連鎖 2

【第一章】『告げ口』

 二時間目の授業が始まると早速絵梨花へのいじめは始まり、数学の授業中様々な所から絵梨花の下へゴミ等が飛んでくるようになった。

 それは休み時間になっても続き、絵梨花がトイレに入っていると個室の上から水がかけられ、体育の授業になり着替えようとすると体操着がずたずたに引きちぎられていた。

 それはいずれも絵梨花が加奈に行なっていた事だったが、それでも絵梨花は数日の間はいじめに耐えながら学校に来ていた。

 次第に耐えられなくなると、我慢できずに登校できなくなり欠席が目立つようになっていた絵梨花。

 そんなある日再び緊急のホームルームが開かれる事となり、担任の本間によって悲しい現実が告げられる事となった。

「みんな聞いてくれ、残念な知らせだ、今から辛い知らせをしなければならない」

 その声に教室内はざわめきはじめる。

「大変残念なんだが、夕べ遅くに病院で立花が息を引き取ったそうだ……」

 ひどく辛そうにそう告げる本間の瞳には涙が光っていた。

 そんな悲しい知らせに教室内は再びざわめきはじめ、本間同様涙を流す者も見受けられた。

 この時絵梨花は、加奈が亡くなった事で自分へのいじめがさらに激しくなるのではないかと恐怖を感じていた。

 その予想は当たってしまい、その後絵梨花へのいじめは日を追うごとに激しくなっていった。

 この日クラスのみんなで加奈の葬儀へと向かう事となったが、それぞれに憂鬱ゆううつな思いを抱えていた。

 数多くの花が飾られた祭壇に立て掛けられた遺影の表情はとても明るく、にこやかに笑みを浮かべたその表情からはとても彼女がいじめを受けていたなど思えなかった。

 ようやく二年三組の焼香の順番が来たのだが、順番に焼香をしている彼等それぞれに加奈の両親から鋭い視線を感じていた。

 絵梨花や美咲たちもまるで何事もなかったかのように平然とした顔で焼香をしていると、その様子に母親である美恵子の心にふつふつと怒りが込み上げてきた。

「あんた達何しに来たのよ! 良く来れたものね帰って、あんた達なんでしょ加奈の事いじめたのは、一体加奈をいじめていたのは誰なの? 加奈を返して、焼香なんかしてくれなくて良いから返してよ、出来ないなら帰って、帰ってよ」

 涙を流しながら訴える美恵子に対し本間以下二年三組の生徒たちは何も言う事が出来ず、そんな美恵子の姿に彼らはその場を後にするしかなかった。

「みんな、この場は帰った方が良い、今日のところは帰ろう」

 斎場と言う場所柄、本間はみんなに聞こえるギリギリの大きさの声で告げると、加奈の両親に挨拶をする。

「では立花さん、今日のところはこれにて失礼します」

「挨拶なんかいいからさっさと帰って」

 仕方なく二年三組の生徒たちはその場を後にした。

 その後も絵梨花へのいじめは続けられ、耐えられなくなった絵梨花はついに完全に不登校となっていった。

 ある日、不登校を続ける絵梨花の家を放課後美咲と楓が訪れた。

「おばさんこんにちは、絵梨花います?」

 その声は非常に明るく、とても絵梨花をいじめている二人だとは思えなかった。

「あら美咲ちゃんに楓ちゃんまで、来てくれたの? 絵梨花なら部屋にいるわよ、なんだかあの子最近学校に行かなくなっちゃって、学校でなんかあったみたいなんだけど美咲ちゃん達知らない? やっぱりお友だちがなくなったのがショックなのかな?」

