連鎖 5
【第四章】『加奈の想い』
ある日の夜、美咲が寝ていると再び加奈が夢に現れた。
「美咲、一体いつまで絵梨花の事いじめている気? もう充分じゃない!」
「どうしてそんな事が言えるの? 絵梨花は加奈の事いじめていたのよ!」
「それを言うなら美咲達だって同じじゃない、一緒になってあたしをいじめていたでしょ」
「確かにそうだわ、それは悪かったって思ってる、でも中心になっていじめていたのは絵梨花じゃない、恨んでないの?」
「恨んでないって言ったらうそになるわ、でももう良いのよ、実際に死を選んだのはあたしなんだし、だからもういじめなんてやめてあげて、このままじゃあの子あたしの二の舞になってしまうわ! たとえあたしをいじめた相手でももうこれ以上人が死んでほしくないのよ」
「嫌よ、あの子はこのまま加奈が死んでくれた方が良いって言ったのよ、許せるわけないじゃない」
その後美咲の言う通り、依然絵梨花に対する美咲のいじめは続いていた。
ある日美咲からのいじめや母親からの暴力に耐えかねた絵梨花は、家を抜け出し夜の学校を訪れ校舎の屋上へと向かうと、美しい満月が見守る中フェンスをよじ登ろうとしていた。
フェンスの外側へと降り立った絵梨花であったが、いざ飛び降りようとした時、突然何者かの声が聞こえた。
それは聞き覚えのある声であったが、その声というのは今この時点では聞こえるはずのない声でもあった。
「絵梨花やめて、バカな事したらダメ!」
声のする方に振り向いてみると、そこには月明かりに照らされる中ぼんやりと青白く光る物体があり、更に目を凝らしよく見てみると、それは亡くなったはずの加奈の姿であった。
「どうして加奈がここにいるのよ、あなた死んだはずでしょ?」
「そんなのどうでも良いじゃない、それよりダメだよ死んだりしたら、あたしの二の舞みたいな事をしたらダメ! お願いだから生きて、今は辛くても生きてさえいればきっと良い事あるから」
「そんなの分からないじゃない、それにどうして? あたし加奈の事いじめていたのよ、自殺にまで追い込んでしまったのよ、それなのにどうしてこんなふうに止めてくれるの? 普通こんなこと出来ないでしょ」
涙を流しながら放った絵梨花に届いた加奈の言葉は思いもしないものであった。
「だってあたし達友達でしょ? そりゃほんとの事言うとあたしの事あれ程いじめて自殺にまで追い込んだんだからあなたたちのした事は許された事じゃないわ、事実今でもあなたの事許した訳じゃないしね、でも正直これ以上人が死んでほしくないのも事実なの! たとえそれがあたしをいじめた相手でもね」
「あたし加奈にひどい事沢山したのに、それなのに友達って言ってくれるの? 今までごめんなさい、そうよね、普通ならこんな事許された事じゃないよね、それなのに引き留めてくれてありがとう、でももう遅いの、これ以上耐えられないのよ、お願い逝かせて」
意を決した絵梨花は、校舎の屋上から我が身を投げた。
ところがその直後、絵梨花の身体を大きなもので包み込む感覚に襲われた。それは加奈の身体であり、絵梨花の体をふわりと包み込むとそのままゆっくりと地面に下りていた。
「だから命を粗末にしたらダメって言ったじゃない」
「どうして助けるのよ、死なせてって言ったでしょ!」
その時加奈のビンタが飛んできた。
「バカ、何度言ったらわかるの? 命を粗末にしちゃダメ!」
「どうして……」
「言ったでしょ、死ぬのはあたし一人で充分なの!」
この時絵梨花の瞳にはきらりと光るものがあった。
「ありがとう加奈、でもどうしてここまでしてくれるの? あたし加奈をいじめていたのよ、自殺にまで追い込んで取り返しのつかない事してしまったのよ、それなのにどうして」
涙声で尋ねる絵梨花に対し、同様に大粒の涙を流しながら応える加奈。
「友達が自ら命を絶とうとしているのを黙ってみていられないでしょ、これに懲りて二度と変な気起こすんじゃないわよ! さっさと死を選んでしまったあたしが言っても説得力ないけどね」
ぎこちない作り笑顔で語る加奈。
「ありがとう加奈、まさかこんな風に加奈に助けてもらうなんて思わなかった、それなのに今までごめんね」
「もう良いのよ」
「ほんとにごめんなさい」
「だから良いんだって」
「あたしの事恨んでないの?」
「さっきも言ったでしょ? 恨んでないって言ったら嘘になるわよ、でももう充分謝ってもらったわ、それに絵梨花だって美咲達にいじめられる事で充分制裁は受けているでしょ?」
「許してくれるの? ありがとう加奈」
再び大粒の涙を流す絵梨花。
次の瞬間、加奈は絵梨花をそっと抱きしめる。
「もう苦しまなくて良いのよ、それより一人で家に帰れる?」
「大丈夫よ、一人で帰れるわ」
「何度も言うようだけど、二度とこんなバカなまねしちゃダメよ!」
「分かったって、今日は助けてくれてありがとう、もう帰るね」
そう言うと絵梨花は我が家へと向け歩いて行った。
だが心配になった加奈は上空から絵梨花の事を見守っていた。
その後、我が家に着いた絵梨花に待っていたのは絵理による暴力であった。
「ただいま」
恐る恐る静かな声で言う絵梨花。
