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私が明日死ぬなら。ーさわやかハンバーグを食べに行った話ー


キタニタツヤの
「私が明日死ぬなら」という曲を聴いた時だった。

私が明日死ぬなら。
もう残された時間の猶予もないし、
今から何かをしようとはせず、好きなものを食べて明日を待つだろう。

でも、私が1年後に死ぬなら。
何をするだろう。
そう考えたのだった。

明日と違って、1年後であれば選択肢は増える。
私が1年後に死ぬなら。

・・・さわやかハンバーグを食べなかったことを後悔するだろう。


さわやかハンバーグ。
静岡県民が口を揃えておすすめするハンバーグ。
何年も前からその存在は知っていて、いつか食べたいと何度も言っていた。
でも、なかなか静岡に行く機会はないし、
噂に聞く長蛇の列、えげつない待ち時間、本当に食べられる時が来るとも思っていなかった。

そんな遠い存在のさわやかハンバーグに、
もしかしたらちょっと頑張れば行けるのかも、と思ったのは、
半休を取って都内からさわやかハンバーグに行ったというブログだったり、
さわやかハンバーグを食べることを目的に日帰り旅行したというブログだったりを目にしたからだと思う。

私が1年後に死ぬなら。
・・・さわやかハンバーグを食べなかったことを後悔するだろう。

おそらく普段であれば、そうはいっても「食べたいな」で終わっていたと思う。
でもその時の私は、1年後と言わず今すぐにでも死んでしまいたいくらい、自分のことが許せなかった。不甲斐なかった。無価値な人間だと思っていた時期だった。
だから、私は、死にゆく前に、さわやかハンバーグを食べに行くことにした。


複数ある店舗の中で、最も混んでいるのは承知の上で、
御殿場プレミアムアウトレット内のさわやかハンバーグに行くという計画を立てた。
朝一番の高速バスに乗っていけば、整理券は何とか取れるだろうし、最悪どんな待ち時間になったとしても夜までにはありつけるだろうと考えた。
待ち時間はアウトレット内をぶらつけばいいし。
そして重要なのは、平日に行くこと。

計画を立て、バスの時間を調べ、チケットを取る。
バスの降り場から店舗までの道筋(いかに時間のロスなく整理券を取るか)も、イメージトレーニングを欠かさない。
出来うる準備を万全に、当日を迎えた。


満員の高速バスに揺られて、御殿場のアウトレットに到着したのは、予定時刻より1時間ほど遅れてだった。高速道路の渋滞に巻き込まれたのだ。
この1時間のロスでどれほど待ち時間がふくらむのか。まだ昼前なのに、こんなにドキドキするとは・・・不安を抱えながら、イメトレ通りの道を急ぐ。途中、ジェラピケカフェのクレープに浮気しそうになる。

同じくさわやかハンバーグに向かうのであろうグループの横を風のようにすり抜けて、店に着いた。
・・・整理券を取るのにも列ができると聞いていたが、どこにも列はない。
ドアを開けると、
「3時間待ち」
の文字が目に飛び込む。
意外と許容範囲だ。7時間待ちくらいを覚悟していた。
整理券をもらい、私は3時間後を待つことにした。


目的が「さわやかハンバーグ」なので、アウトレットをぶらつくのもなかなか限界があった。比較的暖かい日だったので、何度もベンチに座って休憩した。家族連れや、カップルがうらやましい。爆買いできる中国人のグループも、楽しそうでいいなと思う。私には隣を歩く人も、気にせず買い物ができる金銭的豊かさも、どれもない。

頑張って時間を潰しているうちに、順番がやってきた。14時くらいだ。店に再び戻ると、整理券の発行は終わっていた。何人も店にやってきては断られている。平日なのにここまでとは・・・すごい。
待ち時間の長さに大声で文句を言っているおじさんもいて、隣のおばさんが必死になだめていた。

順番が呼ばれ、席につく。
心は「げんこつハンバーグ」一択なのだが、一応メニューを眺めておいた。
ソースは、デミグラスもおろしも、両方選べるという情報をしっかり収集済みだったので、両方お願いする。
中が赤いミディアムが売りというのももちろん知っていたが、赤いままの肉を食べることにやや躊躇が勝ち、ウェルダンで注文。ウェルダンだとカット済の状態で来ること、硬くなりやすいことも承諾する。

