無題

空気に春を感じるようになった。春ってなんかクリームみたいに空気がまろやかで、呼吸すると鼻と喉にまったりと張り付くような感じがする。

春は出会いの季節。新しい始まり。ポジティブなイメージに彩られた「春」の裏でこっそり、「桜の木の下には死体が埋まっている」なんて言葉を思い出し、あの柔らかいカーテンの裏側に隠されている、見てはいけないものが見え隠れしている状況に、少しだけ寒気を感じる。

私と言えば。
私と言えば相変わらずである。

思えば私の「死にたい」歴史は長く、気づけば10年以上が経っている。初めて遺書を書いたのは13歳の時。「15歳まで生きていられることを願います」なんて言葉で締めくくり、15歳の時は人生の岐路に立たされていた。20代前半では一体何枚の遺書を書いたのだろう。ファイルに入れて、いつその時が来てもいいように、と準備していた。何食わぬ顔で生活しながら、両手に抱えている「死」は重いような軽いような。

あれから数年が経ったけれど、これだけ「死にたい死にたい」と考えても、遺書を書くまでに至っていない。書くって実はかなり力がいることで、だからと言って最後の文字がパソコンで打ったものなんて・・・と思ってしまう自分がいる。最後くらいは自分の手で残したい。それは「生」への執着か。

思えば、生きづらい人生だった。皆がすぐに出来ることが出来なかった。「皆が出来るから私も出来る」と思ったが、実際にやってみると、見事に置いていかれ行かれた。今はもう、差は開くばかりで背中さえも見えない。皆が軽やかに上っている坂を、私は這いつくばって、地面とコンニチハしそうになっている。最近は下ばかり向いている。鏡を見ることが出来なくて、自分がどんな顔をしているのか分からない。体を清潔にすることに興味がなく、「綺麗にしたところで一体何の得があるのだろう」と考える。こういう状態を鬱状態と言うらしいが、私は鬱の診断がおりておらず、かわりの別の診断名が下されている。精神疾患なんてなりたくてなっているのではない。気づいたら、こうなっていた。10代で受けた傷を傷だと認識し、受け止めるまでに10年以上かかり、もう私はボロボロで、自分が一体誰なのか分からない。

どうして皆が出来ることを出来ないのだろう。手に入れられないのだろう。道を聞かれれば親切に教えたし、店員さんに「ありがとうございます」は欠かさない、いつも自分より人を優先してきたのに、報われてもいいはずなのに、結局恋愛経験も誰かに大切にされた経験もないまま、友達もいないまま、そうだ最後なら風俗、なんて思って、皆が無償で出来ることを私はお金を払わないと出来ないのだと思うと、自分がさらに傷ついていく。「自分を大切にしてね」と言うが、私は「大切」の意味が分からない。こんな私の何を大切にしたらいいのだろう。大切にしたいと思うところが一つもない。

言葉ではなく、体温を感じてみたいと思う。「あったかい」を経験したい。人はあったかいらしい。想像では体温まで再現できなくて、私の体はいつも冷えている。

「自分から行動しなければだめ」だと言われる。どうして私は自分から手を伸ばさないといけないのだろう。私のことが大切で、手を伸ばしてくれる人はいないのだろう。いつも一生懸命大切にされることを考えて、必死で手を伸ばして掴んだものの、私はボロボロで、その場所を維持することが出来ない。「手を伸ばしたくなる人になれ」と言う。もう無理だ。

4月から全くと言っていいほど、生きている想像が湧かない。今足が痺れて座り直そうとしたら、滑って椅子から落ちそうになった。とっさに腕で支えた。生への執着か。本当に生きることを諦めていたら、そのまま落ちていたはずなのに。意思とは関係なく、身を守るために体は機能するらしい。

私は自分を大切に出来ないから、相手を大切に出来ない。これはこの年齢にとって致命傷だと思う。自分を大切に出来ない人が相手を大切に出来るとは思えない。

疲れた。とりあえず3月31日までは生きている予定だから、また書くかも。

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