがわたしにはそんな覚えはありません、そもそもこれは彼女にも言ったことですが、わたしは普段からこういう事に巻き込まれないように両手でつり革を持つようにしています、もちろん今朝もそうしていました。そんなわたしに痴漢などできるわけないでしょ!」

「口では何とでも言えるだろ」

 未だ信じようとしない佐伯に対し悟志はさらに訴える。

「彼女は警察に黙っていてあげるからと言って五十万もの金を要求してきたんだ、それって結局金目当てだったってことじゃないのか、だから何もしていないのに金だけ要求されたのがばからしくなってその場を去ろうとしたんじゃないか、そしたら何もしてないのに突然悲鳴を上げやがって」

「ほんとなのそれ、また嘘なんじゃないの?」

「またって何ですか、今までだって一度も嘘なんてついていませんよ!」

 怒りを込めて反論する悟志。

「それよりいい加減帰してくださいよ、完全に遅刻じゃないですか!」

「何言ってんの、あんた痴漢を働いておいて帰れるわけないでしょ! ここに泊まってもらうんだよ」

「だからやってないって言ってるじゃないですか!」

 その直後、取調室の中に佐伯の怒鳴り声と机をたたく音が響き渡った。

「まだそんなこと言うか、いい加減認めたらどうなんだ!」

「だからやってないって言ってるのに」

 悟志が困り果てたように呟くとそれに佐伯が続く。

「とにかく明日もう一度話を聞くから、一晩泊まってせいぜい頭を冷やすんだな?」

 その晩留置場で夜を明かした悟志は、翌日再び取り調べに挑んだ。

 まず最初に佐伯が尋ねるが、依然として佐伯は悟志が犯行を行ったと決めつけていた。

「どうですか飯塚さん、白状する気になりましたか」

「まだ信じてもらえてないんですね、私はやってないって言ってるじゃないですか」

「あなた昨日被害者が金銭を要求したと言いましたが被害者に聞いたところそんなこと言った覚えはないと言っていますが?」

「なんですかそれ、確かに言ったんです、私の言う事は信じずに彼女の言う事は信じるというんですか! 彼女の方が嘘をついてるかもしれないって、どうしてそう思えないんですか!」

「またそんなこと言って、あんたがやったんだろ、いい加減自白したらどうなんだ!」

「だったら聞きますがわたしがやったという証拠はあるんですか」

「証拠? そんなの被害者の証言が何よりの証拠だろ!」

「そんなの証拠にならないでしょ! さっきも言いましたよね、彼女が嘘をついているかもしれないって、だいたいさっきから刑事さんは彼女の事を被害者と言ってますが、こちらからしてみればわたしの方が被害者だと思いますが?」

「この期に及んでまだそんなことを言いますか、いい加減やったって言っちゃいなさいよ、じゃないと帰れませんよ、あんた証拠はあるのかと言いますがあんたがやってないという証拠だってないでしょ!」

「そんなのあるわけないでしょ! だいたいそういうのはあなた方が探すものなんじゃないですか? 目撃者を探したり防犯カメラだってなかったんですか!」

 この時佐伯たちは悟志の犯行と決めつけていたばかりに悟志が痴漢行為をしていないという重要な証拠を見落としていた。


つづく

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