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【小説】魂の少年カガミ3

GWも終わってしまいますね。つづいています。


 一話
 二話

 僕とギルバートは、リタリスにバレないように静かに彼の家をまわった。そもそも、そこまで大きな家ではなかった。だから、時間はかからなかったように思う。そして、後はリタリスが眠っている筈の寝室しかなくなったとき、ギルバートは言った。
「外に倉庫があった。そこを見よう」と。
 その言葉通り、僕とギルバートは静かに家を出て、改めてリタリスの家を見た。こじんまりとした家だ。その横に、大きな倉庫のような蔵が三つ並んでいる。そこに辿り着いて、ふとそういえば、と僕はギルバートに問う。
「ギルバートは、眠らなかったの?」
「ああ」と、ギルバートは頷く。
「実は、一人でミーメルを探そうと試みたんだ。しかし、お前から離れると……どうも意識が朦朧としてしまって。それで、仕方なくお前を起こしたわけだ」
「そうだったんだ。それ、すごく怖いね……」
「まぁ、離れなければ良い話だ。お前の魔道がわからない内は、仕方がない」
 ギルバートの中では、すっかり僕が何かしたことになっているらしい。これ以上、この話を蒸し返すのは嫌だったので、僕は話を変えることにした。倉庫を指さして言う。
「ねえ、こんな倉庫に、大事な人を置いておくかな?」
「どうだろうな。カガミ、開けてくれ」
 ギルバートは、物に触れられない。だから、僕が倉庫を開ける必要がある。仕方なく、僕は家に一番近い倉庫の扉に手をかけた。倉庫の扉は重たく、体重をかけてようやく開いた。真っ暗な倉庫を見て、僕はもう一度ギルバートに言う。
「これで、どうやって調べるって?」
 すると、珍しくギルバートは驚いた顔をした。
「……そうか。俺は、お前と違って昼間も夜も同じように見えるらしい。少し待っていろ」
 そう言って、ギルバートは倉庫の奥に入っていく。それを、僕は眺めていた。暫くして、ギルバートが「カガミ」と僕を呼ぶ。僕は倉庫の扉が勝手に閉まらないように端まで押し込んで、ギルバートの傍へと早足で向かった。入口から入り込む光が広くなったことで、倉庫の中も多少は見えるようになった。
「どうしたの? ギルバート」
「これを見ろ」
 そう言って、ギルバートは自身の直ぐ下の床を指した。何だ、と思って目を凝らす。そこには、真四角の歪な機械があった。暗くて良くわからなかったが、よくよく見ると、しゃがみこんだギルバートの胸元まである。立方体の、黒々とした機械のようなものだ。
「な、なにこれ?」
「魔道兵器だ。お前は知らないかもしれないが、俺はコレを良く知っている。どうやら、壊れているようだ。だが、部品が足りないわけじゃない。これなら、俺でも直せる」
「えっ?」
「カガミ、俺の言う通りにしてくれ」
「ええっ?」
 まさか、と僕はギルバートを見る。ギルバートは至極真面目だった。ギルバートは、物に触れられない。だけど、僕は触れられる。それだけのことなのだろう。ギルバートの真剣な眼差しに、僕は降参するしかなかった。かくして、僕はギルバートの言う通りに、この四角い機械と格闘することになったのだ。
 