「やっと帰って来たな、こんな時間までどこに行っていたんだ!」
そう言いつつ殴る蹴るの暴力を振るう絵理。
「ごめんなさい、今度からもっと早く帰ってきますから許して下さい、お願いします」
そう懇願する絵梨花であったが、なかなか暴力が止む事はなかった。
その日の夜、興奮してなかなか寝付けずにいた絵理のもとに加奈がすうっと現れた。
暗闇の中に突然青白く体を光らせ現れた加奈の姿に驚く絵理。
「きゃっ! 誰そこにいるのは……」
「おばさんあたしよ、覚えている? 加奈だよ」
「加奈ちゃんなの? どうして加奈ちゃんがここにいるのよ」
この時、照明に手を伸ばす絵理。
「待って! 明かりは付けないで、光に弱いの」
「分かったわ、付けないでおくわね、でもどうやって入ってきたの?」
「そんなの簡単よ、だってあたしオバケだもの、もう生きていないのよ」
「どう言う事それ? どうりで青白く光っているからおかしいと思ったわ」
(でもどうしてこの子がうちに来たのかしら、それもこんな時間に……)
そう考えていると衝撃の事実を耳にする絵理。
「おばさん知っている? 絵梨花にいじめられて自殺した生徒ってあたしの事なのよ」
「うそ! 加奈ちゃんの事だったの? そう言えば絵梨花がいじめの当事者って知った時加奈ちゃんの名前を聞いた気がするわ、でもどうしてあれほど仲良かったのにあの子加奈ちゃんをいじめたりしたのよ」
首を傾げる絵理に対し、その理由を語りだす加奈。
「最初は勉強のストレスって言っていたけど、上からおばさん達の事を見ていてそれだけじゃないって分かったわ」
「それどういう意味、それに死んだはずの加奈ちゃんがどうして突然あたしの前に現れたの? まさか絵梨花に恨みがあって出てきたの?」
「そんなんじゃないわ」
「それじゃ狙いはあたし? ごめんなさい人様の家の子をいじめるような子に育ててしまって、お願い許して」
「おばさんに用があったのには違いないけど、そんなんじゃないから安心して、どちらかと言うとおばさんにお願いあって来たの」
「あたしにお願いってなんなの?」
「おばさん、お願いだから仕事のストレスを絵梨花にぶつける様な事はもうしないで」
ところがそんな突然の加奈の願い事にイラッときた絵理の態度が、突然突如として豹変してしまう。
「何よ突然、あたしが加奈に暴力振るっているとでも言うの?」
「いつも振るっているじゃない、さっきだって帰りが遅いって言いながら絵梨花に暴力を振るっていたでしょ、上から見ていて知っているんだから」
「あたしが絵梨花にどうしようとあなたに関係ないじゃない、人の家の事に口出ししないで!」
「関係無くなんてない! 今日絵梨花がどうして遅くまで帰ってこなかったかおばさん知っている?」
「そんなの知らないわよ、どうせ遊び歩いていたんでしょ! まったく不良娘なんだから」
「そんなんじゃない! 絵梨花は死のうとしていたのよ、学校の屋上から飛び降りて死のうとしたの、あたしが助けなければ絵梨花は死んでいたわ、それほど追いつめられているの、だからもう絵梨花をストレスのはけ口にするのはやめてあげて」
その言葉を聞いてショックを受け、猛省した絵理は激しく落ち込む。
「そうだったの? ごめんなさい絵梨花、あたし取り返しのつかない事をするとこだったのね」
「おばさん、謝るなら絵梨花本人に謝って」
「そうね、明日にでも絵梨花に謝るわ、でもどうしてあなたがここまでしてくれるの? あなたは絵梨花にいじめられていたんでしょ、それなのにあの子を助けるなんておかしいじゃない」
「確かにあたしは絵梨花にいじめられていたわ、でももう良いのよ、絵梨花だって充分制裁を受けたし謝ってくれた、それにすごく反省もしたみたいだからね、何よりあたし達友達だもの、絵梨花が自ら命を絶とうとしているのを黙ってみていられなかったの」
「だけどあの子あなたをいじめていたのよ、自殺にまで追い込んでしまったのよ、それでも友達だと言ってくれるの?」
「当たり前じゃないですか、確かに絵梨花にいじめられて友達なのにどうしてって思った事もあったけど、なんとなく理由が分かった今ではもう怒ってないわ、それにね、これは絵梨花にも言った事なんだけどもうこれ以上人が死んでほしくないのよ」
「考えてみると、あたしからの暴力が無かったら絵梨花が加奈ちゃんをいじめる事も、加奈ちゃんが自殺に追い込まれる事もなかったかもしれないのよね、悪かったわ、ほんとにごめんなさい」
そう言って加奈に対し頭を下げる絵理。
「やめて下さい、過ぎた事はもう良いですから、だから頭あげて下さい」
「許してくれるの?」
「当たり前じゃないですか」
「ありがとう許してくれて、さっきはきつく言ってしまってごめんなさい」
「良いですよそのくらい、それよりおばさん、あたしもう行くね」
「そう、今日は来てくれてありがとう、あなたが来てくれなかったら最悪の結果を招くとこだったかもしれないわ」
「良いんですよおばさん、とにかくこれからは絵梨花に優しくしてあげてね」
その後加奈の姿はすうっと消えて行った。
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?