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ショートショート 「夢でもらった鍵」

仕事帰りの電車。

今日はめずらしく、
席に座ることができた。

電車の外は、冬の景色が広がり、
寒々としている。

電車の中は暖かく、仕事の疲れもあり、
うとうと、寝てしまった。

眠りの中で、僕は夢を見た。

見たことがない人が僕に話しかけてきた。
あたまの上には光る輪がかがやいている。
その人は僕にいう。

「私は天使。いろんな人の夢の中に入り、
天国に連れていけそうな人を探している。

でも、普通の人には私のことは
見えないんだ。
あなたは私を見つけたから、
天国への鍵を渡そう。

鍵をいつ使うかは、あなた次第。
つかわなくてもいいし、
何十年後につかってもかまわない。」

僕は天使から鍵を受け取りながら、
聞いた。

「鍵で開けるドアは、どこにあるの?」

「どこにもない。あなたがつくるのさ。」

僕はどういう意味か、たずねようと
したけど、そこで目が覚めた。
手には鍵を握りしめていた。

僕はこの鍵をなぜ持っているのか。

夢のことは、まだ覚えているけど、
本当に天使がくれた鍵なのか。

僕はぼんやりと、夢のことを考え、
鍵を見つめた。

外国にありそうな古風な鍵。
持ち手には何か意味ありげなデザイン。

持ち手と鍵の間の棒の部分には、
僕には読めない文字のような、
記号のようなものが描かれている。
アンティークショップにありそうな鍵だ。

こんな鍵で開けられるドアなど、
あるはずがない。
やはり、なにかの冗談だと思い、
鍵をカバンにいれて、また寝てしまった。

すると、また天使が現れて、僕にいう。

「言い忘れていた。1つ、注意がある。
鍵をもっていれば、いつでも天国に行ける。
けど、手放してしまうと、私のことも、
鍵のことも、記憶を失う。常にもっていた
ほうがいい。」

僕は天使にたずねる。

「常に持つなんて、無理だよ」

「そうだな。では、こうしよう。
あなたが忘れない場所に鍵があるのなら、
鍵の記憶は失わない。失うか、どこに
いったかわからない時は、鍵の記憶を
失う。」

「わかった。いつも持っているよ」

「あと、もう1つ。ドアのことだが・・」

そのとき、
電車が急ブレーキをかけたせいで、
目が覚めてしまった。

どうやら、事故か何からしい。
駅員が車両に来て、降りるように指示を
している。
僕もその指示通り、電車から降りて、
近くの駅まで皆と一緒に歩いた。

それから、数日は夢のことは忘れていた。

ある日、カバンを整理していたら、
あの鍵が出てきた。
天使との会話を思い出す。

でも、どこのドアで使うのか、わからないし、
だいいち、鍵を使うのはまだ早すぎる。

僕は天使からもらった鍵をネックレス
のように、いつも身に着けることにした。
いつか鍵を使う日がくるまで。

僕はときどき、鍵を眺めては、
もう一度、天使に逢えないかと
考えたりした。

あれから、何年かの月日が過ぎた。

毎日仕事で乗る電車。
電車で座れたときは、寝たこともあるけど、
天使は現れなかった。

もう、天使は夢に出てこないかもしれない。
他の人の夢に入るのに、忙しいのだろう。

僕にも家族ができて、しあわせな日々も
あったけど、つらい経験もした。

悲しみにくれる中で、
あの鍵のことを思い出したこともあった。

あの鍵が使えれば、
僕は鍵を使ったかもしれない。

さらに年月が過ぎ、僕も年を取り、
あたまには白いものが目立つ年になった。

鍵のことは忘れたことはないけど、
誰にも話したことはない。

話しても信じてくれないだろうし、
天使は何もいってないけど、話すと、
鍵の記憶を失う気がしたから。

ドアのことは、今も、分からない。
あのとき、天使は何を言おうとしてたのか。
もう一度、天使に逢えないかと、強く思う。

長い時間の中で、同じことをグルグルと
考え続ける。

やがて、思い当たる。

あのとき。

天使が現れた後、僕がもう一度寝たら、
天使が続きを話した。

もしかしたら、
あの止まってしまった駅から電車に乗って、
もう一度寝たら、
天使が続きを話してくれるのではないか。

僕はこの思いつきに飛びつき、
あのとき止まってしまった駅へと急ぐ。

僕は、もう、天使と逢うことしか考えない。

僕は、あの時間の、あの同じホームで
電車が来るのを待つ。

電車が来る。あのときと同じ車両に
乗り込む。

僕は興奮していた。寝れるか心配だ。

不思議なことに、空いている席に座り、
目をつぶると、すぐに寝てしまった。


天使が現れた。

あれから時間が経っていないかのように、
続きを話す。僕はそれを聞いている。

「あと、もう1つ。ドアのことだが・・

さっきも話した通り、ドアなんてないんだ。
どこでもいい、ここでもいい。

ドアに鍵を差し込んだイメージで、鍵を回す。
すると、ドアが現れる。

他の人には見えない。あなただけのドア。

ドアを開ければ、私が待っている。」

そこで目が覚めた。

僕は電車を降りた。

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