「……再起動中です、再起動中です、再起動中です、電源をはずさず、ガ、ガガ、ピーーピーー、再起動中です」
「よし、これで大丈夫だ」
 満足気にギルバートは言って、僕を見た。
「上出来だ、カガミ」
「本当に? 僕、良くわかんないよ」
「ああ、これで起動する筈だ。ありがとう」
 そう言って、ギルバートは微笑んだ。その笑顔は、普段の仏頂面よりもよっぽど親しみやすいと思う。いつも笑っていれば良いのに、と僕は思った。ふと、四角い機械から、カタカタと何かを打つ軽い音がして、次に声がした。
「認証完了。ハプエー165号。起動しました」
 その言葉に、僕とギルバートは目を見合わせる。ギルバートが僕に言う。その通り、僕はこの機械に話しかけた。
「おはよう、ハプエー165号。今日の調子はどうだい?」
「あまり良くはありません」
「君は、ミーメルを知っている?」
「はい、知っています」
「ミーメルについて教えて欲しい」
 そう言うと、四角い機械はカリカリカリと音を立てて、話しはじめた。
「はい、ミーメルは……ミーメルは、魔道科学学園に在籍しています。番号は、9802182934です。彼女は、風魔法の研究を得意としていました。ハピ教授の研究室に属しており、数々の論文を発表しました。そして、ミーメルは、星が一回転した日に亡くなりました」
「……」
 思わず、ギルバートを見る。ギルバートは「続きを」と言った。だから、僕は機械に向けて言う。
「続けて」
「ミーメルは、星が一回転した日に亡くなりました。彼女の亡骸は、ロアストン都市の墓標に祀っています。これは、星が一回転した日に抗った英雄が祀られている場所です。そして、して……」
「ギルバート、どうしよう?」
「ロアストン都市……魔道科学学園があった都市だ。俺の記憶と一致している。」
「ミーメルは、ミーメルは、ハピ、ハプ教授の件救出に所属しており、番号は、9902182935です。風魔法の研究を得意としており、十八歳のときに、風魔法と水魔法の関係についての論文を発表しています」
 ギルバートは驚いたように言った。
「風と水だと?」
「どうしたの?」
「いや、知っているだけだ。風と水の論文を、俺はよくよく知っている。それにしても、コイツ、番号も名前もデタラメになってきたな」
「あの、君はリタリスを知ってる?」
 次第に声がか細くなっていく機械に、僕は問いかけた。機械は答える。
「リタリス。リタリスについて、知っています」
「彼は、どういう人なの?」
「リタリスは、まど……」
 そこまで言って、ぷつんと電源が切れるように機械の声は途切れた。ギルバートは溜息を吐く。
「電源が切れたか。ここに、予備電源はなさそうだ」
「どういうことなのか、僕にはさっぱりだよ」
「わかったことと言えば、ミーメルは、魔道科学学園の生徒だった。そして、精霊を信仰しているあの男――リタリスの倉庫に魔道兵器があった。最後に、未だロアストン都市に魔道科学学園は存在している。それぐらいか」
「それって、どれぐらい?」
「どうだろうな。リタリスとミーメルの関係はわからないが、ロアストン都市に魔道科学学園があることがわかっただけでも、有益じゃないか」
「君はそうかもしれないけど……」
 それにしても、と僕は機械を見る。今更だが、機械を壊してしまった。リタリスにバレたら、どうしたら良いだろう。ギルバートは平然として言う。
「寝ぼけて壊したことにすれば良いだろう」
「あのさぁ、ギルバート。僕のこと何だと思って、」
 カン、と。背後で金属が触れる音がした。カン、カン。倉庫の奥、光が射しこまない暗闇から、音がする。
「俺が先に行く」
 と、ギルバートは僕を手で制して立ち上がった。僕もつられて立ち上がる。暗い暗い影の中に、ギルバートが吸い込まれて、静かな沈黙が倉庫に落ちた。
「……」
 カン、と音がする。ギルバートの声はしない。何秒、何分、時間の感覚がわからなくなった頃、ギルバートの声がした。
「カガミ、来て良い」
 その声に、僕はようやく足を動かせた。暗闇の中、進んでいく。と、目の前で何かが光った。
「うわぁ!」
 思わず、飛び上がって後退った。
「なるほど、人を認識すると起動するのか」
 ギルバートの冷静な声がして、よくよく目を凝らす。そこには、青い髪の女性が座っていた。彼女の瞳が、緑色に輝いている。さっき光ったのは、この瞳だったのだ。女性は、ぼんやりと瞳を輝かせて、微動だにしない。その傍にギルバートはしゃがみこんでいた。
「カガミ、何か喋ってくれ」
「えっ、えー……、あの、今日の調子は?」
「……」
 しん、と沈黙が落ちる。女性は、ぼうっとどこか遠くを見つめたまま動かない。
「人を認識するだけで、起動はしていないのかもしれない」
 と、ギルバートは言う。その言葉に、はたと気づいた。
「ギルバート、もしかしてこの人って」
「人間じゃない。さっきの魔道兵器と同じ類だろう」
 何となく、そうじゃないかと思った。瞳から光を放っている時点で、そうだ。女性は、瞬きをしない。
「カガミ、ここに風の魔法陣がある。経緯はわからないが、何かの間違いで起動したんだ。それで、」
 そう言って、ギルバートは女性の頭を指さした。
