見出し画像

ショートショート 追う影

*はじめに
このショートショートは全てフィクションです。

僕は夢を見ている。
僕を追う影の夢だ。

その手につかまれると
僕の心を暗闇が満たし、

冷たい石の壁に囲まれた
薄暗い牢獄に落とされる。

ペタペタと壁を叩いても
手ごたえはなく、

唯一空いている
明り取りの小窓から、
一筋の光が延びている
だけだ。

その明り取りは
とても高くて届かない。

僕はこの牢獄の中を
裸足の足でペタペタと
歩き回り、

何の手ごたえもない壁を
ペタペタと叩く。

そうでもしないと、
周りの闇に押しつぶされる。

頭上に輝く一筋の光を
見上げる僕は、

まるで金魚が水面で
パクパクと口を開けて
いるようだ。

目が覚めれば、
僕はびっしょりと
汗をかいている。

ここのところ、
この夢を見る回数が
増えている。

そしてその間隔が
少しずつ縮んでいる。

夢から醒めても
しばらくは胸が苦しい。

その追う影に
心当たりはない。

友人に夢のことを
相談したところ、
医者を紹介してもらった。

その医者がいうには、
精神的な不安が原因で
そのような夢を見ることは
考えられるという。

最近何か不安を感じる出来事が
なかったかと聞かれた。

でも僕の周りは不安だらけだ。

在りすぎて何を言えばいいのか
わからないくらいだ。

僕が黙っていると、

「急がなくていいので、
じっくりと考えてみてください。」

と薬を処方してくれた。

医者は薬を渡すときに、
ひとつ注意をしてくれた。

「この薬は不安を取り除きますが
新しい記憶を覚えにくくもします。
あまり多用すると影響が残ります
ので注意してください。」

この薬を飲むと、
追う影のことを忘れてしまい、
ぐっすりと眠る事が出来た。

けれども医者の言った通り、
長く薬を飲んでいると、
記憶力に自信がなくなってきた。

今さっき見たことや、
会話した内容などを、
すぐに忘れてしまうのだ。

僕はメモが欠かせなくなり、
常にメモをしながら生活するように
なっていた。

次第に記憶があいまいになることが
怖くなり、

薬を飲むのを止めてみると、
夢に追う影が現れる。

もう僕は逃げられない。

これ以上記憶があいまいになると
生活することができなくなる。
しかし眠れなくなれば、
身体がもたない。

僕は少しずつ、
おかしくなっていた。

自分がどこにいるのか、
何をしているのか、
分からなくなっていた。

そして気がつくと、
石の牢獄にいた。

これが現実なのか、
夢なのかも分からない。

明り取りの光が、
僕の影を浮かび上がらせる。

その影は、
まさに追う影だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?