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短編小説 姉妹

*はじめに
物語背景は1980年代をイメージしています。
このショートショートは全てフィクション
です。

僕は新卒で4月から地元にある小さな会社
に入社した。
親元から離れるのが嫌だったというわけ
ではない。その方が何かと便利だったから
だ。

入社してすぐに研修が行われ、僕たち新人
は研修センターで合宿のようなことを
やらされた。
小さな会社なので研修センターといっても
取引先の会社の研修センターを借りたと
聞いた。
まあ、僕にはそんなことはどうでもいい。

その研修センターで萩尾という奴と同じ
部屋になった。研修中は誰かと相部屋に
なるのだ。
この同期の男は、背丈は僕と同じくらい
だが、髪をリーゼントにしていて、口ぶり
からもあきらかにツッパリである。
学生時代を真面目に過ごしてきた僕とは
会話の合うはずがない。
けれど、なぜか二人で行動することが
多かった。
萩尾は真面目な僕をあからさまに馬鹿に
するのだが嫌味がない。反発して怒る僕を
見て冗談だよと笑う顔もなぜか憎めない。
悪ぶってはいるが悪い奴ではないらしい。

研修センターは街中にあったので、
すぐ近くには繁華街もあった。
門限も決まっていたのだが萩尾は
そんなことは気にも留めない。
研修が始まった翌日から門限の時間に
部屋に帰ったことはなかった。
僕はどちらかというと、真面目タイプの
方だから、門限とかは気にする方
なのだが、萩尾は、

「門限なんてものは、
破るためにあるもんだ。」

といい、守ったことはなかった。

正直僕はいつも兄貴面をする萩尾のことが
最初は好きでなかった。
けれども人懐っこい性格の彼と一緒にいる
となんとなくリラックスできた。

研修が始まって、3か月くらいたったとき
のこと。

僕たちは研修センターの食堂で昼食を
食べていた。
そのとき萩尾がめずらしく食堂に置いて
あった新聞を見つけて来て、読みながら
食べていた。
僕は珍しいこともあるもんだと思って、

「新聞を読むなんて珍しいじゃないか。」

といったところ、

「気になる事件があってな、俺のような
プレイボーイには他人事には思えない
んだ。」

萩尾がプレイボーイとは初めて聞いたが、
少し気になったので、どんな内容なのか
聞いてみた。

「なんだお前知らないのか。
まあ、お前は奥手な奴だからな。
あまり関係ないかもしれん。
まあ、そう怒るな。
最近、この近くで20歳前後の若い男が
失踪する事件が相次いでいるらしい。
これだけなら興味などないんだが、
つい1週間くらい前、衰弱した男性の死体
が繁華街で発見されたんだ。
警察によるとその男性は1か月前に失踪
していたらしく、いなくなる少し前に
友達に宛てた留守電が残されていて、
二人連れの女性にナンパされたとあった
らしい。警察はその二人連れの女性を
捜してる。逆ナンパなんてされたら
俺も危ないもんな。」

事件のことはともかく、
お前は大丈夫だろと僕は心の中で思った。

「まあ、お前は大丈夫だな、女にナンパ
されるような色男じゃないもんなあ。」

といって笑っている。
僕は黙って食事をした。

僕たちは入社して初めてのボーナスを
もらった。とはいえ新人なので祝金程度だ。
3万円だった。

僕と萩尾はボーナスの使い道は決まってた。
当時パチンコが手動式から電動式に
変わったばかりの時期で、
”ゼロ戦タイガー”と呼ばれる電動式
パチンコが流行りだしていた。

それまで真面目に学生していた僕は
もちろんパチンコなんてしたことがない。
父親がしているのを隣で見たことがある
くらいだ。
その僕をパチンコに誘ったのも萩尾だった。
この男には酒の飲み方も教わった。

ゼロ戦タイガーというのを少し説明する。
パチンコ台の中央に正面を向いたゼロ戦の
模型があって、翼がパタパタ開くように
なっている。
この翼がパチンコ玉を拾い、Vゾーンなる
ものに入ると入賞だ。
入賞すると翼が一定時間パタパタ動きっぱ
なしになってパチンコ玉をたくさん拾う。
拾われた玉は当たり穴に続々入ってゆき、
当たりに入った玉1個あたり20個くらいが
パチンコ台の下にある受け皿に払い出され
る仕組みだ。
Ⅴゾーンに入ると、受け皿に払い出された
玉を入れる箱(ドル箱という)が一杯に
なる。Ⅴゾーンに3回くらい入ればドル箱
が2箱くらいになり、
景品のライター石を交換所にもっていけば
お金に換えられた。