「ごめんなさいおばさん、あたしもよく分からなくて」

 平然と嘘をつく美咲に楓も続く。

「あたしも知らないの、ごめんなさい役に立てなくて」

「そう、それなら良いの、ごめんね変な事聞いて」

「いいえ良いんですよ」

「さあ上がって」

「おじゃまします」

 絵梨花の家に上がるとそのまま二階の絵梨花の部屋へと向かう二人。

「絵梨花来たわよ、どう調子は」

 そう言いつつ楓が部屋へと入りベッドに腰掛け、美咲もそれに続くように使い古して年季の入ったビーズクッションに腰を下ろす、部屋へと入った途端二人の表情は険しいものへと変貌していった。

「一体いつまで休んでいるつもり? いい加減学校に来なさいよ、遊び相手がいなくてつまんないじゃない」

 そう言い放った楓の声に応える絵梨花。

「学校に行ったら、どうせあんた達またあたしの事いじめるんでしょ?」

「決まっているじゃない、絵梨花はあたし達の遊び道具なんだから」

「道具ね、とうとうあたしは人ではなく物になりさがってしまったのね」

「当たり前じゃない、あんたはあたし達のおもちゃなんだから、おもちゃが無くなったらつまらないでしょ?」

 美咲がそう言い放つとそれに楓も続く。

「良い? もしあんたが学校に来なかったらいじめの犯人はあんただって本間にチクるからね、だからちゃんと来なさいよ、加奈を殺した犯人はあんたなんだから……」

「そんな事言ったってあんた達だって同罪じゃない、あたしと一緒に加奈をいじめていたでしょ!」

「あたし達は良いのよ、本間だってまさか告げ口した本人がいじめの当事者だとは思わないでしょ!」

 楓の言葉に美咲も続いた。

「そうそう、もし気付かれてもあんたに命令されてやった事だって言えばいいんだしね、事実なんだから」

「何自分達の事は棚に上げて、あんた達だって同罪でしょ」

 怒りの声で言い放つ絵梨花のもとに聞こえたのは、そんな絵梨花をあざ笑うような美咲の言葉だった。

「あたし達は良いのよ、あたし達はあんたに命令されてやっただけなんだから」

「でもいじめたのは事実でしょ」

「とにかくあたし達は良いの! じゃああたし達そろそろ帰るから、明日からちゃんと来るのよ、たっぷりいたぶってあげるから」

 そう言い放った楓は、美咲と共に部屋を後にした。

「おばさん、おじゃましましたぁ」

 絵梨花への態度とはうって変わって再び明るく声をかけると、それに応える絵理。

「えっもう帰っちゃうの? さっき来たばかりじゃない、今飲み物用意していたのよ」

「すみませんお気遣いして頂いたのに、でももう終わったので……」

「そう? じゃあ気を付けて帰ってね」

「はい、では失礼します」

 翌日、何をされるか分からなかったが秘密をばらされたくないために仕方なく学校へと登校した絵梨花。

「よく来たわね、存分にいたぶってあげるから覚悟しなさいよ」

 そう言い放ったのは美咲であった。

 この日の昼休み、さっそく美咲達に体育館裏に連れて行かれると、美咲と楓を中心にほぼ全ての女子達に殴る蹴るはもちろんの事、地面に押し倒され顔を踏みつけられる等の仕打ちを受けた絵梨花。

 さんざん絵梨花がいじめられていると、そこへ晴樹が駆け寄って来た。

「お前らいい加減やめたらどうだ、加奈の二の舞になっても良いのか、詩織も言ってただろ、もしいじめを苦に自殺なんて事になったらお前達は一生その責任を背負って生きて行かなきゃならないんだ。俺達はもうすでに一人クラスメイトを失ってる、もう充分だろ! 特に美咲と楓、お前達は絵梨花と一緒になって加奈をいじめていた張本人じゃないか、そんなお前達がよく自分達の事は棚に上げて絵梨花をいじめていられるな!」

「うるさいわよ、だから反省したんじゃない、それなのに絵梨花は加奈が死んでくれた方が良いなんて言うから、だからお仕置きしているのよ」

 叫ぶような楓の言葉に落ち着いた物腰で続ける晴樹。

「お仕置きねぇ、ほんとにそうなのか? ただ単にお前らはストレスのはけ口になる次のターゲットがほしかっただけじゃないのか? それにほんとうに反省していたらこんな事出来ないはずだろ、お前ら友達だったんだろ、良くそんな友達をいじめのターゲットに出来るよな、それに矛盾してねえか? 口では反省していると言いながらどうしてこんな事が出来るんだよ!」

