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重要シーンにおいて、俳優は決して「瞬き」をしない(「瞬き」の秘密)

  ハリウッド映画にも数多く出演し、バッドマンの執事役で名脇役を演じている英国人俳優マイケル・ケインが書いた「映画の演技」ではこんな一節があります。

私は演技でまばたきをしない。スクリーンではまばたきをしないことがその役を強く見せるのだ

「映画の演技: 映画を作る時の俳優の役割 」マイケル・ケイン

  本書を読んだ後、しばらくの間、俳優さんたちの「瞬き」が気になって、目ばかりを観るようになりました。そして、ケイン氏の言う通りであることを確認すると、周囲に得意げになってこの話をしたものです。

 その後、ぼくは「瞬き」についてもっと知りたくなり、この本に手を出しました。

  本書の著者、ウォルター・マーチ氏はハリウッドの第一線で活躍してきたカリスマ映画編集者らしいのですが、自称映画好きのぼくも「編集者」はまったくフォローしきれておらず、未知の方でした。

 ウォルター・マーチさんの仕事は・・・

『地獄の黙示録』
『イングリッシュ・ペイシェント』
『ゴースト/ニューヨークの幻』
『ゴッドファーザー PARTⅡ&III』

 などなど、決して多作ではありませんが、重要作品に数多く携わっており、本書はそんな実績と豊富な経験をもとに書かれた「映像編集のバイブル」として、英語圏でロングセラーになっているようです。

 ウォルター・マーチ氏いわく、

  • 人は何億年も前から、目の前に自然に流れる風景を見てきてたのに突然、二〇世紀の初めから「編集された映像」というものを目にし始める

  • この劇的な変化を人間の脳は拒否反応することすんなり受け入れてしまった。なぜか?

  • 実は人間は現実でも「映像をカットする」ということと似たようなことをしているのではないか?

  • 人間の瞬きというものは、一分間に一度もしなかったり、立て続けに何度もしたりと、一定の秩序がない。なぜか?

  • 瞬きは、周囲の環境条件よりは、むしろ頭の中における感情や思考の頻度に大きく影響を受けているのでは?

 ここで、ウォルター・マーチ氏は人間は自分の思考の整理、切り替えのタイミングで「瞬き」をしているから、映画において話が変わる時に突然画面が変わっても、ついてこれるのだと結論付ける。 

映画の中では、ひとつのショットがひとつの思考に相当し、それを分離させて区別させるためのカットが「瞬き」に相当する。カットしようと決めたその瞬間、その編集者は「この思考についてはここで終わりにして、新しい思考をはじめよう」と言っているようなものだ。

  そして、大阪大学 准教授 中野珠実さんの「瞬き」についてのお話を読むと、ウォルター・マーチ氏の考え方が正しいということがよくわかる。 

「まばたきの意外な役割」(視点・論点) 

人が瞬きをする理由は、未だに解明されていません 」という前提のもと、現状判明しているファクトを並べるとこうなる。

  • 人間は、およそ3秒に1回の頻度で自発的に瞬きをしています

  • 瞬きの度に視覚の入力が0.3秒間ほど遮断されるので、起きている時間の約1割の視覚情報が瞬きのために犠牲になっている

  • こんなに頻繁に瞬きをする理由は、未だに解明されていません。

  • 瞬きは「目を潤すためにしている」と思われてるが、目を潤すためには瞬きを1分間に3回程度すれば十分なので、その5倍も瞬きをする理由は未だに謎

そして、中野准教授は下記の仮説を立て、実験を行う。その結果、以下の実態が判明する。

仮設:瞬きが何らかの脳の情報処理との関係で生じている
実験:同じ動画を見てもらい、瞬きのタイミングをしらべる

結果

  • 人々の瞬きが揃って生じるのは、主人公の動作の切れ目や繰り返しのシーンなど、映像の暗黙裡の句読点で生じている

  • つまり、私たちは、無意識に環境の中から出来事のまとまりを見つけ、その切れ目で選択的に瞬きを発生させている

  • 瞬きの度に、脳の様々な領域の活動が大きく変化することがわかりました

  • 人は、情報の切れ目で瞬きをすることで、外界と内省の情報処理のバランスを保っているのかもしれない

  • 瞬きの度に、その直後の数秒間、心拍数が上昇する

  • 瞬きの度に、身体の状態をつかさどる自律神経が副交感神経が優位の状態から、交感神経が優位の状態に一時的に交替する

 これらの発見を踏まえて、「瞬き」の隠された役割とは、脳と身体の活動状態のバランスを保つことなのではないかと結論付ける。

 とてもおもしろいのは、人と人とは対面した状態で話を聞いているとき、話者の瞬きが聞き手の瞬きにどのような影響を及ぼすのかを調べた実験結果だ。

 なんと、話す側の「瞬き」開始から、0.25秒遅れて、聞き手の瞬きの発生率が増加していることがわかったという。

 つまり、我々は「瞬き」を介して、無意識に話の切れ目を共有していると考えられるのだという。

 この仮説が正しいとすると、俳優さんが重要なシーンで「瞬き」をしないことによって、視聴者は無意識に連続したストーリーを共有しあっているということになるのかもしれない。

 たかが「瞬き(まばたき)」、されど「瞬き(まばたき)」。プロフェッショナルが仕事の細部にこだわる話は大変おもしろい。


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