ああ・・・やっと長年夢見ていたさわやかハンバーグの味を知ることができる。
次々に運ばれてくる、食べ方指南の紙(後ほど使う)、野菜スープ、大雑把なサラダ、ライスを前に、私の心が高鳴ってくる。
隣のテーブルの、推し活ついでに来たのだろう女の子たちも、メニューを覗いては何度も「来られて幸せ」「嬉しい」と言っている。


そして・・・その時は来た。
鉄板を持った店員さんが、こちらに向かって歩いてくる。ついにきた!!!きたぞ!!!!思わず背筋が伸びる。
ソースが跳ねないように、先ほど運ばれてきた紙でガードするように言われる。なんて間抜けな図だ・・・しかし、紙を盾にしながら、ソースがハンバーグにぶじゅじゅじゅじゅとかけられ、ばちばちと跳ねていくのを見守っている時間、おそらく誰しもが幸福に満ちた顔をしているだろう。


これがげんこつハンバーグだ!


ソースの跳ねが収まり始めたあたりで、そろそろとフォークとナイフを手にし、まずはおろしハンバーグから。
・・・おいしい。
ウェルダンのため、かなり歯ごたえがある。肉!!!!!!という味だった。やさしいふわふわのハンバーグではない。ぎちぎちに身が詰まった、「げんこつ」の名の通り、パンチのある重いハンバーグ。いや、ハンバーグというよりもステーキの方がはるかに近いのでは? とにかく「肉」を「喰らって」いるという印象が強い。

ライスには鉄板の上にこぼれたおろしソースをちょちょっと乗っけていただく。熱すぎず、ちょっとやわらかめの粘り気あるご飯。・・・おいしい。

続いて、デミグラスハンバーグ。
おろしハンバーグを平らげる間に、少し温度が和らぎ、ソースの表面に黄金色の脂が見える。これこれ、間違いがない組み合わせだよ、と肉々しいハンバーグを頬張る。付け合わせの野菜とポテトにも、焦げてどろりとしたデミグラスソースをつけて、皿の上はあっという間に綺麗になった。

こういう時に、おいしさを分かち合える人がいない寂しさを少しでも慰めるために、私はげんこつハンバーグの写真を家族に送った。
「さわやかって牛の鉄板じゃないの?」
すぐにきた返信に、えっと思う。周りを見渡すと、皆が牛の鉄板の上のハンバーグを食べている。私の目の前、空っぽの鉄板は長方形をしている。
まるで、嘘のさわやかを食べたようだが、確かに私が食べたのはさわやかのハンバーグだ・・・。ウェルダンを注文したからかもしれないが、真相は定かでない。
私は、「私だけ四角だった笑」と真顔で打ち込み返事をした。牛の鉄板が良かったな・・・とちょっと思った。


さて、これだけぺろりと完食したさわやかハンバーグだが、実のところ、おいしいけれど長時間待つほどでもないな、と食べながら思っていた。
長く夢を見すぎていた分、期待値が上がっていたともいうし、好みの問題もあるだろう。それに、お腹が空きすぎていたのか、物足りなさもあった。がつんとした肉に、すべてを満たされたかったが、溺れるまでにはいかなかった。

でも、もしこの時食べに行かなかったら。
1年後に死ぬ時、私はさわやかハンバーグへの後悔を残したままだっただろう。この世にはさわやかハンバーグという世界一おいしいハンバーグがあったのに・・・と思いながら目を閉じたことだろう。
食べに行ったからこそ、「世界一おいしいわけではなかったな」という私なりの正直な感想を持つことができた。死ぬ前の後悔を一つ減らしたという成果を手にすることができたのだ。

物足りなさをタリーズのココアラテに埋めてもらいながら、私は帰りの高速バスを待った。
私が1年後に死ぬなら。次は何をするだろう。
それによって死期を少しずつ先延ばしにしながら、私は今日もまたなんとか生きようとしている。

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