「うるさいなぁ、あーあ、なんかしらけちゃった、もうやめた、今日はこの辺にしておいてあげる」

 美咲のその声を聞いた晴樹は、すかさず絵梨花のもとへ行き手を差し伸べた。

「しっかりしろ、大丈夫か絵梨花」

 ところが絵梨花はその手をはねのける。

「余計なお世話よ、あんたに助けてもらわなくたってこんなのどうって事ないんだから」

 晴樹にはこの言葉が強がりから出た言葉だと言う事など分かっていた。

「何言っているんだ、強がらなくて良いんだ」

「強がりなんかじゃないわ、良いからあたしにかかわらないでよ!」

 絵梨花はそんな言葉を吐きつつゆっくりと立ちあがると、何事もなかったかのようにその場を立ち去って行った。

 その後も他の女子達はいじめをやめたものの、美咲と楓の二人だけは絵梨花へのいじめを続けていた。

 数日後、二年三組の教室では数学の試験が行われており、絵梨花もこの試験を受けていた。

 そんな時、隣の席の美咲から絵梨花のもとに何やら丸めた小さな紙の様な物が飛んできた。

 絵梨花が何だろうとその紙を広げてみると、それに気付いた佐藤がすぐさま絵梨花のもとへと駆け寄り紙を持った右手をつかむと頭上へと持ち上げる。

「何なのこれは、カンニングぺーパーよね」

 突然の佐藤のそんな怒鳴り声に、思わずたじろいでしまった絵梨花。

「あたしじゃありません、どこからか飛んできたんです」

「下手な言い訳はよしなさい、じゃあなんであなたはこれを見ていたの!」

「とんできたので何だろうと広げてみたらカンニングペーパーだったんです、ほんとにあたしじゃありません、信じて下さい」

「まだそんな事言っているの? ちょっと職員室来なさい」

「ほんとにあたしじゃないんです」

「良いから来るの! みんなは試験続けていてね」

 職員室へと連れて行かれる絵梨花。職員室へと連れてこられた絵梨花は佐藤によりいろいろと尋問される事となった。

「どうしてカンニングなんかしたの?」

「だからあたしじゃないんですって」

「だったらどうしてあなたがこんな物持っていたの、あなた今まで成績良かったじゃない、もしかしてそれもカンニングのおかげなの?」

「だからさっきからあたしじゃないって言っているじゃないですか、どこからか飛んできたんです」

「またそんな事言って、だったらどこから飛んできたと言うの?」

「分かりません」

「あなたが自分で用意したカンニングペーパーだから分からないとしか言えないんでしょ、まあ良いわ、あなたには放課後もう一度テストをしてもらいます、もちろん今度はカンニングできない状況でね」