Ⅴゾーンに入ったときに、
”ゴ、ゴーー”という爆発音めいた音がし
翼がパタパタ開くときの快感。
これを僕は覚えてしまった。

萩尾はタバコを口にくわえ、顔をしかめ
ながらパチンコの電動レバーを握る。
するとパチンコ玉が次々に打ち出されて
いく。打ち出す力をレバーで調整するの
だが、

「ずっと、このまま固定してれば
いいんだよ。」

と萩尾に教えてもらい、打ち出される玉を
眺める。
10発に1発くらい、”入賞チャッカー”と
呼ばれる当たりの口に入る。
するとゼロ戦の翼が1回だけ、ウィーン、と開く。
その隙に翼の中に入った玉がVゾーンに
入る確率ときたらまるでお話しにならない。

パチンコ台の隣にパチンコ玉貸し機があって
100円で20玉くらい出る。もちろん、
そんな程度でVゾーンなんて届かないから
1,000円単位でお金が消えてゆく。

その日もらったボーナスは、
またたく間になくなってしまった。

僕を誘った萩尾もボーナスはパチンコ台に
吸われてしまい、

「しょうがねえな。」

と悪ぶっていたが、
タバコの煙が目に染みていた。

こうして僕たちは人生初のボーナスを
パチンコで無くしてしまった。

次の日は日曜日だったので、
午後はいつも通り萩尾と二人で繁華街を
ぶらぶらとブラついた。
昨日パチンコで手酷く負けてしまい、
二人ともお金はない。

「お前、いくら持っている?」
萩尾がいう。

僕は財布を覗いてみたが7千円しかない。
そういうと、

「俺と合わせても1万円にもいかないな。」
仕方ない例の所にいこうか、という。

例の所というのは、お金がかからず、
気晴らしができる場所である。
あそこだな。と僕はすぐにわかった。
最近萩尾が気に入った場所だ。
プレイボーイなんだから女の子と行けば
いいのにと僕は思う。そんな場所なのだ。

そこは研修センターがある街から電車で
30分くらいの場所で、ちょっとした観光地
となっている。若い男女に人気があり、
少し高台になっているところから見る夜景
はとてもきれいらしい。

「なんの因果で、男連れでここに来なきゃ
いけないんだ。」

その高台から昼間の景色を眺めながら、
萩尾は自分から誘ったくせに、文句ばかり
いう。その時後ろから声を掛けられた。

「すいません、
写真をとってもらえませんか。」

見ると、二人連れの女性だ。
高台からの景色をバックに二人を写真に
撮ってもらえないかという。

さっそく萩尾が、
「ええ、いいですよ。」
とプレイボーイを気取るが、

「そちらの方に撮ってもらいたいん
ですけど・・」
と僕を指差していう。

がっかりする萩尾を横目に、
笑いを堪えながら二人の写真を撮って
あげた。

「お二人はどちらから来られたんですか?」
明らかに僕の方を見ながら訊ねられる。

僕たちが会社の研修で来ていることを
告げると、

「そうですか。私たちは地元の人間なの
ですが、よかったらこの辺りを案内
しましょうか。」

僕はふてくされた萩尾にどうするかと
聞いたら小声でこういう。

「どうやらこの二人はお前にご執心らしい。
物好きなことだが、ちょうどいい。
お前、どうせ童貞だろ?
いいじゃないか案内してもらえよ。
俺は先に帰るから。」
そういって、

