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エッセイ 山吹の一枝


ここ最近は少し涼しいですが、
暑い夏の日の一コマです。


晴れた青空。
もうすぐ昼に差し掛かろうというところ。

暑さの中、もう少し早く散歩に出かければ
良かったと思いながら、道を歩く。

この暑さのせいか、歩いている人を
あまり見かけない。

ときどき、水筒の水をゴクゴク飲みながら、
いつもの散歩コースを歩く。

俳句の材料を探して歩くけれど、
あまり拾えない。

仕方なく帰ろうとしたときに、
いつもと違う道が目に入り、
少し足を延ばしてみる。

まだ枯れていない紫陽花などを見ながら、
少し歩くと、道の脇に真新しい立て札が
あった。

どうやら山吹を植えたらしいのだけれど、
以下の和歌が添えてある。

七重八重 花は咲けども 山吹の
      みの一つだに なきぞあやしき

後拾遺和歌集 中務卿兼明親王

和歌の意味がわからない僕は、
家に帰って調べてみると、以下の意味だった。

【訳】
七重に八重に花は咲くけれども、山吹には
実が一つだってならないのが奇妙なことだ。
=「実」のならない山吹のように、
みの」一つさえなく、貸してあげられない
のが奇妙なことです。
※蓑:茎葉を編んで作った雨具。(広辞苑)
【参考】
蓑を借りにきた人に、実は貸すべき蓑が
なかったと打ち明けた歌。
「常山紀談」に、鷹狩りに出た太田道灌どうかん
(室町時代の武将)が雨に降られ、野中の
一軒家で蓑を借りようとした際、若い女が
無言で山吹の一枝を折ってさし出した。
怒って帰ると、これを聞いた人が、この古歌
の意味だろうと言う。そこで大いに恥じて
歌を志すようになったとの話が載る。

旺文社 全訳古語辞典 p879

雨宿りをした家で、傘を借りようとしたところ、
家の人に山吹の一枝をさし出されてたら、
どう思うだろう。
この古歌を知っていても、微妙な気持ちがする
と思うのは、僕に風流さがないからだろうか。
でも、雨が降って雨宿りをしたときに、この
古歌を思い浮かべるだろうと思うと、
少し嬉しくなる。

ちなみに、和歌「七重八重(山吹)」に
ちなむ碑が、東京都豊島区高田1丁目
18-1にあるという。

いずれ行ってみたいと思う。


Ryoko Yunokiさま。
きれいな山吹の写真を使わせていただきました。
ありがとうございます。

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