連鎖 1

【序章】『イジメの果てに』

「みんな聞いてくれ、悲しい知らせがある」

 二年三組の教室に入ったこのクラスの担任教師である本間は唐突にそう言い放ち、緊急のホームルームが始まった。

 話の内容をなんとなく噂で知っていた生徒達はいるはずの席が空いていた事もあり、やはりほんとだったのかとざわめきはじめる。

「みんな静かに、お願いだから静かにしてくれ」

 一様に教室が静かになったところで続きを話す本間。

「うちのクラスの立花加奈について悲しい知らせがある。大変残念な事なんだが立花が自殺を図った、今病院で治療を受けているが大変危険な状態だそうだ!」

 本間のそんな悲しい報告に対し、教室内はじわじわと再びざわめき始めた。

「みんな静かに、頼むから静かにしてくれ! 立花は自ら命を絶つ時に遺書を残していたそうだ、その遺書の中にこのクラスで自分がいじめをうけていたと言う事が書いてあったらしい、これは非常に残念な事だ」

 その報告に、クラスの数名の者がその遺書の中にまさか自分の名前は書いてないだろうなと不安になり、教室内は三度みたびざわめきはじめる。

「頼むから静かにしてくれ! 先生もこのクラスでいじめがあったなんて信じたくない、でも一応調べさせてくれないか、今から簡単なアンケートを行う、無記名とするからもしいじめを行っていた、もしくはその現場を見た事があると言う者がいたらこの紙に書いてくれ!」

 アンケート用紙を配る本間であったが、しかしこの時本間は教師らしからぬ事を考えていた。

(こんな事しても馬鹿正直に書く奴なんていないだろうけどな? もしいたとしてもそれはそれで後々面倒だ……)

 その後少しずつざわめきが収まりつつ、アンケート用紙に記入していく生徒達。

 アンケートを書き終えた頃を見計らい、本間はアンケート用紙を回収すると教室を後にした。

 本間が教室を後にすると、残された生徒達は再びざわめきはじめた。

 このいじめの中心人物である絵梨花がみんなに聞こえるよう声を張り上げ確認する。

「みんな変な事書いてないわよね」

「書いてねえよ、こんな事になったら俺達も同罪だ、変な事書けるわけねえじゃねえか」

 そう返事をしたのは絵梨花達のいじめを遠巻きに見ていた晴樹はるきだった。

 そもそもこのいじめは絵梨花達が中心になり、主に女子達によって行われていたため男子はほとんどかかわっていなかった。

 晴樹の言葉に対し、ほかの女子の様にいじめには加担していないものの、晴樹同様助ける事もできず遠巻きに見ている事しか出来なかった詩織は心配の言葉を口にする。

「でも立花さん大丈夫かな? 先生は危険な状態だって言っていたけど、もし助からなかったらどうしよう」

 ところが詩織の心配する言葉にまさかの一言を口にする絵梨花、その声は恐ろしいほど低く暗いものだった。

「何言ってんのよ詩織、加奈が助かったりしたらあたし達がいじめにかかわっていた事がばれるでしょ、出来ればこのまま助からない方が良いのよ」

「絵梨花それ本気で言っているの? 助からないって事は立花さんはこのまま死んでしまうって事なのよ」

「そうよ、それがどうしたって言うの? 良いじゃない死ぬなら死んでしまえば、その方があたし達にとっては都合がいいわ、そもそも加奈が勝手に死のうとしたんじゃない」

「そんな言いぐさってある? 絵梨花達が加奈をいじめたりしなかったらこんな事にならなかったのが分からないの? 絵梨花がそこまで性根の腐った子だとは思わなかったわ」

「何言ってるの詩織、あんただってあたし達があの子をいじめているのを知っていたくせに見て見ぬふりをしていただけじゃない、あんたもあたし達と同罪よ!」

 激しい語り口で言い放つ絵梨花に対し、静かな声で反論する詩織。

「確かにそうかもしれないわ、でも仕方ないでしょ、もし助けたりなんかしたら次のターゲットはあたしになるじゃない、そんな事くらいあたしだってわかるわ、それが怖かったのよ、でも今となってはすごく後悔しているわ、どうしてあの時助けてあげられなかったんだろうって」

「何今更言っているのよ、助けなかった時点であんたもあたし達と同罪なのよ」

 ここで思わぬ人物が詩織の味方に付いた、絵梨花と共に加奈をいじめていた美咲だ。

「絵梨花がそこまで言うとは思わなかったわ、一つの命が消えようとしているのよ、よくそこまで言えたものね」

「何言ってるのよ美咲まで、あんただってあたしと一緒になってあの子をいじめていたでしょ!」

「こんな事になってしまって後悔しているのよ、そりゃそうでしょ、いじめを苦に自殺までしたのよ、後悔しない方がおかしいわ、それを死んでくれた方が良いなんてよく言えたものだわ、そんな事が言えるなんてどうかしてるんじゃないの? 絵梨花にはもう付いて行けないわ」

「何よ、あんた裏切るつもり?」

「美咲だけじゃないわ、あたしだってもう絵梨花には付いて行けない、分かっている絵梨花、これは人の生き死にの問題なのよ」

 激しい語り口で言い放ったのは、やはり共に加奈をいじめていたかえでであった。

「何よあんたまで、あんた達まさかさっきのアンケートに変な事書いてないわよね」

「そんなの書いてないわよ、今のところはね」

 そう応える楓に美咲も続く。

「あたしも書いてないわ、でも絵梨花がそんな考えならいじめがあった事書いておけばよかったわ」

「そんな事したらただじゃおかないわよ! みんなもそうよ、みんなだっていじめに加担したんだからね、詩織みたいに直接手を下さなくても見て見ぬふりしているだけでも同じ事よ」

 絵梨花のその言葉にため息交じりに言い放つ詩織。

「いい加減気付いたらどうなの? もし加奈が死んでしまったら絵梨花達はその責任を一生背負っていかなければいけないのよ、それがどうして分からないの?」

「それがどうしたって言うのよ、そんなのあたしには関係ないわ」

 ほんとは後悔しているにもかかわらず、強がりを言ってみせる絵梨花であった。

 そんな絵梨花の耳に届いた言葉は、美咲による恐怖の言葉であった。

「何言っちゃっているのよ絵梨花、分かっていないようね、今この瞬間からこのクラスのターゲットはあんたに変わったのが分からないの?」

 その言葉を聞いた絵梨花の表情はみるみる変貌していき、これから起こるであろう自身へのいじめの恐怖から顔面蒼白になっていった。

 その時二時間目の授業開始を知らせるチャイムが鳴ると、女性数学教師の佐藤が教室へとやって来た。


つづく


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