「この髪飾りが、壁と当たっていた。恐らく」
「へぇー」
 ギルバートの言う通り、女性の横に置かれた石の像には、良くわからない記号が書かれていた。うっすらと緑に光っている。そこから、ささやかな風を感じた。女性は、機械だとしても綺麗な姿をしている。ギルバートの言う通り、耳の上から後頭部にかけて、きめ細やかな装飾品が身につけられている。
「……」
 そんな女性の姿を眺めて、僕は思うところがあった。
「あの、ギルバート」
「何だ?」
「もしかして、この人が……ミーメルさん?」
「……」
 ギルバートは答えない。僕も何も言わない。なんだか、見てはいけないものを見てしまったような気がした。リタリスの良きパートナーは、人間ではなく魔道兵器だった。それにしても、魔道兵器も学園に入学できるものなのだろうか?
 悶々としたまま、とりあえず話を変えようと口を開こうとした。そのとき、
 ――カァン!
 と、割れるような音が直ぐ傍で響いた。咄嗟に耳を塞いで、音がしたほうを見る。すると、石の像に刻まれた記号は眩い光を放っていた。強い風が顔に当たる。
「え?」
 何、と言おうとして、どんと身体を突き飛ばされた。床に倒れ込む。顔をあげると、あの青い髪の女性が立ち上がっていた。緑の瞳が僕を見下ろしている。白地のドレスと青い髪が、強い風でたなびいていた。
「な、なに……」
 ギルバート。視線でギルバートを探す。しかし、暗くて見えない。でも、ギルバートは魂だけの存在だから、大丈夫だ。と、何の慰めにもならないことを考えた。
「……リタ、」
 と、声がした。女性の唇がうっすらと開く。
「リタ、どこ?」
 女性の声だ。擦れた機械音は、女性の口から発されている。リタリスを探しているのだろうか。辺りを見渡す女性の視線が僕から離れたのを見て、床から立ち上がった。しかし、女性は直ぐに僕に視線を戻し、僕のことをじっと見つめる。そして、こう言った。
「虚影、リタはどこなの?」と。
「……」
 女性は、僕のことを虚影だと思っている。その事実に酷く動揺した。女性は、僕に歩み寄る。その足取りは、僕から見ても覚束なかった。一歩、二歩、踏みしめるように歩いている。
「聞いているの? 虚影」
 なんとなく、まずいと思った。これは、経験じゃない。僕の直感だ。この場から逃げようと踵を返した。瞬間、ギルバートの言葉を思いだす。そうだ、ギルバートは僕から離れると――。僕は、女性を真正面で捉えたまま、口を開いた。
「僕は、虚影じゃない。君は誰なんだ?」
 その言葉に、女性は表情一つ変えなかった。
「冗談はやめて。あなたがあたしのこと、忘れるわけないでしょう?」
 女性が右手を差し出す。その、手のひらには何もない。いや、なかった。ゆっくりと、手のひらを中心にして風が集まる。最早、直感どころではなく、とうとうまずいと思った。でも、ギルバートが。僕は、なりふり構わずに叫んだ。
「ギルバート! どこ?!」
「ギルバート? 彼もいるの?」
 と、はじめて女性は表情を変えた。
「え……」
「懐かしい、その名前。星が一回転してからも、また出会えるなんて」
その間も、女性の手のひらで風の球体が大きくなっていく。僕の頬を、冷たい風が掠める。
「ああ、本当に」
 と、女性は目を細めた。その表情に、僕は気づく。その瞳を、いつか見たことがある。これは、懐かしさを感じているものではない。ただ、憎くて憎くて仕方がない、そういう瞳だった。
「忌々しい!」
 女性の甲高い叫び声が響いて、女性は鋭く手を上に滑らせた。風の球体が手のひらから離れて、僕へと――。
 目の前に、風が迫る。淡い緑の、風を集めた球体。こういうとき、全てがスローモーションに見える。風の中心。それは、どこかびぃ玉に似ている。新緑のびぃ玉が、弾けるように膨らんで、僕の鼻先まで。
「っ、わぁ?!」
 勢い良く視界が反転する。その勢いに、思わず目を閉じてしまった。遠くで、何かが破裂する音がした。その後、何かが転がる音。でも、僕の身体は痛くもない。どうやら、どうにかなったらしい。でも、どうして――と思いながら、僕は瞼をあげた。
「……えっ」
 僕は、宙にいた。さっきまで、倉庫にいた筈なのに。僕は、倉庫の上にいる。そう、空を飛んでいるのだ。
「いけない子供ですね。家主の許可がなければ、こういうところには来てはいけないのですよ」
「リタリス!」
 僕を抱えているのはリタリスだった。リタリスは僕にウィンクをして、手のひらで身体を払った。そして、ゆっくりと下降する。倉庫の屋根に降りると、僕の身体も下ろしてくれた。慌てて、僕はリタリスに言う。
「リタリス、ギルバートが」
「ギルバート? それよりも、何故倉庫に? 確かに、僕は入ってはいけないとは言いませんでしたが。それでも、勝手に入って良い場所ではないでしょう」
 それはそうだ。それはそうなのだが、僕はギルバートのことが気になって、気が気ではなかった。
「違うんだ。いや、違ってはいないんだけど。リタリス、ごめん。僕、君に話していないことがあって……」
「何でしょう?」
「実は、僕」
 そうして、僕はこれまであったことを、洗いざらいリタリスに話すことになった。
 