「あ、俺はこれから友達に会う用事が
あるから帰ります。
こいつをよろしく。」
といって、いなくなった。

「あら、いいお友達ね。それじゃあ、
行きましょうか。」

そういって僕は彼女たちに連れていかれた。
そして僕は行方不明となった。

僕は夢を見ていた。

大きな蜘蛛の巣にかかってしまった
蝶の夢だ。

僕は蝶となって、蜘蛛の糸に絡まった体を
もぞもぞと動かすが、いくら動かしても、
蜘蛛の糸は外れない。

大きなジョロウグモがゆっくりと現れて、
蝶である僕の体に糸を巻き付ける。

クルクルと巻き付けられる糸の隙間から
見える世界はぼんやりとして、
もはやはっきりしない。

クモが蝶である僕の生気を吸い上げる。
その痛痒いような、
これまで経験したことのない凄まじい快感
の中で、蝶である僕はゆっくりと死んでゆく。

僕は目を覚ます。
薄暗い部屋に僕はいる。

大きなベッドで仰向けで寝ている。
僕は薬でも飲まされたのか
身動きが出来ない。

扉が開く。

僕は扉の方に目を向ける。
光の加減で女性らしき人が2人いるとしか
わからない。

黒い影となった彼女たちは、
大きなジョロウグモに見えた。

何日が過ぎたのだろう。

僕にはもう時間の感覚がない。

僕は憔悴しきってしまい、

歩くこともできない。

それでも彼女たちは僕を離さない。

<彼女たちの話>

私たち姉妹には、従兄がおりました。
ちょうどあなたくらいの年齢でした。

私たち姉妹は幼いころから従兄を
愛しておりました。
そして私たちは二人ともに従兄の妻に
なることを約束したのです。
今の時代では考えられないことと
思いますが、私たちの時代では、
そのようなことが許されたのです。

それほどに従兄の一族は力がありました。
私たちの一族は従兄の一族に頼るしか
なかったのです。

そのころは戦や流行り病で
女も簡単に死ぬのです。

そのため一人よりは二人のほうが
より確実に縁を深めることができたのです。
私たちにはむしろその方が良かったのです。

見ての通り、
妹は幼いころの病の影響でしゃべることが
叶いません。
私が彼女の口となり、二人で一人でした。

従兄は私たちを愛してくれました。
とても深く。

私たちは満たされました。
怖いくらいでした。

そしてその日が来たのです。

その頃従兄は一族の長となっておりました。
頻繁に隣の氏族から嫌がらせを受けて
おりましたが、
ついに戦となり、従兄は戦に負けました。

世の習いとして負けた族の長は死罪となり、
妻は氏族の長の下僕となりました。

私たちは恥辱を受けました。
耐えられない日々を死ぬことも許されずに、
生きていかねばなりません。

というのも、
私たちの親が彼らの人質となったのです。
狡猾な氏族の長は私たちを放しません。

妹はもう限界でした。

このままでは気がふれてしまうところまで
追い詰められていたのです。

私たちは氏族の長の屋敷に虜となって
おりましたが、
従兄の命日だけは墓参りをすることを
許されました。

従兄はこの地の長でしたので、
一族を祀った祠に安置されておりました。
その祠には一族の巫女が祖先のために
仕えていたのです。

巫女には墓参りのとき会う事が出来ました。
私たちはこの巫女に頼み込んだのです。
この苦しみから逃れることはできないかと。

この巫女は私たちのことを不憫に思った
のでしょう。

神様にお伺いする、
といってくれ、しばらく祈祷を行ったのち、
一つだけ方法があると言いました。

しかしそれには私たちに術を施す必要があり
詳しいことは術を施した後でしか話す事が
出来ないというのです。

私たちには選択の余地などありません。
私たちはお願いしました。

私たちは巫女から本当に術を施してよいか
念押しされその術を施してもらいました。

それは何と表現すればよいのか。
雷が落ちたような感覚といえば
よいでしょうか。

一度死んで生き返ったと思えるくらいに
私たちは全てが変わっていました。
それが分かりました。

巫女はいいます。

「あなた達はもう人ではありません。
これからはあなた達と交わる男は
あなた達に命を吸われることに
なるでしょう。

あなた達はその吸い取った命で、
命を吸い続ける限りにおいて
不老不死となります。
これによりあなた達は
さらなる苦しみを背負うことになります。

もう一つお伝えすることがあります。
今から500年後、
あなた達は私たちの長、
あなた達の愛する夫の
生まれ変わりに会えることでしょう。」

私たちは墓参りから戻りました。

もう私たちには迷いはありません。
巫女が言った通りとなり、
私たちは自由になりました。

私たちは食事を必要としなくなりました。
私たちにとって男との交わりが食事と
同じなのです。
そして食べることをやめることができない
のと同じ理由で、
私たちは交わることをやめることは
できませんでした。
交わった男たちは命を落とします。

始めの頃はそのことに激しい痛みを
覚えましたが、
食事の度に食べる命に痛みを感じないのと
同じで、
私たちは次第に何も感じなくなりました。
私たちは魔物となったのです。

