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日本のエネルギー政策は世界で批判されるほど悪くない 橘川武郎氏インタビュー(後編)

人類が直面する最大の危機は貧困と飢餓であるという。一方、2番目の危機が地球温暖化である。この2つに対する解決策は実は矛盾する。現在、貧困と飢餓をなくしていくには化石燃料の使用拡大が不可欠だが、それは地球温暖化を促進することになるからだ。そこで必須になるのが、省エネと再エネ利用による温室効果ガスの排出削減で、すなわち、化石燃料の利用抑制を行いながらも十分なエネルギーを確保することである。そして、世界各国が定期的に集まり、COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)という形で協議が続けられているのはご存知の通りだ。

この難題でもあり全人類としての課題に対し、日本が進むべき道を明確に論じた書籍『エネルギー・トランジション─2050年カーボンニュートラルへの道』がこの3月に刊行され、その著者である国際大学学長の橘川武郎氏に話を伺った。
前編「カーボンニュートラルでも見られる専門家のタコツボ化を排せ」中編「自動車など需要サイドのエネルギー見通しと、カギとなるカーボンフリー火力」に続く、このインタビューの最後である後編の本記事では、世界から批判されることの多い日本のエネルギー政策は実際は先進的である一方、外国の優れた政策もそれぞれのエネルギー事情を踏まえているので簡単には真似しにくいことについて解説していただいた。

インタビュアー:荻野進介『水を光に変えた男─動く経営者 福沢桃介』著者)
2024年3月刊行の『エネルギー・トランジション』

日本は石炭火力を止める時期を明言すべき

― ご著書では既存インフラを使い倒せ、ということを何度も指摘されていますね。
 
橘川 カーボンニュートラル火力がまさにそうですし、先に触れたメタネーションもそうです。メタネーションを行い、水素とCO2からメタンを合成して利用する際には、水素を直接利用するより、メタンを合成しなくてはいけない分、エネルギーのロスが大きくなるんです。ところが水素はメタンに比べ、容積当たりの熱量が小さいため、現在の需要規模を前提として水素をメタンガスのように使うには、多大な投資を行い、導管を増やさなければなりません。この追加投資が避けられ、既存の導管で済むのが、メタネーションなんです。
 しかも、既存インフラの使い倒しというアプローチは、発展途上国にも応用できます。そうした国では未だに石炭火力の利用が圧倒的に多いのですが、「今すぐそれを止めろ」と言っても無理な話です。そこで、石炭火力を使い続けながら徐々に燃料をアンモニアに転換していく、日本のノウハウが生きるわけです。こういったリアルな対策を世界に提供できるのは日本だけで、それが結局、世界が求めていることでもあると思うんです。
 
― そうした先進的な施策にきちんと取り組んでいるのに、世界ではなかなか日本のやり方が理解されないようです。
 
橘川 日本と同じくらい、石炭火力を使っている国がヨーロッパにあります。ドイツです。2023年の数字で、電源構成に占める石炭火力の割合は日本が29%であるのに対し、ドイツは26%。2022年は日本31%、ドイツ32%でした。それなのに、国際社会でドイツが評価されるのとは対照的に、いじめられ、いつも「化石賞」を授与されてしまうのがわが日本です。
なぜそうなっているかといえば、石炭火力をたたむ時期を明言しないからです。ドイツは前首相のアンゲラ・メルケルがその時期を2038年と言っていましたが、2021年9月の総選挙で政権が交代し、緑の党を含む連立政権が誕生したため、2030年に前倒しされました。ところが、ウクライナ戦争が起き、また2023年4月に原発を全廃したため、エネルギー政策の見直しを与儀なくされ、石炭火力の撤退時期を2038年に戻そうとしています。
日本はJERAが2022年の中期経営計画で、2035年に石炭火力へのアンモニア混焼率を50%にすることを目標に掲げています。そこを超えれば、もはや石炭火力ではなく、ガス火力でしょう。JERAは日本最大の火力発電会社ですから、そうだとすると、2040年に石炭火力をたたむという目標は十分現実的ですから、日本政府は国際社会に向かってそれを堂々と明言すべきです。

デンマークは再生可能エネルギー活用で先行、条件が異なる日本は別のやり方が必要

― 前編で、日本のエネルギー政策に携わる人は、いわゆる原子力村、再エネ村というように村ごとに閉じてしまったタコツボ状態で、総合的に横串を通して見られる人があまりいないと指摘されました。そういう意味で、日本がお手本とすべき国は世界にあるのでしょうか。

 橘川 そういう意味でのお手本は再生可能エネルギーの先進国でしょう。たとえばデンマークです。オーステッド(Ørsted)という世界最大の洋上風力発電会社がデンマークにはありますが、もともと2017年10月まではドンク・エナジー社(Dong energy:Danish Oil and Natural Gas、デンマーク石油・天然ガス)という国営の石油と天然ガスを使った電力会社だったのです。その石油・天然ガス事業を売却し、再生可能エネルギーを事業ドメインとすべく、経営の舵を大きく切ったのです。オーステッドというのはアンデルセンの友人だったデンマークの有名な物理学者の名前で、いってみれば、東京電力が再生可能エネルギーに力を入れることにし、社名を平賀源内に改名したようなもの。このくらいのトランジションを進める柔軟性がデンマークにはあるんです。

もともとデンマークには原発がありません。第一次オイルショックからしばらく経ったときから原発に頼らないエネルギー政策を進めてきました。それが可能なのは、北欧4ヵ国(ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、フィンランド)をまたがって送電線が引かれ、ノルドプールと呼ばれる国際電力取引市場が成立しているからです。ノルウェーは水力発電、スウェーデンは水力発電と原子力発電、デンマークは火力発電と風力発電、フィンランドは火力発電と水力発電と原子力発電に、それぞれ特化し、そこで出きた電力を融通しあっています。

 ― デンマークが原発がなくてもやれるのは、ノルドプールがあるからなんですね。

 橘川 同じことがイタリアやドイツにも言えます。世界に先駆け、1987年に脱原発を表明したイタリアはフランスから原発でつくられた電力を買っています。ドイツも2023年4月に原発を全廃させましたが、同じように、フランスから原発でつくられた電力を購入しているんです。ただしドイツは電力輸出国ですから、フランスから原発由来の電力を購入しているから原発廃止に踏み切れたとは言えませんが。

 ― 島国ニッポンでは国際送電線が引けないから、電力を融通し合うことができないわけですね。

 橘川 カーボンニュートラル化の道筋は一本ではありません。お国柄というものがあるべきで、アンモニア火力やメタネーションの活用、進化といった形で、日本は日本の道を行くべきなんです。

 編集者より

電力王の伝記小説の著作を持つ荻野進介氏は、以前にも橘川氏のインタビューもされていたということで、インタビューの時間は短かったものの、大変濃い内容のインタビューとなりました。
橘川氏は今後も随時Noteにアップデート記事をご執筆されるとのこと、ご期待ください!

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