◎◎

 倉庫の屋根の上で、僕とリタリスは並んで座る。僕はこれまでのことをあらかた喋り終え、リタリスは自身が魔道工学を嗜んでいたことを教えてくれた。僕を助けてくれたのも、昔に造った風を扱う機械だったらしい。それは、一見するとただの耳飾りで、今もリタリスの耳に煌めいていた。リタリスは楽しそうに言う。
「魂だけの存在。つまり、貴方は、その、ギルバートという人と一緒にいたということですか?」
「うん、そうなんだ」
「それは驚きましたね! すっかり気づきませんでした。ということは、私たちの会話は全部ギルバートさんにも聞かれていたということですか。恥ずかしい話はしていなかったと思いますが、恥ずかしいですね」
「……それで、さっきも話したように。ギルバートは僕から離れると意識を失ってしまうみたいで。意識を失うだけなら未だ良いんだけど、もしかしたら」
「消えてしまう、ということですか? それはないと思いますよ」
 あっさりと否定されて、僕は驚いた。
「どうして?」
「それは、私も魂だけの存在を知っているからです。彼らは、宿主から離れると、自然と近くにある無機物に取り付くのです」
「……」
 驚きが追いつかない。驚き過ぎて、僕が意識を失ってしまいそうだ。でも、リタリスが冗談を言っているとも思えなかった。
「や、宿主って。いや、それよりも、リタリス、君は?」
「あはは! さっき見られてしまったのだから、今更なことだと思っただけです。そう、貴方が気になることを話してあげますよ。あの機械は、正しくミーメル。そして、ミーメルは魂だけの存在なのです」
「そっ」
「ハプエー165号と話したでしょう?」
 ハプエー165号? と考えて、あの真四角の機械を思いだした。僕が頷くと、リタリスはどこか自嘲気味に言った。
「ハプエー165号は、私が死んだときのために造った魔道兵器なのです。ハプエー165号が起動すると、ミーメルを起動する魔法陣が起動するように設定してあります。まさか、ハプエー165号を起動できる人間が、こんな近くにいるとは思ってもいませんでした」
「何か細工が?」
「ええ。ハプエー165号の認証番号には、ミーメルが生涯愛した学問の要素を取り入れているのです。つまり、ミーメルのことを知る人。ミーメルと同じものを愛した人しか、起動できないようになっています」
 ギルバートが、ハプエー165号の話の中で、風と水の魔法の論文について酷く驚いていたことを思いだした。ギルバートはその論文について、よくよく知っていると言っていた。なるほど、だからハプエー165号を起動できたのだ。
「本当に……まさか、偶々森で会った内の一人が、ミーメルと同じ学問を学んでいるとは、思いもしないですよ。ミーメルは、いつも自身の学問を馬鹿にしていましたから。勝気で、強気な女性でした」
「……あの、ミーメルさんは魂だけの存在だって言っていたけど、それは、どうやって」
「それは、実は私も知らないのです」
「えっ、」
 リタリスは、首を振って言う。
「私は、ただ拾っただけです。ミーメルは、あの星が一回転した日に亡くなったと思っていました。でも、それから数日して、私の家に手紙が届きました」
「手紙?」
「そこには、ミーメルが未だ生きていることを知らせる内容が書かれていました。そして、私は指定された場所に行き――そこで、ミーメルの魂を拾ったのです」
「拾ったって言っても、見えないんじゃ?」
「ミーメルは、びぃ玉に入っていました。ああ、そう。だから私は懐かしさを感じたのです。あなたの、そのびぃ玉に」
 そう言って、リタリスは僕の胸元で揺れるびぃ玉を指さした。
「私も、暫くは今の貴方のようにびぃ玉を肌身離さず着けていました。それと同時に、連日手紙が届くのです。ミーメルがどういう状態なのか、どうしたら良いのか。それは、私とミーメルの幸せな未来を信じてやまない内容で。私は、それに縋ってしまったのです」
「リタリス……その、手紙の差出人って?」