 その頃二年三組の教室では試験が終了し、休み時間となっていた。

「美咲、絵梨花をはめた奴おまえだろ?」

 晴樹の問い掛けに何食わぬ顔で美咲が応える。

「知らないわよ、あの子が自分でカンペ用意したんじゃないの?」

「しらばっくれるんじゃねえよ、俺後ろから見ていたんだからな、お前が絵梨花の机の上に何か放り込むとこ」

「それがどうしたって言うのよ」

「いい加減やめたらどうなんだ、そんなガキみてえな事」

「何よそれ、あたしがガキだって言うの?」

「そうだよ、お前ら二人共ガキだよ、いつまでも一人の人間をいじめて楽しんでいるなんて、ガキ以外の何物でもないだろ!」

 晴樹へ楓が抗議の言葉を口にする。

「あんたにそんな事言われたくないわよ!」

「言われたくないならいい加減いじめなんてやめろ!」

「あんたに関係ないでしょ!」

「関係あるよ、お前らのせいでクラスの雰囲気が悪くなっているのが分からないのか!」

 その後カンニング事件がきっかけとなり、翌日から再び登校しなくなった絵梨花は不登校へと戻っていく。

 その為ついに美咲は担任の本間へと告げ口をする。

「先生!」

「何だ? どうした美咲」

「加奈の件でお話があるんですけど」

「加奈の件で? 分かった、じゃあとりあえず相談室に行こうか、こっちだ」

 本間は美咲を連れ校内に設置された相談室へと向かう。

(今さら加奈の件だなんて一体なんだと言うんだ、俺だって本当は加奈のいじめには気付いていたけど面倒だからと黙っていたんだ、生徒が黙っていてくれさえすればそれでよかったのに、それに記者会見でもいじめは無かったと発表してしまったんだ、面倒な話持ってこないでくれよな?)

 相談室へと向かう途中、本間はそんな教師らしからぬ事を考えてしまう。

 その後相談室に入ると、相談員の藤田は席を外しているようだった。

 丁度よかった、藤田先生はいないようだ、出来ればほかの先生には聞かれない方が良いだろうからな?

 室内に設置された机に対面に座ると、美咲に話を聞く本間。

「それで話と言うのはなんだ、確か加奈の件て言っていたよな?」

「はい、実は加奈をいじめていたのは絵梨花なんです」

(やっぱりそう言う話だったか、面倒な話持ってきやがって、一応形だけでも詳しく話を聞いた方がよさそうだな?)

 本間は更に詳しく話を聞いていく。

「そう言う事か、でも絵梨花一人でやった事じゃないだろ?」

「はい、実はあたし達も絵梨花の命令でいじめに加担していました。でもまさか加奈が自殺してしまうなんて、その事を聞いて怖くなってしまって、それでアンケートにほんとの事を書けなかったんです! ほかのみんなもそうだと思います」

 この時わざとらしく涙を流してみせる美咲。

「そう言う事だったのか、良く話してくれたな?」

「それなのに絵梨花ったら、加奈が助かったら自分がいじめていたのがばれるから助からない方が良いなんて言い出して、それであたしたちもう付いて行けなくなってしまったんです」

「そんな事言ったのか絵梨花は、まったく仕方ない奴だな? とにかく打ち明けてくれてありがとう、もう帰っていいぞ!」

「はい、失礼します」

 美咲が相談室を後にすると、一人残った本間は悩んでいた。

(まいったな? 思った通りの事になってしまった。さてどうしたものか、もう上にはいじめは無かったと報告してしまったし、今更やっぱりいじめがありましたなんて事になったら面倒だぞ! 黙っておくか、幸い生徒以外で知っているのは俺だけだしな?)

 そんなところへ相談員の藤田が戻ってきた。

「本間先生、どうしたんですかこんな所で」

「あぁ先生ですか、ちょっとここお借りしていました」

「それは良いですが、何か悩み事のある生徒でもいましたか?」

「いえ、別に大した事ではないんですよ」

「そうですか? でも先生のクラスでは生徒が自殺をしたばかりではありませんか、もし心に傷を負ったような子がいたらいつでも相談相手になりますよ」

「はい、ありがとうございます。でも今の所大丈夫なので……」

「ほんとうにそうですか? ひとつの大切な命が消えたんですよ、見た目は大丈夫なように見えて心に傷を持っている子もいるんじゃないですか?」

「ご心配ありがとうございます、でも大丈夫ですから心配しないでください!」

「どうして先生がそんな事言いきれるんです先生の心配をしているのではありません、生徒の心配をしているんです! こういう時の心のケアは大切ですよ、一度全員と話をさせて頂けませんか?」

「そうですね、それでは一度お願いします、詳しい日程などはまた後ほど、では今日のところはこれにて失礼します」

 その言葉に部屋を後にする本間を見送った藤田であったが、この時本間は藤田の話を真剣にとらえていなかった。


つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?