どれだけの食事をしたのか覚えていないのと
同じように、
私たちもどのくらいの犠牲を出したのかは
覚えておりません。
ただ一点だけを見つめて生きておりました。

そして私たちは、
あなたにお会いする事が出来ました。
一目見て、私たちには分かりました。

あんなにもあなたにお会いしたかったのに、
お会いすると、私たちには何もできません。

何も覚えていないあなたと
会話もできませんし、

あなたに触れれば、
あなたの命を吸ってしまいますので、
触れることすら叶いません。

ただあなたを見つめることしか
出来ないのです。
でもそれだけで、私たちは幸せでした。

生きているあなたにお会いして、
あなたを見つめているだけで
私たちは今日まで生きてきた甲斐があった
と思えたのです。

それも今日で終わりにします。

これ以上あなたを虜にしておくことは
できません。
あなたには生きて欲しいのです。

これまでが長かったけれども、
あなたにお会いしてみれば、
一瞬でした。

この一瞬にすべてがあるのです。

さようなら、お元気で。

それは突然のことだった。

朦朧とした意識の中、
僕は萩尾の声を聞いたのだ。

「おい、しっかりしろ、生きてるか?」

僕は救急車で病院に運ばれて、
集中治療室で治療を受けた。
後で聞いた話しだと、かなり危なかった
らしい。発見があと2・3日遅れていたら
助からなかっただろう。

僕は病室で白い天井を見ながら
毎日を過ごした。

体力が回復して面会できるようになると、
毎日萩尾が見舞いに来てくれた。

病室には僕の事件に関する記事の載った
新聞がいくつも置いてある。
萩尾が買ってきたものだ。
新聞を読み聞かせながら、
自慢げに自分の手柄話をする。

萩尾の話しにはうんざりするが、
いつも黙って聞いてあげる。
何しろ命の恩人だ。

あの日、
萩尾はいつまでも僕が帰らないので不安に
なり、もしかすると食堂で読んだ新聞の
記事と関係があるかもしれないと思い、
近くの交番にいったらしい。

萩尾の話しを聞いた巡査は顔色が変わり、
すぐに上司に連絡し、
詳しく事情を聞かせて欲しいと
本署に呼ばれ事情聴取されたという。

後で萩尾は、
「まったく、しつこく何回も聞かれて
敵わなかったよ。」
といっていた。

それからあの高台の場所は警察の監視下に
入り、地方から出てきた若い巡査を
おとりにして、二人が現れるのを粘り強く
待ったのだ。

ここからは僕の想像だが、
僕が衰弱してきて、僕の限界を悟った
彼女たちは僕にあの話をした後で、
高台に現れたのだと思う。

なぜ萩尾だけを逃がしたのかと、
ずっと気になっていたのだが、
僕に最初に会ったときから、こうなること
が分かっていたに違いない。

捕まった彼女たちは僕の監禁場所を
警察に教え、僕の本人確認のために
萩尾も同行されたのだ。

退院してしばらくしたときに、
萩尾が僕にいった。

「悪かったな。あの時俺も一緒にいけば、
こんなことにはならなかっただろうに。」

ずっとそれを気に病んでいたのか。
僕はいってやった。

「お前が来たら、間違いなく途中で
帰れただろうな。」

お互いにクスッと笑う。

「あの二人のこと、知ってるか。」

「ああ、新聞で読んだよ。」

あの二人には余罪があると睨んだ警察は、
その後も取り調べを続けていたらしい。

けれども、彼女たちは日に日に生気を失い、
警察から出された食事にも一切手をつけず、
拘置所で亡くなったとのことだった。

萩尾は言う。

「二人は別々の房に収監されていたのだ
けれど、亡くなったことが確認された後
に、霊安室に二人並べられたらしい。

これは事件のことで顔見知りになった
警官から後で聞いた話しなんだが、
霊安室に並べられた二人は、
気づくと、手を結んでいたのだそうだ。

係官が外そうとしても外れなかった
らしい。」

「それにしても、お前は童貞を
卒業したんだなあ。」
と萩尾はいう。

「実をいうと、ここだけの話し、
俺はまだ童貞なんだ。」

「僕もまだ童貞だけど。」

僕たちは笑った。

彼女たちが僕に話したことは、
誰にも話していない。

彼女たちは僕に会えて幸せだといっていた。
500年の時を超えて一人の人を愛し続け
たのだ。
その生まれ変わりが僕だという。

僕はこれからの人生を生きて、
彼女たちの生まれ変わりに出会える
だろうか。


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