「それは、わかりません。それに、私はびぃ玉を拾ってから一ヵ月程で、ここに移り住んでしまいましたから。それから、手紙がどうなったかはわからないのです」
「何で、ここに」
「そうですね」
 リタリスは、どこか遠くを見つめる。
「過去から逃げたかったのかもしれません。過去の私たちとは違う場所で、二人で最初からはじめたかった。でも、それも結局できなかった」
一度息を吸って、リタリスは続ける。
「見たでしょう? ミーメルは、あの魔道兵器に取り付いています。あの魔道兵器を造ったのは、私です。二人で、穏やかな日々を過ごせたら良かった。でも、ダメでした。ミーメルの所為じゃない。これは、私の過去の……」
「リタリス?」
「いいえ、何でもありません。そして、カガミ。安心してください。さっきも言ったように、魂だけの存在は取り付いていたものが壊れ、更に宿主から離れると、近くの無機物に取り付く習性があります。ミーメルもそうでした」
 リタリスは微笑みながら言う。無理をしている笑みだ。でも、僕はリタリスの話に乗った。
「ギルバートは、大丈夫ってこと?」
「ええ。あの倉庫には、私の昔の趣味だった魔道兵器が幾つか転がっていますから。その内の一つにでも取り付いていることでしょう」
 なんだか、それはそれでシュールな気もした。あの、きっちりとした服を着たギルバートが、真四角の機械の姿になるのだ。それも、まぁ良いかと思った。ギルバートが生きているのなら。
「それなら良かった。でも、あの倉庫には……ミーメルがいるんだよね?」
「ええ、そうです」
「……」
 ミーメルのことを、悪いように言いたくはなかった。でも、ついさっきのことを思いだす。リタリスが助けてくれていなかったら、僕はどうなっていたんだろう。それに、ミーメルは僕のことを虚影だと勘違いしている。そして、ミーメルは虚影のことを酷く憎く思っているに違いないのだ。もう一度、あそこに行く気は到底しなかった。
「カガミ」
 と、リタリスが僕を呼ぶ。リタリスを見ると、リタリスは僕を見ていなかった。その視線の先を見る。すると、太陽の朧げな光が見えた。もうすぐ、夜が明ける。そう、夜明けだ。
「ミーメルは、勝気で、強気で、でも、とても優しい女性でした。だから、私は彼女を助けたいと思った。ここに来て、一緒の時間を過ごしたいと思ったのです」
「……」
「でも、今のミーメルは違う。どうして、私がミーメルを起動していなかったかわかりますか? ハプエー165号に、面倒な機能までつけて、ミーメルが生きていることを、誰かの所為にしようとしたのです」
「……ごめん、わからない」
そう言うと、リタリスは僕を見た。リタリスの瞳は、夜明けの光を吸い込んで、七色に煌めいていた。
「あの魔道兵器は、未完成だった。それなのに、ミーメルは取り付いてしまった。どうにかしようとして、どうにもならなくて、私は、過去に手紙に書いてあった方法を使って、ミーメルの魂をあの魔道兵器に取り付かせたのです。それは、分離した魂と肉体を紐づける方法で、誰でも二度と取り外すことができない。そして、ミーメルの起動スイッチをオフにした。何故かって、それは、私が……私が、あんなに愛していたミーメルのことが、怖くなってしまったからです」
「……」
「もし、私に勇気があったなら。あの魔道兵器を壊して、彼女を別の魔道兵器に取り付かせられたなら。私とミーメルが、二人で幸せに生きていく未来もあったのかもしれません。でも、もう、今更なことです」
「リタリス、その」
「カガミ、貴方を困らせるつもりはありません。でも、誰かに聞いて欲しかった。そう、私はもうとうの昔に、ミーメルを亡くしたのです」
 だから、とリタリスは続けた。
「だから、本当にミーメルが亡くなっても。それが私の所為だとしても、それを背負う覚悟は、とうにできています」
 
◎◎
 
 

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